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14.夏休み

 待ちに待った夏休みへ突入して平穏が訪れた。  七月はあっという間に過ぎて、友達と遊び回っていた八月。休みの直前に申告した予防活動中のヒートみたいな症状についての検査結果が出たと連絡がきた。  地元の病院じゃなくて学校に出てこいって言われて、渋々夏休み中の学校に出てきたのだった。  向かったのは学校の外れにある研究機関の医療施設。研究棟って呼ばれてる。  校内で使う抑制剤とかはここから出したり借りたりしてるらしい。予防活動に使うやつも。ついでにヒートトラブルの隔離室とかもここにある。  見た目はやたら綺麗な病院って感じだ。その中の診察室で、のんびりした口調の医師が机の上のモニタを見ながらぶつぶつ言っていた。 「検査では特に変化はないねぇ……惚れ惚れするほどΩ離れした安定性だな」  羨ましいなぁと笑うこの医師は、首の後ろに歯形がある番持ちのΩだ。基本的に生徒と医師は同じ第二性別が割り当てられるらしい。 「褒められてる気がしねぇんすけど」 「褒めてる褒めてる。大変興味深いデータだよ」 「実験動物扱い……」  オレの呟きをスルーしながら、まじまじとモニターを見てうっとりとした様子で溜め息を吐く。何がそんなに面白いのか分からないけど、医師兼研究者だっていうからそういう筋のオタクなのかもしれない。  助手の人につつかれてモニターにかじりついてた医師は小さな籠を手に取った。 「これは休みが明けたら生徒会に回しておくね。全く、こんなものを開発するとはさすが仁科儀家だよ」  医師が持ってるのは青いシートの鎮静剤。生徒会長から貰ったβ用のやつだ。  抑制剤はデータがあるからいいって言われたけど、鎮静剤の方は成分データが無いから現物出せって詰められて出した。申告したのが夏休み直前すぎて、学校のデータベースが見れないとか何とか。連携してるって言ってるくせにそういう所はダメダメだ。 「その薬って売ってるやつじゃないんすか」 「βに鎮静剤は需要がないから一般販売はしていないね。高度の専門病院や研究機関くらいでしか取り扱いはないんじゃないかな」  噂には聞くけど現物は初めて見たよと医師は輝くような顔で笑った。  「……じゃあ、何で生徒会長は持ってたんだろ」  医師ですら見たことないレアな薬を持ってる上に、それをほいほい渡してくる生徒会長が怪しすぎる。いや金持ちお坊ちゃんだってのは知ってるけど。売り物じゃない薬ってのが。  「仁科儀は製薬から研究所から専門病院から何でも傘下にあるからね。あの若様なら探せば見つけられるんじゃないかな」 「知り合いなんすか」 「いいや? だけど有名だよ。仁科儀の優秀な嫡男がβだったって、検査結果が出た系列の研究機関は大騒ぎになったから」  しん、と一瞬沈黙が落ちた。    β様は学校の外でも有名人らしい。βなんて周り見渡せば絶対居るってくらい人数多いのに、あの人はそのβだからって騒がれるのか。 「そんなに……βじゃダメ、なんすか……」 「α血統至上主義の古い家はお堅いからなぁ。αに近いとはいえ、βだっていう事実は足を引っ張るだろうね」  当たり前みたいに言う医師に、夏休み前に聞いた親衛隊の言葉が被ってちょっとムッとした。学校首位の成績でも、薬で症状抑えながら働き回っても、αじゃないとダメなのか。  いつかの生徒会長の人形みたいな笑顔を思い出して、ちょっと胸が痛くなった。      皆しばらく沈黙したまま、カチカチとマウスの音が響く。 「おや。出して貰った薬は君への貸与情報が出てるな。ついでに中身も参照できればいいのに、本当イケてないなぁ」  モニターには薬の写真と概要みたいなのが画面に映し出されていた。ついでに左下の英語のタイトルの下に生徒会長とオレの名前が並んでいる。その右には承認の文字もあるし、使ってる奴の情報なのかな。 「……ん? 承認って事は許可制なんすよね。そこでNG出なかったんすか、第二性別違うのに」 「行家君はβじゃないからその薬は不可ですって? それじゃ秘匿事項の第二性別を教えているようなものだよ」 「あ……そうか。めんどくさ」  β用の薬がNGだったらαかΩになるもんな。完全に第二性別を隠させておきたいらしい学校的にはダメか。 「ふーん、β用と言ってもαやΩ用と似た構成だね。成分が全然違う訳じゃないみたいだ。許可してデータ取るかって判断だったんじゃないかな」 「本気で実験動物じゃん……」 「まぁ全くの間違いではないね。ここに集められてる学生は皆、研究機関の経過観察対象だから」  ちょっとは否定しろちょっとは。  大体の事は正直に教えてくれるこの医師を信頼はしてるけど、こういう悪びれのなさはちょっと嫌な所だ。むしろ楽しそうにそういう事を言う。いじめっ子かよ。  にこにこ笑ってた顔が、ふっと少し真面目な表情になる。 「ただ、普段ヒートの軽い君が突発的に動けなくなる程になるのは気になるな。若様が居る時だったからいいものの」 「……そう、すね……」  医師の言葉に少し引っ掛かった。  そういえば動けなくなった時はいつも近くに生徒会長が居る。最初はそうじゃなかったけど、その前に起きた騒動の時は近くに居た。 「何か心当たりというか、症状が出た時の共通点はあるかい?」  じっと見つめられて言葉に詰まる。 「い、いや……予防活動、くらしいか」  何となく、そうなる時は生徒会長が一緒だって事は言い出せなかった。勝手に悪者にするみたいで気が引けるし。評価されようと頑張ってるのに、もしも活動を止められたりしたらって……思ってしまったから。   しばらく医師はこっちを見てたけど、うーんと言いながらパソコンに何か打ち込み始めた。 「だとすると、やはりΩのフェロモンかなぁ。周囲がβのみの環境で育った君に刺激的すぎた可能性はある。また症状が出たら教えてくれるかな。できれば詳細に」 「……はい。分かりました」  頷くと医師は、今日はここまでにしようと微笑んだ。軽くお辞儀をして診察室を出る。    ……確かに周りがβばっかだったから、他の奴のフェロモンに当たったことはなかったと思う。  βに近い体質じゃなかったらオレもトラブってたかもしれないと考えると、すーっと背筋が寒くなった。

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