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13.陰口
入学式から時間が経つにつれて、ヒートトラブルの件数が少しずつ減ってきた。
大体どうにもならない状態になるのは入学したての一年らしい。αやΩがβと同じくらい集められてる環境のせいかコントロール不能になる新入生が多いんだとか。時間が経つと慣れたり、よく効く薬が見つかったりして段々減ってくんだそうだ。
今日見つけたのもやっぱり一年。教室でヤバいって気付いたけど、Ωだってばれたくなくて人の居ないところを探してたら薬が間に合わなかったんだと泣いていた。
何とか薬を飲ませて落ち着かせて生徒会に報告を上げる。やってきたβの先輩に連れられて保健室に向かう背中を見送って、教室の床に座り込んだ。
「はー……あっつ……しんど……」
気温が高くなるとヒートしてる奴を押さえるのも結構消耗する。体温高い上に混乱して暴れられると一苦労だ。
ちょっと涼んでから戻ろうと休んでると、足音がいくつか響いてきた。聞こえてくる声に思わず身を隠す。
……親衛隊の奴らだ。生徒会長の。オレにバケツの水ぶっかけた奴も居るっぽい。
「仁科儀会長にまとわりついている雑草はどうする? やけに気に入られているようだが」
……おい。雑草ってひょっとしなくてもオレか。
いきなり腹立つ言葉が聞こえてきて思わず飛び出しそうになる。何とか堪えて、代わりに膝を抱えてる腕に力を入れた。
「庶民のすり寄りごとき放っておけ。顔も良くないし、その内飽きられるだろ」
「……そうだろうか……少し今までと様子が違うような」
「何がくっついていようが構わん。点数稼ぎのあの活動も、仁科儀のαである秋都様が表に出てくれば意味がなくなるしな」
仁科儀のα……α様って呼ばれてる生徒会長の弟か。でも何で生徒会長の親衛隊がα様のこと話してるんだろ。
気付けば何となく、廊下から聞こえてくる会話に耳を澄ましていた。
「それはどうだろう。この学校はΩの人口が多い分、ボランティアとはいえあの活動は評価に繋がりそうだが」
「いくら点数を稼ごうと、あの家がβなんぞ跡継ぎにするわけがない。仁科儀冬弥に深く関わるのは無駄だ」
一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
だってアイツらは仁科儀冬弥の親衛隊のはずなのに。βなんぞとか、深く関わるのは無駄だとか、とてもファンクラブの言うような言葉じゃない。
「だが全くのノーマークもいけない。念の為どちらにも転べるよう、付かず離れずでいこう」
「そうだな。上手く立ち回らなければ」
そんなことを言いながら、笑い声は立ち去っていった。
静かになった教室で、セミの声を聴きながら体育座りの膝を抱え込む。
「……なんだよそれ……」
仁科儀冬弥の親衛隊だって偉そうな口きいといて、あんな言い方するのかよ。親衛隊ってファンクラブじゃねぇのかよ。あの人のファンだから見守ってるんだって、オレが暴言吐いてるから怒ってるんだって思ってたのに。
全然違うじゃねーか。
アイツらが怒ってたのは生徒会長のためなんかじゃなかったんだ。
「何なんだよこれ……むっっっかつく」
一発くらい殴っとけばよかった。
晴れた空とは真逆のどんよりした気分で、抱えた膝の上に頭を伏せた。
「行家? まだ居たのか」
かけられた声に顔を上げると、生徒会長が立っていた。ぱたぱたと手で首もとを扇ぎながら、少し離れた場所に座る。暑いならベスト脱げばいいのに。
「……なんでここに」
「フェロモンに当てられた頭を冷やしにきた。卜ばないとはいえクールダウンが必要でな」
今年は頭数が多くて助かると笑いながら、生徒会長はペットボトルの蓋を開けて中身をあおる。その姿を見てるとさっきの親衛隊の会話が頭に浮かんできてしまった。
「……何でそこまで、するんすか」
「何か親衛隊の奴らから言われたか」
思わずこぼした言葉に全部見透かしたような質問が飛んできてギクリとした。
いや、違う。多分また親衛隊に文句言われたと思っただけだ。それだけのはず。親衛隊の奴らに関わるのは無駄だなんて言われてるって知ったら、いくらなんでも傷つく可能性が高い。
「金持ち坊っちゃん集団が……アンタのやってる事は点数稼ぎだって……」
何となく言ってる事をぼかして、恐る恐る生徒会長を見る。ペットボトルを空にしたその人は何も言わずにゆっくりと目を閉じた。
「そうだな、間違っていない」
ぽつりとこぼれた言葉と一緒にオレを見た顔は薄く笑っている。人形みたいに感情の読めない、やけに綺麗たけど不気味な顔で。
「仁科儀の家で俺が最も評価されるのは、体質上αでは絶対に出来ない事をする時だ。その点ヒートトラブルの仲裁と予防は俺向きだな」
「そんな頑張ってすることなんすか、それ。評価ってそんなに大事なんすか」
いつも薬飲んでるの、知ってる。副会長に程々にしろって怒られてるのを立ち聞きしてしまったから。
何でそこまでするんだ。放っておけない性分なら仕方ない部分かもしれないけど、そうじゃないんだろ。評価のためって何だ。他の事で評価されればいいんじゃないのか。
柄にもなくムキになってるオレに表情ひとつ変えずに、生徒会長は続ける。
「そうだ。でなければ俺は仁科儀の家に生まれた意味を失う」
寒気がした。こんなに暑いのに。
家に生まれた意味って何だ。オレ今までそんな事考えたこともない。評価されなきゃ意味がない子供って何だ。
そんなの……笑って言うことじゃない。
黙りこくってしまったオレに、生徒会長はいつもみたいな意地の悪い笑顔を浮かべながらずいっと近付いてきた。
「ふふ、俺に博愛精神でも期待したか。とんだハズレで残念だったな」
からかうような声にかあっと頭に血が上る。
「そんな事言ってないだろ!? アンタ何でそんな……っ……」
――あまい、においがする。
どくどくと心臓がうるさく鳴り始めた。カッとなって血圧上がったのかと思ったけど、たぶん、違う。生徒会長の香水が物凄く鼻につく。
「……行家?」
そっと肩に手が触れて、ぞわりと違和感が背筋を走った。
「っう……なん、で……」
この間と同じだ。動けなくなって生徒会長に抜かれた時と同じ。体が言うことを聞かない。
「ああ、悪い。俺が浴びてきたフェロモンのせいかもしれないな。結構キツかったから」
最悪だ……何でこんな時に。
そんなことを思ってる間に息が苦しくなってきた。俯いて呼吸する事に意識を向ける。体が熱い。
「ほら、口。開けろ」
目の前に薬を差し出されたけど、従う気にはなれなかった。
しびれを切らしたのか顎を掴まれて口元に錠剤を押し当ててくる。口を引き結んで拒否してると諦めたのか、錠剤を押し付けてた手が離れていった。
「…………仕方ないな。後で怒るんじゃないぞ」
何故か生徒会長が薬を口に含む。何が起きたか分からなくてその様子を見てると、そのまま顔が近付いてきて。
「ん!? ん、ぅ――ッ!!」
唇に自分と違う感触がした。それが食むみたいに動いて、その違和感に体が震える。
しばらく頑張って歯を食い縛ってたけど耐えきれなくて、顎にかけられた親指で簡単にこじ開けられてしまった。
「んぐ、ん、っ、ぅ……っ、う゛ぅ……っ!」
苦味と一緒に固いものが口の中に入ってくる。おまけに入ってきた舌が薬を喉の奥まで押し込んでくるもんだから、耐えられなくてちょっとえずいた。
「っは。まったく強情だなお前は。さっさと飲み込め」
生徒会長が正面に回ってきて、膝をオレの足の下に突っ込んでくる。足先が浮いたと思ったらあっという間に手がベルトのバックルを外して前を寛げていた。
下着の上から固くなってるところを撫でられてびくんと体が跳ねる。
「さ……っ、さわ、んな……っ!」
蹴り飛ばそうとしても両足が浮いてて上手く踏ん張れない。苦し紛れにじたばた暴れてもあっさり押さえられてしまった。
オレより小さいくせにそんな力どこに持ってんだよ。
「あまり抵抗するな。今の俺には火に注ぐ油にしかならない」
吐息がかかるくらいの距離までずいっと顔が近付いてきて、その圧の強さに思わず怯んだ。
……目が。
真っ直ぐ見つめてくる目の力が強すぎて視線が逸らせない。
「む、無茶言……っあ、ァ!」
「やっぱりな。こんなにガチガチにして」
気圧されてる間に下着の中に手が入ってきてしまった。
ついっと生徒会長の指先が固くなったオレのを上下に撫でる。手の平で包まれてゆっくり擦られたり先端を指の腹で撫でられたりすると、違和感が物凄い勢いで全身を駆け抜けて頭が真っ白になっていく。
「ひ、っ……あ、あッ……う……!」
自分がどこかへ吹っ飛んでいきそうで、何か繋ぎ止める物が欲しくて。思わず会長の背中に腕を回す。着てるベストが伸びるかもしれないって一瞬思ったけど結局力いっぱい布地を握りしめてしまった。
ひくっと少し抱きついた体が揺れて、背中をそっと自分のじゃない手の平がさする。
「素直に甘えてきたお前に免じて、とびきり気持ち良くしてやる。……腰が抜けるまでな」
「――っっ! あ、ぁ……っ」
ぽそりと耳元で少し低い声が囁く。
固くなったオレのに自分のじゃない熱が重なって。まとめて擦られる刺激に負けて、あっという間に快楽の波に飲み込まれてしまう。
甘い匂いに抱きしめられて、自分と違う温度に包まれて、擦られて。
予告どおり腰が抜けてしまったオレは、またひとつ生徒会長に弱みを握られる羽目になってしまったのだった。
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