3 / 25
3.ヒート休み
Ωにはヒートって状態になる期間がある。
ホルモンだかフェロモンだかの影響で発情して子作りの相手を見境なく引き付けるっていう厄介なやつだ。
そしてヒートは男だけじゃなくて、同性やΩを妊娠させられる体質のα女子まで影響を受けるっていう、結構えげつない状態になる。んで、それは一週間くらい続く。
一週間全然動けないΩも居るらしくて、そうなると学生は授業どころじゃないし大人は仕事どころじゃない。オレはそこまでキツイ状態になったことなくて半信半疑なんだけど。
だけどわざわざ授業で子供に教えるくらいだから大変な事になった奴が居るんだろう。
そんなΩは一定期間まともに動けなくなる時期があるから差別を受けやすい。勉強だって遅れるから結構大変なんだ。
「おっ、ユッキーもヒート休みか?」
声をかけられて机から教科書を引っ張り出す手を止めた。振り向いた先には鞄がぱんぱんに膨らんでるクラスメイトの原田 こと、ダーハラが立っている。
「ん。ダーハラも明日からの組か?」
「そーそー! 休めんのはいいけど、教科書全部持って帰んの結構きついよなぁ」
この学校はΩの不利益を体験して理解するって名目で、三ヶ月に一度のヒート休みが全生徒に与えられる。
……与えられるっていうか、問答無用で二週間休まされる。Ω以外の第二性別でも外はもちろん授業にも出られないし、部屋からすらも出られない。
だからヒート休み期間に入る生徒は置き勉してる荷物を全部引き上げて持って帰るルールらしい。
「オレは要るやつしか持ってきてない。先月全部持って帰らされた奴が居たってイッチが教えてくれた」
「なんだと!?」
イッチは市瀬のあだ名だ。物知りクラスメイトは入学してからも情報の早さは相変わらずだった。
皆と同じく配られた教科書をそのままロッカーに詰め込んでたオレは、そのまま行けば間違いなく原田と同じ様に教科書全部引き上げるハメになってたはずだ。
鞄を教科書でパンパンにしてる原田は、衝撃の事実を知ってぐりんと顔を市瀬に向けた。
「いーちーせーくーん!? 何で俺には教えてくれなかったんですかーっ!?」
「えーっ? まだそんな仲じゃないしーぃ?」
「ひどい! イッチとは同じフロア住みの仲間じゃないのっ!」
ふざけた掛け合いに二人に教室のあちこちから笑い声が聞こえてくる。
原田と市瀬は寮の部屋が同じフロアだからか仲が良い。二人とも明るいムードメーカーで似た者同士なのもある気がするけど。
「あっはは! 悪ぃ悪ぃ、ユッキーはロッカーがパンッパンなの丁度見かけたからさー」
「……ありがとうイッチ。来月に向けてちょっとずつ持って帰るわ」
「僕も来月だ……やばい……ちょっと詰めてきていい?」
「俺もちょっと詰めよう……」
原田の有り様に危機感を持った奴らが各々の机に戻って教科書を鞄へ入れ始めた。いつもつるんでる三人だけじゃなくて、周りにいたクラスメイトの半分くらいもゴソゴソと席で音を立てている。
「お前ら――ッッ! 俺は!? 体を張ってお前らの目を覚まさせた俺への感謝は!?」
「へーい、ダーハラせんきゅー」
「かっっっる!!」
わいわい言いながら教科書を詰めてる面子を待って、オレ達は寮へ向かってダラダラ歩き始めた。
荷物を置いて寮の食堂で晩飯を食い終わった頃、あっ!と小さく声を上げて原田がこっちを向いた。何をするにも物音の立つ奴だ。
「なぁなぁユッキー、せっかくのヒート休みだし遊びに行かねぇ? 休み被った面子でカラオケ行こうって話してんだ」
よく周りにたくさん人が居る環境でこんな話始めたなオイ。
「ヒート休みは自室謹慎だろ。真面目に謹慎してろよ」
「えーっ、Ωでもないのに二週間も部屋に監禁なんて過酷すぎんじゃん!?」
それは確かに……そうかもしれない。
Ωは一週間動かないのが当たり前だけど、二週間って聞いた時にはうわ長いなって思った。なのにΩ以外の奴に二週間じっとしてろっていうのは無理がある。
……原田みたいないつも動いてる奴は特に。
オレは一週間もあれば動けるようになるし、二週間あるなら日程によっては遊びにいけるかもしれない。元々普通のヒート休みは一週間ちょっとなんだよ、この学校が余分に長く設定してるだけで。
そんな事を考えて誘惑に転びそうになった時だ。
「謹慎破ったのバレると何もない独房行きらしいぞ」
いつもつるんでる友達の一人、沢良木 ことラギーの呟いた言葉が正気に戻してくれた。独房って響きがヤバそうにしか聞こえない。
これに乗っかるのは決まって沢良木の相棒、皆川 ことカワミナだ。
「入って早々罪を冒すんだねダーハラ……生きて帰れよ……」
「お、お前ら……まぁ大丈夫だ、お縄になる時は俺一人じゃねーからな!」
「それ全然どっこも大丈夫じゃねぇな!」
ゲラゲラ笑う田野原 ことターノに、市瀬もつられて爆笑してる。脅されても罪深い男は断固抜け出すつもりらしい。
本当に大丈夫な予感が全然しないけど。
「ま、頑張れよな。オレは罪を冒さずに大人しくゴロゴロする」
正気に戻ったオレは、当然大人しくする方を選んだのだった。
散々原田をいじりながら飯を食った後、脱走計画の話をしてた手前大人しく解散して部屋に戻る事にした。
「じゃあ、また休み明けたら皆で遊ぼうぜ」
「おう。じゃ、また二週間後な。健闘を祈る」
「頑張れダーハラ~!」
「おうよ! またなー」
エレベーターホールの前で解散して、部屋への道を一人歩いて戻った。
ヒート休み期間中のΩは体温やら体調やら自覚症状やら毎日報告しなきゃいけない。
普通はそんな事しないけど、この学校は研究機関と連携してるから生徒の義務になっている。その分体質に合った抑制剤の処方やカウンセリング、生活指導が受けられる……らしい。
父さんや母さんがオレをここに入れたがったのも、第二性に合わせたカウンセリングや指導を受けられると聞いたからだと言っていた。普段Ωの自覚がないとか警戒心がないとか何かと言ってたから、物凄く納得してしまった。
「……ん……は、っ……っく」
ゆっくり擦ってたオレのムスコからどぷっと白い液体が溢れだす。オレはヒート期間に発情して治まらないなんて事はないけど、普段よりこっちが固くなる頻度が上がる。
まるで絶倫じゃんって最初は笑ってたけど、毎回やってると流石にめんどくさくなってきた。
「はー……だるい時にしたってそこまで気持ちよくもねぇし。馬鹿じゃねぇのオレの体」
ヒート期間は体がだるい。なのに下半身だけ元気で何回もオナる羽目になる。
かといって抜かないで居ると下着の中で圧迫されて痛くなるし、触りすぎるとそれはそれで痛い。どうしろってんだホントに。
しばらくして落ち着いた下半身を洗ってベッドの上に寝転んだ。
ヒート期間が始まって三日目、いつも通り少しずつ症状が落ち着いてきた。なのにまだ十日も休み期間が残ってて、どうしたもんかと天井をぼんやり眺める。
「…………Ωでも退屈だもんなぁ……そうじゃないなら余計に時間もったいないよな」
ふと、二週間の謹慎は過酷すぎると笑ってた原田を思い出した。そういや脱走計画はどうなったんだろう。上手く行ってるといいけど。
「えーと、どこまで読んだっけな」
保身を選んだオレはその答えを知るはずもなく、大人しく本棚から漫画の続きを抜き取った。
ともだちにシェアしよう!