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9.襲来
生徒会長に協力すると返事をした次の日。
また連絡するって言われた事もすっかり忘れて教室でだらだら休憩時間を過ごしていた。
昼休みのまったりした雰囲気が急にざわざわと騒がしくなって、昨日の話をしてたオレ達も流石に会話を止めた。α連中に誰かが囲まれてるみたいだなと沢良木が呟いてすぐ、人垣の中から注目のその人が抜け出してくる。
「あれ、β様だ。何で一年の教室に?」
皆川が目を丸くした。その言葉の通り、出てきたのは昨日大活躍してた生徒会長。こっちに気付くとα集団に詫びるような会釈をして教室の中を移動する。
「つーか……こっち向かって来てね? 何やったんだよターノ」
「何で俺!? 今のトレンド上位は圧倒的に脱走犯ダーハラだろ!?」
服装やら持ち込みの私物やらで風紀や教師に追いかけられがちな原田と田野原は、早速お互いに濡れ衣を擦り付けて騒ぎ始めた。特に脱走して独房にぶちこまれた原田は教師陣からの注目が激アツらしい。
そんなオレ達の様子を気にすることもなく近付いてくると、生徒会長はオレの目の前に仁王立ちで立ち止まる。
「行家、放課後に時間はあるか?」
意味が分からなくて、しばらくその顔を見ることしか出来なかった。
「えっ、と? まぁ、はい……あると言えばある、ような……」
「放課後、俺の部屋に来い」
にっこりと微笑みながら投げられた言葉に、ざわっ!ど周りが一層どよめいた。何か入ってきたっぽい時から教室がざわざわしてたと思ったけど、やっぱりその原因は目の前の先輩らしい。
何事だって好奇心の視線がチクチクチクチク刺さってくる。
「絶対嫌だ。ろくなことにならない気がする」
「ふむ……なら俺が部屋に行こう」
「いや、それどっちも一緒じゃないすか!」
絶対無理マジ無理! 悪目立ち一直線じゃねーか!
周りから「何でアイツが」「庶民のくせに名前を呼ばれてる」「どうやって取り入った」みたいなヒソヒソ声が聞こえてくる。いつも偉そうに歩いてる金持ちα坊っちゃんズだ。
一生懸命取り入ろうとしてる相手が完全ノーマークだったオレに向かっていってご不満らしい。
そりゃそうだろうな。はぁ?ってなる気持ちが分かるだけに、下手なことして余計な地雷は踏むまい。
……って、こっちが気を遣ってんのに。分かってんのか分かってないのか、この状況の原因は満面の笑顔でこっちを見ている。
「二人っきりで、話がしたい」
「ちょっ、変な言い方すんな!」
妙に強調された「二人っきり」というワードに慌てて立ち上がる。すると一瞬きょとんとした後、にんまりと笑顔を浮かべた。
「変……ねぇ。別段他意はないが、お前はどんな風に捉えたんだ?」
「っ、な」
やけに爽やかなニコニコ笑顔が近付いてくる。くすくす笑いながらやって来た顔が耳元に近付いてきて。
「昨日の――俺に慰められた時のような事か?」
周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの声が消し去りたい昨日の記憶を掘り起こしてくる。思わず見た顔は、してやったりと言わんばかりに底意地の悪い笑顔を浮かべていた。
「っっ――! このっ……性悪――ッッ!!」
恥ずかしさが限界を超えて思わず殴りかかるけど、喧嘩なんか普段しないからあっさりかわされてしまう。αの群れを拳一つで沈めてった相手に無謀すぎた。
ひらひらとオレからの拳を全部避けきった生徒会長は余裕な様子でケラケラと笑う。
「何とでも言え。お前が喚く憎まれ口なんて痛くも痒くもない」
近くの机に腰かけて足を組む姿はまるでその場所の主みたいな雰囲気だ。こっちはぜぇぜぇ言ってるのに向こうは息一つ乱れてない。何だろう、普通に避けられただけなのにボコボコに打ちのめされたみたいな敗北感がある。
「放課後、部屋に行くからな。逃げるなよ」
昼休み終了の予鈴をBGMにしながら、嵐みたいに襲来した生徒会長は去っていった。
ひそひそ話す声とチクチクする視線で居心地が悪い。時間が止まってた周りも我に返ったらしくて一気に皆の視線がオレに向く。
「せ、盛大に絡まれたなぁ……何したんだよユッキー」
「知らねぇよ! オモチャにされる理由なんか知りたくもねぇ!!」
沢良木にいきり立って答えると苦笑が返ってきた。八つ当たりみたいになってしまった。悪いと小さく謝って逃げるように机に頬杖をつく。
成り行きとはいえ助けられた恩人からこんな嫌がらせをされる羽目になるとは思わなかった。人助けを率先してやってて、変だけど尊敬できる先輩だと思ってたのに。
「うーむ、今のはあんまりよくないよなぁ。親衛隊が怒りそうだぞ」
「その親衛隊って奴らに灸でも据えて貰えばいいだろ」
田野原にぽすぽすと頭を叩かれて、そういや親衛隊なるものがβ様にはあったんだと思い出す。ファンクラブっぽいやつらしいけど。
急にやって来て部屋に呼びつけようとするわ、人をからかって遊ぶわ、最終的に行くから逃げるなって返事も聞かずに言い捨てて帰るわ……怒られたって文句言えねぇだろ。おもっくそ怒られて灸据えられたらいいんだ。
「いやいや、据えられるのはユッキーだから」
「はぁ!?」
空想の親衛隊に怒られてしょんぼり正座してる生徒会長を想像してたオレは、原田の声で正座する姿が自分にすり替わって思わず体を起こした。
髪の毛をぐりぐりいじってた田野原の指に激突したけど……人の頭で遊んでる方が悪い。
「何でだよダーハラ! どう見たって被害者はオレだろ!?」
「話聞いてるとそうなんだけどさー、パッと見、声かけてくれてるβ様にスンゲェ生意気な口聞いてる新入生なんだなぁこれが」
原田の言葉に皆川も沢良木も、田野原でさえもうんうんと頷いている。いや何でだよ。
オレは単純にまとわりつかれて巻き込まれてるだけなのに、何でこっちが悪者にされてんだよ。
「おかしいのはあっちだろ!?」
「はいはいどうどう。いきり立って性悪ー!とか叫んだり殴りかかったりせずに、強かにいきましょーねー」
「うっ……ぐう……」
皆川の指摘で言葉に詰まってしまった。
要するに、話してるだけの生徒会長にオレが怒鳴ったり殴りかかったりしたのがマズかったらしい。言葉には言葉で返すべきだったって言うけど無理じゃね、あのβ様は他人を怒らせる天才だぞ。
……ひょっとして。まんまとハメられたんじゃねーの、オレ。
だって後で連絡するって言ったくせに連絡先どころかクラスも聞いてこなかった。最初からクラス調べて教室に突撃するつもりだったんじゃないか。愉快犯じゃないのかこれ。
ふとそんな事に気付いてしまって、イライラ割り増しで午後の授業を過ごすハメになってしまったのだった。
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