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1.入学式
中学の卒業式から二週間。
バタバタと準備を終えて荷物を放り込んだら、あっという間に高校の入学式だった。
「せっ、セーフ……! ええと」
駆け込んだ講堂に置かれた椅子はもう殆どが座ってたけど、まだ立ってたり話してたりしてる奴は何人か居る。事前に通知されてたクラスのブロックを探しだして最後列の紙が置いてある席に座った。出席番号順の一番最後だと分かっていると、こういう時に楽でいい。
椅子の上に置かれてた入学式のスケジュールをぼんやり眺めながら始まりの合図を待つ。
――と。
隣でガタンと音がしたと思ったら、隣に人間が生えていた。
「……なぁ、出席番号オレが一番最後のはずなんだけど」
「気にしない、気にしない。今さら最前列とか恥ずかしいじゃん」
隣に生えてきた奴は明るい顔でにこーっと笑う。
まぁ確かにもうこれからの進行について説明始まってるし、今から最前列だと遅刻しました宣言してるようなもんだけど。
紙持たずに座ってんのも大概目立つんじゃないだろうか。
「なぁなぁ、それ何書いてあんの? 見して」
そんなこと気にする素振りもないそいつはニコニコ笑いながら手のひらを向けてくる。仕方なしに紙を手渡すと、チラッと見て「あー、なーんだ」と言いながら戻してきた。
そんな会話をしてる内に、本格的に入学式が始まって。
比較的若い校長の挨拶はそうでもないけど、話の長そうな来賓の挨拶は本気で長かった。話し方がゆっくりなのもあると思うけど。誰か内容見なかったのかよと思うほどに長かった。
なのに隣はスンゲェぴしっと座ってるし。生えてきた方の反対隣は寝かけて……いや、寝てるし。気持ち良さそうに。何か必死で耐えてるのが馬鹿らしくなってくるな。
そう思いつつ戦ってたけど襲ってくる眠気の強さに降伏しそうになった時、わぁっと謎の歓声が上がってウトウトしてた意識が一気に引き戻された。
「っ!? やべっ」
寝起きにびくっと飛び上がるみたいな、あの嫌な感覚のせいで手に持ってた資料を床にぶちまけてしまった。
慌てて拾い集めようと屈んだけど思いっきり椅子を押しやったもんだから、ギギギィッ!ってやたらと大きな音が響く。一瞬しーんとした後、周りから冷ややかなヒソヒソ声と視線を集めてしまった。
くっそ……めちゃくちゃ恥ずかしい……。
隣の奴はピシッと座ったまま無表情で見下げてきやがるし、反対隣は寝起きの顔できょろきょろしてるし。バッチリ起きてる方は手伝う素振りくらいしてくれよと心の中でちょっと八つ当たりしてしまった。
「……あれ、校長センセの話は……?」
明らかに寝ぼけた声がぼそぼそと囁いてくる。やっと睡魔との散歩から帰ってきたらしい。
「だいぶ前に終わったっつーの」
「そだっけ……ふぁぁ……今なに?」
「お前な……新入生挨拶だよ」
のんびりあくびまでしてるし。ホントに緊張感の欠片もない。
そんな隣とは対照的な反対隣は背をぴしっとさせたまま、何だかキラキラした顔で前を見てる。さっきまでお面でも被ってんのかってくらい表情筋動いてなかったのに。
不思議に思いながら横目でチラ見してると、寝てた方の隣がほえーっと小さく呟いた。
「じゃあ、あれが噂のα 様なのか」
「α様?」
入学式だってのも忘れて、聞き慣れない単語に思わず食いついてしまった。
……いやだって、あんまり隣の緊張感無いから……。
「頭よくて、武道もできて、背も高くて顔も良い。今年の挨拶は仁科儀 っていう超デッカイ家の大物α様ー!って話で持ちきりだったろ」
「え、知らね。αとか初めて見るし」
卒業してからのんびりしすぎて、慌てて運び込んだ荷物を必死で荷解きしてたからな。おまけに寮に入る前のカウンセリングが何故か生活指導になって長引いて、とても周りと話をする余裕が無かった。
「えぇーっ、まじか……そっかぁ……」
あれだけあっちこっちで話してたのになぁ、と不思議そうな顔でガン見された。
うるせぇ。こっちは色々準備があるんだよ。
そんなこんなヒソヒソ話をしてる内に新入生挨拶は終わっていた。α様の御尊顔拝むの忘れた!って悔しがってた隣を生暖かく横目で見ながら、改めて壇上を見る。
流石にちょっと不真面目すぎるからな。次で終わるし、最後くらいは真面目にしとかないと。
α様は壇上に向いてたから後ろしか見えなかったけど、新入生に向かって生徒会挨拶をする生徒会長は正面から見えた。
いかにも優等生ですって雰囲気の真ん中で分けた髪。そこまでハッキリ見えてる訳じゃないけど整った顔なんじゃないだろうか。
『――では、共に実り多い学生生活を過ごしましょう。生徒会長、仁科儀 冬弥 』
簡潔で、マイク通してもはっきり聞こえるけど優しげな声。少しふわふわした心地で聞いてると最後の一言がやけに耳に残った。
「……にしなぎ……?」
ついさっきも聞いた気がする。でもどうだったっけ、いまいち確信が持てない。ちらっと助けを求めて寝てた方の隣を見ると、こほんと勿体ぶってひとつ咳払いをした。
「生徒会長はα様の兄貴らしいぞ。ついでに一年の頃に新入生代表挨拶した優等生らしい」
何故かドヤ顔で耳打ちされた言葉に、一瞬時間が止まる。
新入生代表は入試で一番成績が良かった生徒がやるやつだ。α様とその兄貴の生徒会長は仲良く入試トップで入ってきたってことになる。
「マジかよ……兄弟揃ってスゲェな……」
「なーっ。何かもう、世界が違うよなぁ」
挨拶を終えて壇上から去っていく生徒会長をしみじみ見ながら、ちょっとで良いから賢さ分けてくんねぇかな……と散々だった事前学力テストの成績を思い出していた。
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