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10.招かれざる
放課後、予告どおりに玄関のチャイムが鳴る。渋々ドアを開けると騒ぎの元凶が機嫌良さそうに立っていた。
「逃げなかったな。偉い偉い」
学校中を捜索する手配もしていたが無駄だったなと、すげぇ嫌な事を言いながら部屋に入ってくる。いつの間にか手に持った手提げをテーブルに置いて勝手に椅子を引いて座っていた。
おい、無礼千万なんだけど。良いところのお坊ちゃんじゃねーのかよ。
「話が終わったらさっさと帰れよな」
割り増しになってたイライラが更に増してくる。さっさと帰ってほしい。そんな思考が隠せなくてぶっきらぼうな声になると、生徒会長はにんまりと笑う。
「つれないな。大切なところに触れた仲なのに」
「――ッ、あれは事故! 貰い事故だってアンタも言ってただろ!!」
じっと意地の悪い視線がオレの股間を見つめてて思わず隠すように抑える。前屈みの情けない格好になったせいか、来訪者は遠慮の欠片もなくけらけらと笑った。
「それはヒート紛いの話だろ。俺が抜いてやったのは別に事故じゃない」
「っ、う、っっ――っ」
そりゃそうだけど。一人で抜く事だって出来たけど。
仕方ないだろ生徒会長が勝手に――って会長のせいじゃねぇか! オレにとっては事故だ事故!!
一人思考がぐるぐるしてるオレをにやにやしながら眺めてた会長だったけど、思い出したみたいに手提げの中を漁り始める。
「そんなお前にこれをやろう」
手渡されたのは青い色のシート。中に入ってる錠剤も少し青みがかっている。
「これは……こないだの……」
「β用の鎮静ピルだ。この間みたいな事があれば使うといい」
渡された薬を受け取って、やっぱり勘違いされてるんだと確信した。よくβに間違われるから仕方ないけど。
でもまぁ、こないだ飲まされた時は普通に効いたし……あながち間違ってもないのかもしれない。βに近いとβの薬も効くのかも。便利だな。
「まぁ、一度昂ってしまった股間を落ち着けるのは自分でやるしかないが」
「いっ、いちいち余計なんだよ!」
にやにや笑う顔を睨み付けるけど、何が面白いのかますます楽しそうに笑うばっかりだった。
「で、協力者の行家には一式渡しておく。こっちはヒートに陥って一刻も早く鎮めなければいけないΩに投与する緊急抑制剤だ」
手提げを軽く手に持って、中身をテーブルに広げ始める。ベルトに通すタイプのポーチみたいなやつとか、薬とか、会長の使ってたものと似たような道具が色々入っていた。
会長が持った箱の一つにくっついてた細長い容器は、この間ヒートを起こしたΩの奴に使ってたのとそっくりだ。
端っこを押し込むとカチンと音がして、針みたいなやつが飛び出す。
「これは即効性はあるが針を打つカートリッジ式だ。少し練習が要るから、そのために時間を作れ」
「練習?」
やっぱりこの間のやつだった。適当に腹に刺してると思ってたけど違うらしい。
「中身のないものを使って人体に打つ」
「えっ、それって痛いんじゃ」
「多少チクッとする程度だ。だが服を穴だらけにする訳にはいかないからな。服を脱いで練習する方がいい」
人前で脱ぐわけにもいかないだろう?とごく真面目な顔がオレを見る。普通の会話も出来んじゃねーか。最初からそうしてくれたら良いのに。
「なるほど、それで」
「ふふ、可愛らしくねだるなら後で触ってやってもいいが?」
……前言撤回。
良いとこのお坊ちゃんじゃねぇのかよ言うことがいちいちシモいぞ。
「要らん! 何なんだよいちいち!!」
「反応が面白い」
「っ、この……ッ!」
あんまりけろっと言うから脱力しそうになった。くそ、人をからかって遊んでやがる。
帰れと叫びそうになった瞬間、生徒会長は人をからかう笑みから真剣な顔に戻る。
「まだ説明は終わってないぞ。ヒートを起こしかけてるΩにはこっちの――」
からかわれたり真面目な話になったりを繰り返しながら、夜まで説明会は続いたのだった。
……ちゃっかり飯まで食っていきやがって。何なんだよ本当に。
説明会からしばらく、毎日生徒会長が部屋に上がり込んで来た。練習に付き合って貰ってる体なのにオレをからかいながら進むから全然有り難みがない。
飯代請求したら何か豪華なおかずが手土産になったのだけは感謝してやる。美味かったから。
で。
それだけならいいんだけど。
「…………アンタ暇なのかよ」
「ユッキー、お口がすこぶる悪いぞ」
我慢できずに言葉をこぼすと、ヒート休みから復帰した市瀬からお叱りが入った。
平和なはずの食堂がざわざわしてる。
その原因は横で優雅に紅茶すすってるβ様だ。
ここのところずっと生徒会長がオレ達の昼飯時に突撃してくる。やっと放課後の練習から解放されたのに、今度は昼間に現れるようになってしまった。
「毎日毎日昼狙って新入生に絡んできて何なんだよ暇人じゃなきゃボッチかよ」
「ユッキー、シャラップ! お前周り見ろよ心臓強すぎるぞ!」
ちくちく刺さる視線にイライラが溜まって我慢が出来ない。周りを指差す原田に注意されても腹立つもんは仕方ない。
つーかそんなβ様と仲良くなりたかったらグイグイいけば良いだろ。何もしないくせに巻き込まれてるオレにやいやい言うのは違うだろ。
……何かもう誰に腹立ててるのか分からなくなってきた。
そんなオレ達のやり取りをじっと見てた生徒会長はまたふっと笑った。
「暇でもボッチでもないつもりだがな。目をかけている後輩に構う余裕も作れないほど無能じゃない」
「それが要らないつってんのに。先輩のファンクラブが睨んで来るんだよ、必要以上に寄ってくんな」
放課後の時はまだマシだった。さっと来て飯食ってさっと帰ってた。なのに昼間に目立つように寄ってくるようになって、ファンクラブの奴らに目をつけられてしまったらしい。何回嫌味を言われたことか。
「ふーん」
人の髪を頭になでつけながら、β様はじっとこっちを見てくる。笑顔が消えているのに気付いて、反射的に聞く姿勢に入ってしまった。
「……なんだよ」
「いや、随分と頑なだと思ってな」
ガタリと身を乗り出してくる先輩は、耳元へ顔を近づけてくる。距離が近くなるにつれて周りのざわざわが大きくなっていく。
これはまずいと反射的に押し戻そうとした時だ。
「熱を持て余して俺に身を委ねた時は……素直で可愛らしかったのに」
小さく囁かれた言葉に、この間の時間が蘇ってきた。初めて他人に触られた感触まで思い出してしまってぼっと顔が燃えるみたいに熱く火照っていく。
「うっっっせぇ! さっさと失せろクソ会長――――ッッッ!!」
しかも何つー言い方しやがんだ! 委ねたんじゃなくて会長が手突っ込んできたんだろうが!!
「ははは! またな、行家」
ふーふー言いながら怒鳴るオレをよそに、クソ会長はくつくつと笑いをこらえながら席を立つ。高そうなティーセットを持ち上げて悠々と返却口の方へ歩いていった。
「ユッキー……お前ホント瞬間湯沸かし器だな……」
「食堂が猛吹雪じゃんかー勘弁してくれよぉ」
しーんと静まり返った食堂に、沢良木と原田の声が響いた。するとヒソヒソ声があちこちから聞こえてくる。
「人をからかってくるあっちが悪い!」
「どうどう、ユッキー。落ち着け、飯食え飯」
自分一人だけが責められてるみたいな居心地の悪さに声が大きくなってバツが悪い。市瀬によしよしと背中をさすられながら、悶々とした気分で席に座った。
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