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第1話

 そっと扉に手を添えると、木の軋む音が響いた。  中に入ると正面に冒険者ギルドの受付がある。そこにはパイプをふかしている禿げ頭の受付のおじさんがいる。左手の壁には、依頼書が貼ってあり、右手は酒場となっている。  ここは、冒険者ギルド――梟の止まり木。  森都エーデルワイスにある唯一の冒険者ギルドだ。  冒険者ギルドというのは、冒険者に冒険者証を発行したり、依頼を斡旋したり、報酬を支払ったり、ギルド銀行で金銭を管理したり、二階の宿には冒険者を泊めてくれたりする施設だ。各地に存在している。  僕はある日思い立って、この都市で冒険者ギルドの門を叩いた。そして冒険者証という身分証を手に入れて、腫れて冒険者になった僕のランクはB。冒険者には、S+、A、B、C、D、Eというランクがある。こう並べるとBは良さそうであるが、大体の人間は、元々の素質でB~Dから開始だ。僕はDから開始だった。なおAランクになると凄腕、Sは神クラスで測定不能のため、S以上は全てS+と表記される。冒険者ギルド内にのみ、SSやSSSという内部測定結果が存在しているらしい。  このSとA、AとBの間には超えられない壁が存在するけれど、B~Dの間は、比較的移動がしやすい。依頼を達成していけば、ランクは上がる。  そんな中で、僕はBランクの魔術師という職業についている。  冒険者の中には、いくつかの職業があって、多いのは剣士と魔術師だ。  どんな職業に就くかは、自分でも選択は可能だけれど、多くは冒険者証を作る時に測定される潜在能力と、この世界の人々が生まれ持つ祝福(ギフト)とスキルの組み合わせで選ばれる事が多い。僕の場合は、潜在能力として、魔力値が平均より高かったので、魔術師としての適性があった。なお、祝福とスキルは、あまり有用でないものも多く、僕の場合もあまり冒険者として役に立つものではなかった。僕の祝福は、『一日三回一分だけ透明になれる』というもので、スキルは、『針金を任意の形に変えられる』という代物だった。今のところ、どちらも冒険者として役立った事は無い。  ちなみに魔術師は非力だ。パーティならば後衛が多いから、一人で出来る仕事は限られている。そんな僕は、魔術師を探しているパーティに臨時で加わる以外は、簡単な仕事を引き受けて、数をこなしてランクを上げてきた。  十六歳で冒険者になって、早八年。  今年で僕も二十四歳になった。  なお、物心ついてから十五歳までの間、僕は……森都から西に抜けた先にある貧民街(スラム)エストワーレで暮らしていた。貧民街は、裏社会だ。主に盗賊(シーフ)や暗殺者(アサシン)の根城である。僕の祝福とスキルは、魔術師という職業の冒険者生活ではあまり役立たないが――闇稼業ではとても役に立った。だから僕は、捨て子だったけれど、早くに盗賊ギルドに拾われて、食べる物には困らない生活をしていた。けれど、日の下を歩きたかったし、きちんとした身分証が欲しくて、冒険者になった。  それでも……正直、魔術師としてだけの収入では、食べていけない。  だから今も、冒険者稼業の裏で、盗賊としての仕事も請け負っている。  ――闇稼業には、冒険者ランクとは別のランクが存在する。  僕はローブのフードを取りながら、壁を見た。そこには、人相不明として、一枚の手配書が張りつけてある。冒険者の中で賞金稼ぎ系の依頼をしている人々の、最近の注目の的である盗賊……『ジョーカー』。これは、僕の盗賊名だ。盗賊ランクS+(暫定SSS)である。僕も思う、そちらの道で食べていくべきだと。才能の無い魔術師として生きていくよりずっと裕福に暮らせる、と。だけど、僕は日の下を歩きたい……! 「おう、帰ったのかナジェ」  ぼんやりとクエストボードを見ていた僕に、受付から声がかかった。  我に返った僕は頷き、この日も依頼を達成したと報告した。  報酬を受け取ってからは、僕は本日は宿を取っていたので二階の客室に荷物を置きに行き、再び一階へと戻って、酒場に向かった。そしてカウンター席の一角に腰を下ろした。  ここで僕は、可もなく不可もない。  平々凡々な顔立ちであるから、特に目立つ事もない。気配が薄いのが僕の特徴だ。悲しい事に、それすらも盗賊向きだと言われている……。 「よ。飲んでるか?」  そんな僕の肩を、ポンと叩いた人がいた。顔を上げると、僕の隣の椅子を引きながら、目を細めて両頬を持ち上げて、エフェルが笑っていた。オリーブ色の髪と目をしているエフェルはSランクの剣士で、ここを拠点に活動している冒険者だ。長身で端正な顔立ちをしている。僕にも気さくに声をかけてくれる、ギルドの人気者だ。 「今、麦酒エールを頼んだところだよ」 「俺も頼む。すみませーん!」  こうして僕の隣でエフェルが注文を始めた。他にもいくつかつまみを頼むのを、僕は見ていた。エフェルは僕とは異なり、本当に日の下を歩んできたように見える。出自はどこぞのお貴族様の三男で、騎士としての一代爵位も持っていたらしいけれど、剣技を磨きたいとして冒険者になったと聞いた事がある。 「ナジェ。ところで今夜は空いてるか?」  麦酒が届いた時、エフェルが僕をチラッと見た。思わず僕は赤面してしまった。  平々凡々な僕に、エフェルが声をかけてくれる事には、勿論理由がある。  あれは僕が二十歳になったある日……エフェルに『シたい』と言われて、僕は初めてを捧げたのである。以後、エフェルは時々、僕を誘うようになった。好きだとか愛しているといった事は言われた事がないし、恋人になろうというような口約束もないから、これは世に言う体の関係なのだと思う。そんな肉体関係が、もう四年も続いている。  エフェルは凄腕を超えた冒険者でもあるし、容姿も性格もいいから、とにかくモテる。だから僕は、とっくにエフェルの事が好きになってしまったけれど、時々肌を重ねられれば満足だと思って、今を生きている。 「うん、空いてる」  仮に空いていなかったとしても、きっと僕は空ける努力をするだろう。 「よかった」  エフェルは僕の言葉に、ホッとしたように吐息した。僕は赤面したままだ。  そこで改めて乾杯をしてから、僕は舌の上で麦酒の炭酸を味わう。 「ところでナジェ」 「なに?」 「――最近、ジャックと親しいと聞いたんだ」 「え?」  その言葉に、僕は首を傾げた。ジャック……それは、情報屋の名前である。ジャックだけは、僕ことナジェがジョーカーだと知っている。盗賊ギルドからの指令を持ってくる場合もある。だが、接触にはかなり気を遣っているから、後ろめたい仕事が露見するような事は無いと思う。寧ろこの酒場で会う場合などは、暗号でやりとりしているから、傍から見たら気さくに雑談をする冒険者同士に見えるはずだ。 「そう?」  それこそ僕とエフェルが話す光景と変わらないんじゃないかと思う。 「ああ。どうなんだ? 二人で二階の部屋に行ったのを見たとも聞いてる」 「うん? 確かに部屋で飲みなおした事はあるよ?」  なにせさすがに暗号を用いても、酒場のカウンターで、悪徳貴族の館へ侵入する算段は立てにくい。僕は嘘ではないからと頷いた。すると――何故なのか、エフェルの瞳に一瞬影が差した気がした。 「飲んだだけか?」 「? うん? うん」 「信じていいんだな?」 「なにを?」  まさか盗賊稼業について勘ぐられているのだろうか? エフェルくらい凄腕ならば、僕がジョーカーだと気が付いてもおかしくはない。そうしたら、僕はきっと捕らえられる。そう思うと、辛い。ここは、しらを切りとおすしかない。 「僕とジャックは、日々の依頼についての雑談しかしてないよ」 「雑談、だけだな? まさか別々に寝たんだろうな?」 「うん? うん。僕はジャックの寝顔とか見た事は無いけど?」 「ジャックもお前の寝顔を見た事はないんだろうな?」 「無いよ。僕達雑談をして朝には解散するよ?」 「言いなおす。ナジェの寝顔を知っているのは、家族を除いたら俺だけという理解でいいんだろうな?」 「うん」  尤も僕には家族はいないし、乳幼児期の記憶はないのだが。  僕の解答にエフェルが、心なしか安堵したような顔をして、吐息した。  そこへ酒の肴が届き始めたので、僕達は一緒に食事を楽しんだ。  そして食後――僕の部屋へと二人で向かった。 「ぁ……」  丹念に解されてから、僕は挿入された。硬いエフェルの陰茎が僕の中を深く穿つ。いつまでたっても、挿入時の押し広げられる感覚に、僕は慣れない。けれどエフェルの体温が僕は好きで、繋がっている個所からドロドロに蕩けてしまいそうになるのがたまらない。 「あ、あ、あ」  エフェルが激しく腰を揺さぶり始める。ギュッと目を閉じて僕が睫毛を震わせると、涙が零れた。 「ひぁ……! あ!」  ぐりっと先端で感じる最奥を突き上げられた瞬間、僕は身悶えた。頭が真っ白に染まる感覚に、思わず喉を震わせ、背を撓らせる。 「出すぞ」 「ああああ!」  一際強く突き上げられて、内部に放たれたのが分かった。その衝撃で僕も果てた。肩で息をしながら、僕は寝台に沈み込む。するとずるりと僕の中から陰茎を引き抜いたエフェルが、僕の隣に寝転んだ。涙が滲む瞳でエフェルを見てから、僕はそのまま寝入ってしまったようだった。

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