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第2話

 ――本日は、盗賊関係の仕事だ。  悪徳貴族が領地の人から奪った、その人の恋人の形見を取り返すという仕事だ。僕の所属している盗賊ギルドは、別に義賊というわけではないが、ボスの気まぐれで時にこういう仕事も引き受ける。  なんでも守りが硬いらしく、難攻不落だとされているその館。  冒険者ギルドから護衛も雇っているらしい。  だが僕にかかれば大した事は無いだろうと考えて、肩を回してから、僕は攻略に臨んだ。悪徳貴族がいるという部屋は、二階の寝室。そこを目指して、僕は祝福とスキルを使うまでもなく進んだ。  確かに警備はすごいが、これでも僕は手慣れた盗賊だ。  あっさりと目的地まで進んだ僕は、寝台の上のシーツの盛り上がりを見た。悪徳貴族は眠っているのだろう。そう考えながら、奥の金庫の前に立つ。そして針金を取り出した。スキルで鍵の形状に変化させ、気配を殺しながら解錠を試みる。  殺気を感じたのはその時だった。 「っ」  慌てて振り返り、僕は金庫の中からは肩身のネックレスを手に取りながら、左手で短剣を構えた。相手は剣士だ、と、分かったのは、僕の急所ではなく、目深にかぶったローブのフードを薙ぐように払われた時だった。 「あ」  すると相手――エフェルが声を出した。目を真ん丸に見開いている。  僕も硬直しそうになったが、慌てて、祝福で体を透明にした。  ……見られた? いいや、暗がりで一瞬なのだから、『似ている』と思われた程度だろうと判断し、僕はそのままその場を離脱した。  こうして僕は、盗賊ギルドがエーデルワイスに構えている半地下の酒場で、形見の品を無事に組織の人間に手渡した。ただしその間も、ずっと胸の鼓動は煩かった。  今日だけ冒険者ギルドに顔を出さなかったら怪しまれると考えて、僕はなるべくいつもと同じ時間に顔を出す事に決める。本日の依頼は、一応草むしりを引き受けていて、それは昼間の内に終わらせていた。ただアリバイはばっちりだと思う。 「おい」  するとそこにいたエフェルに声をかけられた。僕を待ち構えていた様子だ。やはり露見しているようだが、僕はなんとかして知らぬ存ぜぬを押し通したい。 「なに?」 「今までどこにいた?」 「? 草むしりの依頼をして、その帰りには街でぶらぶらしていたけど……?」 「――少し、二人きりで飲みたい。話がある」 「……いいけど」  いつもならばこんなお誘いは大歓迎なのだけれど、今ばかりは心が苦しい。  こうして僕は、依頼の達成印を貰ってから、二階に取ってある宿の一室に、エフェルを促した。扉に手をかけて、中へと入る。すると入ってすぐ、後ろから抱きしめられた。 「!」 「さっき、レイノルド伯爵家にいただろう?」  悪徳貴族の名前を聞いて、僕は腕の中で思わず笑顔を消した。僕は前を向いているから、その表情は見えていない事を祈る。 「いないよ」 「嘘を吐くな」 「……なんの話?」  僕の言葉に、エフェルの腕に、より強く力がこもった。これでは逃げられないと冷静に考える僕と、肘で後ろの急所を狙えば気絶させられるかもしれないという考えが同時に浮かぶ。 「俺の祝福は、『好きな人を見間違えない』というものなんだ」 「え?」 「スキルは、『人の匂いを判別できる』」 「……っ、それって」 「こんな形で伝えたくはなかったが、俺はお前が好きだ。だから決してナジェを見間違える事は無いし、ナジェの香りを間違える事も無い。愛してる」  突然の告白に、僕は目を見開いた。  エフェルが僕を好き……? つまり、相思相愛……? その事実に、胸の奥から歓喜の気持ちがこみ上げてくる。けれど、状況が状況だ。耳元で少し掠れた声を聞いた僕は、目を瞠るしかない。 「お前が、ジョーカーだったのか」 「……」 「ナジェ、それでも俺は、お前が好きだ。だから、本当の事を話してくれ」  それを聞いて、今度は僕は、心臓を手で掴まれたように、苦しくなった。臓物を撫でられたような嫌な感覚に、ひやりとしてしまう。 「……そうだよ、僕は……盗賊だよ。魔術師として生きていきたいけど、それは紛れもない事実だ」 「そうか」 「僕を捕まえる?」  エフェルの手にかかって終わるならば、それは案外悪くない気もした。いつかは僕の盗賊生活には終わりが来ると思っていたから、それが好きな人の手による終焉なら悪くないと思う。 「いいや。俺には、それは出来ない」 「え?」 「もう一度言う。俺は、お前が好きだ」 「それ、は。僕だって……けど……」 「本当にお前も俺を好きなんだな?」 「うん……ただ、僕達じゃ、住む世界が違うから」  なによりエフェルは日の下を歩いていく人だ。僕のように、後ろめたい事に手を染めていたりはしない。 「盗賊ギルドとは、手は切れないのか?」 「……無理だよ。だって、それじゃあ生きていけない。僕のランクじゃ、魔術師としてだけじゃ……毎日ご飯を食べるのもやっとだから」 「俺がいる。これからは、俺がそばにいる。だから、足を洗って、冒険者としてだけ生きていかないか?」 「それが出来たら、どんなにいいかなぁ」 「そう思うのならば、そうすればいい」  エフェルの腕に、より一層力がこもった。僕は泣きそうになってしまう。  ただ僕は、残念ながらエフェルの言葉や優しさを、完全には信じられない。僕は臆病だ。 「ナジェ……愛してる」 「……」 「お前が好きで、お前が話す相手にはすべて嫉妬してるくらいには、俺はお前の事しか考えられない」 「どうして僕なんかを――」 「俺の中では、お前は特別なんだ。気が付いたら、大切になっていた」  そう言うと、エフェルは僕の体を反転させた。そして少し屈んで、唇に触れるだけのキスをした。 「だから俺のそばにいて欲しい」 「っ」 「これからは、ずっとそばに」  その言葉が嬉しくて、僕は涙ぐんだ。信じてみても、いいのだろうか? そんな気持ちが膨れ上がってくる。そうだ、仮に裏切られても、それがエフェルの手ならば、いいではないか。そう思っていたら、気づくと僕は頷いていた。

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