6 / 25

6.褒美

 すぐ近くまで歩いてきた生徒会長は朗らかに笑顔を浮かべた。  「よくやってくれた。お陰で大事にならずに済んだ」   さっきまでΩの生徒以外には無表情で鋭い命令口調だったくせに、いつの間にか声まで入学式の時みたいになっている。  何だこいつって思ったけど皆は気にする様子はない。というか気にする余裕が無かったんだろう。オレは生徒会長の近くに居たけど、皆は押し寄せてくるαの集団と取っ組み合ってたから。 「いやあの、十分大事だった気が……」 「大事というのはαがΩに襲いかかって蹂躙するような事態の事だ。さっきの生徒はαに指一本触れられていない――だろう?」 「まぁ、先に見つけたの俺らなんで……」  戸惑う沢良木の声に生徒会長は満足そうな顔で腕を組む。 「それが重要なんだ。お前達が抑えなかったら、あの生徒は襲われていた。多人数から襲いかかられるなんて恐怖でしかないだろう」 「……確かに……あいつら全員が追いかけてくるって事だよな……きっつぅ……」  興奮状態のαに指を噛まれた原田は特に身に染みてしまったらしい。生徒会のメンバーらしい奴に手早く消毒された指先をじーっと見つめながらぽつりと呟いていた。  「つーかαがあんな力強いとは思わなかった。いつも大人しい奴も人が変わってたし」  友達にめちゃくちゃガンを飛ばされてた田野原は少ししょんぼりした様子で呟いた。こっちはこっちで地味にショックだったらしい。 「ヒート中のαは攻撃性が増す奴も居る。Ωの奪い合いの様な状態になると、普段大人しい奴も瞬間的に狂暴になる事が多いな」  「瞬間的」 「ヒートが落ち着けば元に戻るだろう」  その言葉に田野原の顔がぱあっと明るくなる。 「戻るんすね良かった……ってウワーッあいつ大丈夫かな、結構殴ったけど!」  いやそんな殴ってたのかよ、と心の中で突っ込んでしまった。過ぎたことは全部水に流すタイプの田野原がやけにしょんぼりしてたのはそのせいか、ひょっとして。相手にした事は自分じゃ流せないもんな。  何となくそわそわしてる田野原に、生徒会長はにっこりと微笑んだ。 「暴れて負傷したαの連中は落ち着き次第、救護室の方へ運ばせている。気になるなら見に行くといい」 「あざっす! わり、俺ちょっと様子見てくる」 「おう、んじゃ食堂来れそうなら連絡くれ」 「了解ー!」  沢良木に満面の笑顔で返事をしてバタバタと走っていく田野原。その背中を親指で差しながら、生徒会長は原田にこれまたにっこりと微笑んだ。 「念のためお前も診て貰うといい。見る限り大丈夫そうだが、噛まれた指が膿んでパンパンに腫れては困るだろう?」 「ひえっ……う、うーす」  謎の圧力で脅されてきゅっと消毒された指を握りしめた原田も、ばたばたと田野原を追いかけて救護室へ走っていった。 「こら、廊下は走るなよー」  注意するつもりがあるのか無いのか分からない声をかけたと思ったら、生徒会長はくるりと残った面子の方へ向いた。  「で。礼と言ってはなんだが、食堂へ行くのならこれをやろう」 「えっ。ども……で、デザート券……? しかもパーティーメニューのやつ!?」  沢良木が受け取ったのは紙のチケットだ。  食堂の券売機で売ってる食券と大きさは同じだけど……やたらと紙がピカピカしてて、品物と値段しか書いてないはずの券面には山盛りのフルーツと沢山のグラスが描かれている。 「なにそれ」  何か二人とも知ってる感じで驚いてたけど、オレは全然見覚えない。食堂使ってるし券売機でこんな派手な券出してる奴見たら覚えてそうだけど。 「ユッキーほんと物知らないなぁー! デザートオンリーなパーティー専用コースの食券! 窓口でしか売ってなくて凄い値段してるやつ!」 「いや窓口なんか普通並ばねぇだろ」  オレ全然悪くねぇじゃねーか。  入り口にメニューのサンプルもあるし、学校で噂の隠しメニュー目当てじゃなきゃ券売機で用が足りる。  何より窓口は金持ちα集団のメンバーがたむろってる事が多くて進みが遅い。よっぽどじゃないと使わない生徒が殆どだ。  騒がしいオレ達の様子に生徒会長がくすくすと笑う。 「貰い物ですまないが、疲れた体には良いだろう?」  そんな高い食券が貰い物ってどういう事だよって思ったけど、そうだった金持ちの家のβ様だった。普通にあり得るんだこの人は。 「うわぁぁぁマジで……! あざます!!」 「やったぁ~ありがとうございます! 救護室終わったら絶対来いってメッセ入れとこうー!」  食券を手に持った沢良木と皆川は分かりやすくテンションが上がっていた。二人とも甘党男子ってやつらしいからドツボにはまったんだろう。  礼もそこそこに食堂へ歩き始めた二人を追いかけて、かるくで一礼して歩き始めた。    ――と。   「……広報よろしく頼むぞ」    ポツリと響いたβ様の言葉に気付いたのはきっとオレだけだったと思う。ぱちんと視線が合ったその人は、綺麗な顔でにっこりと笑った。    無事に田野原と原田も合流して、オレ達は早速貰った食券を食堂で使っていた。 「やば、マジで豪華」 「人助けはするもんだな……!」  皆川と沢良木がキラキラした目で出てきたやつを見つめている。  四人テーブルの上一杯に果物。それぞれの皮が器になってたり凝ったカットがされてて見るからに高級仕様なやつだ。  更にもう一つの四人テーブルの上一杯にはスイーツ。ケーキにプリンにドーナツにクレープに、バケツ入りの高そうなアイスまで保冷ケースみたいなのに入って並んでる。  脇には飲み物専用のワゴン。ジュースにコーヒーに紅茶に……何か良く分からないラベルの高そうなやつまで並んでいる。  ……いや、これ明らかにオレ達だけじゃ無理だろ。多すぎて田野原も原田も無言じゃん。 「いっ、いっただっきまーす!!」  まじか皆川。増援呼ばずにいく気か。まじか。  結局、食堂に入ってきた奴らに甘党以外の三人で少しずつお裾分けをして何とかさばいた。机の上にはまだちょっと多めな感じで残ってるけど、皆川と沢良木がもりもり食ってるから多分大丈夫だろう。 「そいやアイツ大丈夫だったんかな、Ωの奴。すげぇ苦しそうだったけど」  好物らしいメロンをひたすら食ってる田野原が思い出した様に口を開いた。すると向かいでチョコケーキ食ってる原田が顔を上げる。 「大丈夫じゃね。特効薬だっけ、効きそうな薬打たれてたし」  喋り終えるとぐいーっとコーラ飲み干してぷはーっとグラスを置く。酒のCMに出てくるオッサンか。 「……俺、Ωのヒートって初めて見た」 「僕も。周りがあんなになるならヒート休みは要るよね。楽でいいなとか言ってる場合じゃないや」  もりもりスイーツ食ってた沢良木がぽつりと呟くと、皆川も手を止めて頷く。  オレ達の殆どはヒートが実際にどんなものか知らない。βは当たり前に知らないし、αだってΩに当てられなきゃ知らないだろう。オレは一応Ωだけど……特徴が薄いって言われてるせいかあんなのは、知らない。ここに来るまで他のΩも居なかったからヒートをちゃんと分かってなかった。  ……あの時のΩの生徒を思い出して、ふるりと少しだけ体が震える。    トラブルのどさくさで指を噛まれた原田はちょっと微妙そうな顔をした。まぁ完全に貰い事故だから仕方ない。 「だからって俺らが軟禁に巻き込まれるのは何か納得いかねーけどなー独房に突っ込まれてさー」  独房に突っ込まれたのは自業自得だろ、とそこだけは総ツッコミを食らっていた。  「しっかし、あんなのが三ヶ月に一回来るんだろ。きっついなー」  次のメロンを更に置きながら田野原が続ける。  田野原は騒がしいけど優しい奴だ。自分とタイプが違う相手でも理解しようとするから友達も多い。もうそわそわする様子も全然ないし、ぶん殴られたαの友達とも多分仲直りしたんだろう。 「でもさっき薬はちゃんと飲んでるって言われてたよねアイツ。ヒートって定期的にくるやつ以外にもあるのかな」 「てっきりそういうのは薬とか飲んで目当てのα相手にしてんのかと思ってた」  皆川と原田の話を聞きながら、そういや第二性別の判定が出た後に色々講習で詰め込まれたなと思い返していた。そん時は退屈すぎて半分くらい寝てたから殆ど内容が頭に残ってないけど。  もっと聞いてたらよかったな。そしたらもうちょっとマトモに動けたのかもしれない。 「あー薬飲んで誘ってんのかって言われてた奴中学に居たわ俺のとこ。あれでそんなこと言われんの、ちょっと可哀想だな」  沢良木の所に居た奴は大変だったんだな。  そいつだったら分かったのかな。  何かこの……変な違和感の正体も。  …………。   「ユッキー? さっきから机睨んでるけどどした?」  ぽんぽんと肩を軽く叩かれて、はっと我に返った。田野原のきょとんとした顔がすぐそこにあってビックリした。  周りを見ると皆が心配そうにオレを見ている。 「わり……ちょっと部屋戻るわ」 「えーっせっかくのデザートなのにー」  皆川の通常運転ぶりに思わず吹き出した。  でもさっきから話に入ろうとするとぐるぐる頭が空回りしててまとまらない。せっかく奢りデザートにありついてるのに手も進まない。 「大丈夫か? さっきの騒動の関係?」 「んー、頭くらくらするのが抜けない。ちょっと寝る」 「そか。今日は疲れたもんな、転ばないように気を付けろよ」  原田も沢良木も優しい。皆川は心配してる雰囲気出さないけど、気まずくないようにしてくれてんだって分かる。皆中学の時の奴らみたいで居心地がいい。 「ん。また明日な」  確かに疲れてるのかもしれない。少しだるい気がするし、初めて知った事も多かったし色々処理しきれてないのかも。  今日はゆっくりしよう。  また明日なーって返してくれる皆に手を振って、食堂を出た。

ともだちにシェアしよう!