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2.β様
その後何事もなく式典は終わって解散になった。授業は来週からだ。このために慌てて制服着て全力ダッシュしたと思うと正直ちょっと虚しい。
寮に戻ろうと腰を上げかけると、隣のピシッと座り続けてた方がガタガタっと慌てた様子で立ち上がった。何かと思って見てると真っ直ぐ生徒が集まってる所へ向かっていく。
集まってたのはキラキラした顔面の面子だ。でも何故かペコペコしながら話してる。その仕草が出掛けてる時に上司と会った時の親父みたいだ。
……あいつら高校生なんだよな?
「おー、あれが噂のα軍団かー」
「α軍団?」
寝こけてた方の隣がまたほえーっと言いながら顔を出してきた。思わずそっちを見ると、ふふんと少し得意気に笑う。
「そ。あいつらは人脈作りで来てるっていうし、挨拶回りに忙しいんだろ」
マジで高校生版のサラリーマンだった。人脈がなくて新しい営業先がなかなか~とかこぼしてる親父みたいなこと言ってる。
αって意外と大変なんだな……。
「お前一年なのに物知りだな」
入ったばっかなのにどこからそんな情報仕入れてくるのか不思議すぎる。
「ここ全部の第二性が来るんだからベンキョーしとかないと。お前が興味無さすぎるんじゃね?」
「えー……学校は学校だろ」
「えーっ、カウンセリングと説明受けただろー? 確かにβにはあんま関係ないけどさぁ」
まぁ確かに、説明は受けた。
世の中には男女以外にも第二性っていうα 、β 、Ω の三種類の性別があって、特徴がハッキリ出るようになるとそれなりに区別されること。それが行き過ぎて差別になりがちだってこと。
第二性の仕組みを詳しく解明して、差別を区別に戻そうとしてること。その区別を減らしていくために研究が進められていること。だけどまだまだ分からない事が多くて、そのデータ収集をする研究所と連携した教育施設がこの学校だってこと。
でも。
「……説明にα集団の生態とかあったか?」
「そーいう事じゃなくて。自分と違う第二性の奴らも集められてるから、そいつらへの配慮に関する情報収集も必要だって言われただろ。居るのに知らないって避ける訳にはいかないじゃん」
「あー、まぁ、確かにそうだな……」
自分の当てはまる第二性別については煩いくらい言われてても、他のについてはよく知らない。こういうイメージだっていうのが何となくあるくらい。
βなんてその辺の一般人、くらいしか学校の授業でも触れられてなかったような。
そう思うと意外と真面目な奴らしい。寝坊してしれっと一番後ろに座ったり完全に寝てたりしてたくせに。
とりあえず、αも苦労してるんだなっていうのは分かった。
「で、何でαの奴らってあんなリーマンみたいな集会してんの」
そもそも何でそんな苦労を高校生からする羽目になってるのか、謎が尽きない。人脈が必要なら親が作ればいいのに。
そんな事を思いながら隣に視線を向けると、何がツボに入ったのかぶはっと吹き出した。
「急に笑かすなよな! ええと、αって生まれながらのエリートっていうじゃん。良い家の子供が多いんだってさ」
「コネ入学か……」
「どっちかっつーとコネ作り入学じゃね? んで、その中で一番の注目株が今年入ってきた仁科儀家のα様ってワケ」
隣人の指差す先にはさっき壇上に登ってた後ろ姿。人に囲まれてて相変わらず顔は見えないけど。
「大人になってからだと会うのも大変らしいけど、同じ学校の学生ならどっかのクラスに居るだろ?」
「なるほど。お前ほんと詳しいな」
「ふふーん、もっと褒めてくれてもいいんだぞ!」
まだ学校始まってないのによくそんな所まで調べたな。βって数が多いから良くも悪くもあんまり他の第二性に気を遣うイメージ無いけど、こういう奴も居るのか。
同じクラスらしいし、知らないことはコイツに聞こうとひっそり心に決めたのだった。
わいわい賑やかなα軍団を余所目に講堂を出ようとすると、何故か集団が一際ざわめいた。思わずそっちを見ると生徒会長が横を通ったらしい。
話しかけられて足を止める横顔を見ながら、そういえば、と物知りなクラスメイトは口を開いた。
「生徒会長はαじゃないらしい。金持ちの跡取りだけどβだとか」
「えっ、兄弟なのに違うのか……αって家族全員そうなのかと思ってた」
何か勝手に遺伝子も強そうなイメージ持ってたけど、βの遺伝子に負ける事があるんだな。
「意外だよなー。なのに成績はαを抑えて堂々の学年トップなんだってさ。だからβ期待の星とか、β様って呼ばれてるらしい」
「ほー、すげぇ人なんだな……あ」
こっちに気付いた生徒会長が振り向いてばちっと視線が合った。にこりと微笑むその顔はやっぱり整ってて、αだって言われても疑うことなんかなさそうだ。
キレーな顔だな、なんて。当たり前の様にそんなことを事を思ってしまった。
今度こそ講堂を出て寮への帰り道を歩く。結構長居してたけど、まだ廊下には結構人が残っていた。
「なーなー、食堂行かねぇ? 俺まだ行ったことないんだよなー」
流れで一緒に戻ることにした謎の高校生がひょこっと顔を覗かせてくる。
何となく気にしないようにしてたけど、改めて見るとコイツ背が高い。細いから長く見えるだけかと思ったのに。
若干の悔しさを覚えつつ、じっと目の前のクラスメイトらしい奴を見る。よくよく見るとイケメンの部類に入るんじゃないだろうか。黒目が大きくて、にこにこ浮かべてる笑顔はちょっと幼く見えるけど。
……せめて身長くらい分けろ、このやろう。
「いいけど、先にもういっこ聞きたい」
「ん? なに?」
「お前誰?」
何か成り行きで一緒に行動してるけど、オレは目の前の奴が誰なのか知らない。何とか分かるのは出席番号が前の方だって事と、入学式に寝こけてたって事と、やけに物知りで真面目っぽいってことだけだ。
「えっ……あーっ! 悪い悪い、俺、市瀬! 市瀬 夏来 」
やっと自分が謎の高校生のままだって気付いたらしい。にこにこ笑いながら名乗ってくる。
「いちせ……なるほど最前列だな」
「そうなんだよ、おちおち遅刻も出来やしない」
おどけながら言うそれは冗談なのか、本気なのか……。
「お前は確か行家だよな」
「さすが情報通……行家 春真 だ」
いきなり名前を当てられて思わず見つめると、にししと謎の高校生は笑う。出席番号の一番最後はすぐ分かるからなー!と、手に持った事前配布の名簿リストをひらひらさせていた。
……そうだった、それがあった。驚いて損した。
「よろしくな、ユッキー!」
「ゆ……う、うん……よろしく……」
突然つけられたあだ名に面食らいつつ、市瀬に腕を引っ張られて食堂への道を歩き始めた。
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