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17.文化祭にて
「……どうして僕たちが」
ぶつくさ言ってるお坊ちゃんズの手には焼きそば入りの容器をしこたま入れたビニール袋。スーパーの帰りみたいだ。めちゃくちゃパリッとした制服着たイケメンがスゲェ庶民的なもん持ってて、物凄い違和感がある。
「この祭りを味わえない生徒の為のノブレス・オブリージュだ。生徒会の構成員たる我々におあつらえ向きだろう?」
「文化祭にヒート休みが被った奴らへの差し入れだ。お前たちも生徒会役員なら黙って奉仕しろ」
「ああそうだ、支給した抑制剤はきちんと飲んだね? 案件になりそうな者が居れば迅速に報告するように。愚かな過失で醜聞を立てる事のないよう、諸君らの節度ある行動を期待しているよ」
「下げ渡した薬は指示通り飲むように。何かあれば報告しろ、万が一問題を起こした時は分かっているだろうな」
坊っちゃんズに向かってキラキラしたキメ顔とキメポーズで演説してる副会長を眺めてると、逐一横から不穏な副音声が聞こえてくる。
「御苑井……お前実は副会長に怨みでもあんのか?」
副音声を発してるのは副会長の親衛隊の奴。よくよく聞いてると階級みたいなのがあって、御苑井はその一番上な隊長様らしい。
その割にヒデェ副音声付けてるけど。
「馬鹿言え。藤桜司様の有難いお言葉を分かりやすく庶民語に訳してやってるんじゃないか」
「お前の主観入りまくってるだろ絶対……」
坊っちゃんズはめんどくさい言い方する奴が多くて、何言ってんのか分からない事がある。良いところのお坊ちゃんらしい奴ほど分からない。そうじゃない奴は悪口ならすぐ分かるけど、副会長になると悪口すら分からない事もザラだ。
副会長のお使いで話すことが多い御苑井もよく分からない時がある。開き直って庶民語に直せって毎回言うけど、今回のは御苑井の個人的な翻訳だと思う。
「それくらいの圧をかけてるって事だよ。肩書き欲しさの怠け者どもを躾け直す良い機会だからね」
御苑井は毒舌だ。言ってる言葉は上品に聞こえるけど、よく聞いてると口が悪い。
「普通に叱れよ……」
「それで聞けば苦労しないんだよ」
何か色々あるらしい。ほんとめんどくせぇな、坊っちゃんαの集団は。
生徒会のα連中と分かれて、市瀬の部屋へ向かって歩いていく。目的はもちろん運悪く文化祭にヒート休みが被ってふてくされてた友達への差し入れ。
何せこの学校は夏休みだろうと文化祭だろうと、ヒート休みに当たれば全員外出禁止。本当に鬼だ。容赦がない。
だからオレ達が部屋に差し入れ持ってくって話してたら、副会長が聞いててあんな大事になってしまった。恨むなら藤桜司サマを恨めよな、お坊ちゃんズ。
「ん……?」
ふと進入禁止のテープが張られてる教室のドアが開いているのが見えた。
中を覗くと、やっぱりというか甘い匂いがする。奥の方にはブレザーを着た背中が丸まってた。これ何かあったら逃げ場ないだろ、危ないな。
「おい、大丈夫か?」
「……ぁ……」
「ええっと大丈夫だ。オレはαじゃない」
オレの足音に敏感に反応したのはαに警戒してだったんだろう。そうじゃないと分かったそいつは明らかに安堵の表情を浮かべた。
「薬は?」
「もっ、てる……これ……」
出された薬を見てぎょっとした。預かってる飲み薬の中でも最終手段手前ぐらいに使う、めちゃくちゃキツイやつだったから。
こんなの普段飲んでるのに日中動けなくなるのか。
「それ貸して。んで口開けて」
「ん……」
ヒート状態で必死に押したんだろう。渡されたシートの薬を覆うカバーの部分がボコボコになっていた。薬を一錠出して、素直に開いた口へ放り込む。
「ほい、水」
「…………ありが、とう」
パウチの水を一気に飲み干したそいつは、ホッとしたように表情を緩めた。
しばらくすると、ヒートを起こしてた奴の甘い匂いが薄れていく。飲んだ薬が聞いてきたらしい。
「本当にありがとう、落ち着いてきたみたいだ」
明るく笑うそいつの襟にはオレと同じ青い組章。やっぱり一年なんだなと頭の隅でぼんやり思った。
「どうしたんだよ、薬飲みそびれたのか?」
「飲んだけど……僕は薬が長く効かなくて。今日はホントにダメな日みたいだ。合う薬探しにこの学校来たんだけど甘くないな」
あんなにキツイやつなのに、と言葉すら出なかった。ちゃんと朝晩薬を飲んでたら普通に過ごせる自分からはとても信じられなくて。
予防活動してると色んな奴が居るんだと思い知らされる。今までトラブルになってた奴らも何かしら事情があったんだろうか。
「そか……いい薬見つかるといいな」
それくらいしか言葉が出なかった。かけられる言葉がない。
「うん。ごめんな、文化祭の日に迷惑かけて。大人しく部屋に戻る」
「ヒート休み中の奴に届けもんがあるから一緒に行こう」
にこやかに立ち上がったそいつに焼きそばの袋を見せながら声をかけると、少し驚いた顔をして。ありがとう、とふにゃりと笑った。
無事にさっき会ったΩの奴を部屋へ送り届けて、市瀬の部屋のポストに焼きそばを放り込んで。無事に任務を完遂して校舎に戻る通路を歩く。
「報告はきちんと上げるんだぞ?」
急にそんな声と一緒に右後ろから顔が出てきて、声を出す暇もなく飛び退いた。
「っっくりした! 急に出てくんな!」
「ちゃんと声かけただろうが」
同時に出てきたら声かけたって言わないだろうがと睨むと、ニヤニヤした顔がこっちを見ていた。悪戯が成功して喜ぶ子供みたいに。
夏休み明けに余計なこと言って一瞬ぎこちなくなったけど、オレをからかって遊ぶ趣味は変わらないらしい。
「……? 仁科儀先輩ちょっと顔赤くないっすか」
じんわり赤い頬に触れると少し熱い。真夏じゃないのに……まさか風邪とか言うんじゃねーぞ、こんな至近距離に来といて。
すると悪戯っ子の顔が急にむすっとした顔になる。
「さっき盛大にΩのフェロモンかまされた。三回目だぞ三回目。文化祭だからって浮かれている奴が多すぎる」
聞けば行事に夢中になって飲みそびれたって奴らに連続で当たったらしい。
それは確かに拗ねるな。仁科儀先輩はフェロモンに当たるとクールダウンしないと身動き取れなくなるらしいし、それだけしんどいはずだ。
「貰い事故ね……日頃の御礼に慰めてやりましょうか」
「お前盗撮でもする気だろ。生憎さっき抜いてきたところだ」
「チッ」
とんだ濡れ衣だけど、そういう手もあったのか。せっかく日頃の仕返しが出来ると思ったのに。
でもまぁそうか。ヒート紛いの状態で人に絡む訳もない。
「そういう事を言ってるとお前がそうなった時に撮るぞ」
「すんません勘弁して下さい」
ニンマリと笑う顔に面白いくらい一気に血の気が引いていった。
だって……本当にやりそうだし、この人。
「ん……?」
小柄な背中を見送って、ふと違和感に気がついた。
「あつい……さっきまで何ともなかったのに」
ずっと歩きながら話してたから気付かなかったけど、さっきより体温が少し高い気がする。Ωの奴を送る時は気にならなかったのに。
「先輩のせい……? Ωのフェロモン被ったって言ってたもんな……オレも気を付けねぇと」
そういえば三回被ったって言ってたっけ。オレが一回フェロモンの中で付き添ってたから、仁科儀先輩が浴びた残りを食らったとしたら四回分とかになるんだろうか。
周りがβだらけだったオレにはフェロモンの刺激は強いかもしれない――そんな事を言ってた医師の言葉を思い出して、大人しく鎮静剤を口に放り込んだ。
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