1 / 3

第1話

(はぁ…、まだ夏始まったばっかだっていうのに夜も暑いこと…。こういう日は、ビールに限るってな♪)  日付の変わる、深夜0時近く。ようやくその日の仕事を終えた大和は、コンビニで買った大量のビールとつまみが入った袋を片手に一人夜道を歩いていた。 (…そのまま帰るのもいいけど、少し事務所覗いていきますかね)  我らのマネージャーは、放っておくとすぐ無茶をするのだ。マネージャーと言えど、女一人をこんな時間に一人で帰らせるわけにはいかない。いなければそれでいい。 「……明かり、付いてるな」  事務所を見上げながらそう漏らす。また俺たちのために、遅くまで仕事をしてくれているのだろう。溜息を付いて事務所の扉をノックする。 「…マネ……ばん、り…さん…?」  『マネージャー、また遅くまで何してんの?』そう言おうとしたが、中にいた人物に思わず困惑する。 「あれ?大和くんじゃないですか、こんな遅くにどうしたんですか?」 「……あ、いや…仕事終わりに少し事務所覗いて行こうかと思って…。明かり付いてたんで…マネージャーだったら早く帰らせなきゃ、と」 「なるほど。彼女、頑張り屋さんだからね」  大和と話しながらも、キーボードを打つことを止めない万理。マネージャーも大概だが、この人も人のことは言えないだろう。 「…そういう万理さんも、早く帰らなくていいですか?明日も仕事なんでしょ?」 「…いや、明日は休みだよ。ついでに明後日もね。みんなが忙しくしてるのに…って言ったんだけど、社長がさー」  そう言って苦笑する万理の顔は大分疲れた表情だった。 「……なんか手伝えることあります?」  万理がこんなことになっているのは、自分たちの所為でもあるのだ。 「はは…ありがとう。でも大丈夫…よしっ!これで終わり、と」  カタカタとキーボードを叩いていた手を止めて、万理は大きく伸びをする。 「……大和くんが持ってるその袋、全部お酒?」  大和が片手に持っているビニール袋に気付いたらしい万理がそう問うてくる。 「…あ、バレました?そうですよー。これから寮に帰って、一人で晩酌でもしよーかなって」 「…お酒かぁー…いいねー」  昔を思い出しているのか、どこか懐かしそうに言う万理。 「俺も久しぶりに飲もうかな」 「万理さんも一緒にどうです?」  ビニール袋を少し持ち上げる素振りをしながら、冗談めいた口調で言う。 「…本当?それじゃあ、お言葉に甘えようかな」 「よっし…、じゃあ……」  そこまで言いかけて、大和はふと口を噤む。  もともと一人で飲むつもりだったから、この時間であっても寮で飲んでいて問題ないだろうと思っていた。けれど、二人となれば話は変わってくる。大和と同じく、それに気付いたらしい万理が口を開く。 「…寮だと、みんなを起こしてしまうかもしれないですね…」 「事務所で飲むわけにもいかないですし……」  どうしたものか…と大和が考えあぐねていた、その時―― 「…そうだ、俺の家なんてどうですか?ここからすぐ近くなんです。少し散らかってるから、申し訳ないけど…」 「…、いいんですか?」  万理とは二人で温泉に行くような仲ではあるけれど、今まで一度も家へは行ったことがなかった。なんとなくだけれど、万理は自分と同じく…自分の領域に他者を踏み込ませたくないタイプの人種だと思っていたのだ。 「…うん。普段はあまり家に人を呼んだりはしないんだけど、今回は場所もないしね」 (…やっぱりそうだよなぁ、万理さんて) 「なんか気使わせちゃって…、すいません」 「ああ…俺が誘ったからだし…、寧ろ謝るのは俺の方だよ」  それから帰り支度を終えた万理に連れられて、事務所からほど近い彼のマンションへと到着する。 (…案外普通のマンションだな……)  三階建ての都内にありがちな、少し小洒落た所謂〝デザイナーズマンション〟  結果はどうあれ大神万理という男は、あのゼロの元マネージャーに声をかけられた人物。物凄い高級マンションに住んでいるか、逆に物凄いボロいアパートに隠れ住んでるかのどちらかだと思っていた。我ながら、酷いとは思うけれど。 「…昔はもっとボロボロのアパートに住んでたんだけどね〜」 『どうぞ』と大和を家の中に招きながら、万理は恥ずかしそうに笑う。 (…予想を裏切らないな、この人……)  予想通りの結果に思わず苦笑いを浮かべてしまう。 「…お邪魔しま、す」  少し緊張気味に中に入ると、短い廊下を抜けた先に少し広めのワンルーム。片側コンクリート打ちっ放しの、必要最低限の家具しかないシンプルな部屋。 (…あれは…ギブソンの…ギター……?)  シンプルな部屋に一際存在感を放つ、ギターが部屋の隅に一本置かれていた。 「…今でもたまに弾くんですか、あれ」  適当なところに座るように促されて腰を下ろしながら、遠慮がちに問う。 「……いや…、今はもうただの飾りだよ。本当は全部捨てるつもりだったんだけどね。社長が『音楽を好きだったことまで”なかったこと”にするのはよくないよ』って、さ」  社長らしい言葉だ。けれど、彼にとってそれは何より残酷な言葉だったんじゃないかと思う。 「……」  万理の過去については、Re:valeのこけら落としの一件の時に少しだけ聞いた。 「さて…っ、飲もうか!」  空気を変えるように万理は声を上げる。手には二人分のグラスといつの間に用意したのか、チーズや生ハムなどのつまみ盛り合わせ。

ともだちにシェアしよう!