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22.異変

 仁科儀先輩から逃げ出した後、預かってた薬を全部生徒会に返した。  副会長は何も言わなかった。多分先輩の耳にも入ってると思うけど何も言ってこないし、まとわりつかれる事もなくなった。  でも一度身に付いた習慣は恐ろしくて、ヤバそうな状態のΩをすぐに見つけてしまう。もうオレが助けられるのは自分の薬がちゃんと効く奴だけだけど……事件に遭遇して生徒会の協力者に名乗りをあげたらしい友達と、ちょっとした人助けをしながら日常を過ごしている。  見かける中にはヒートになってしまってる奴も居た。でも一人くらいじゃおかしくならない。薬で抑えないといけないほど当てられる事もない。  やっぱり、先輩と離れてから調子が戻ってきてる気がする。気持ちは落ち込んだままだけど。    ガタンと乱暴に進行方向のドアが開いて、考え事に気を取られてたオレは思わず身を隠した。早足で歩いていくのは仁科儀先輩。でも、顔が珍しく険しかった。  何かあったんだろうかと教室の中を見ると生徒が一人床に倒れている。多分Ωなんだろう。眠ってるらしいそいつの周りには薬が散らばってるけど、どれも種類が違う。 「合うやつが無かったのか……ん?」  一つだけ周りと違う、真っ青なシートの薬。  抑制剤は赤い系統の色がついたシートだから、これは抑制剤じゃない。青色は確か――鎮静剤。  手に取ってみると見慣れたβ用のものみたいだった。他は一つしか開いてないのにこれだけ全部穴が空いてるし、多分先輩ので間違いない。    最後の一個だったんだろうか。それとも抑制剤がどれも合わなくて、最終手段で鎮静剤を飲ませたんだろうか。 「でも……何でこんな所に……いつもの先輩だったら放置したりしないのに」  中には落ち着かせてハイ終わりって協力者も居るらしいけど、仁科儀先輩は落ち着かせたΩをちゃんと介抱する人だ。  保健室だったり隔離室だったり本人の部屋だったり、送り先は状況によって違うけど。よりによって薬で強制的に黙らせたΩを置いて行くなんて考えられない。  思えばさっき歩いていった表情もおかしかった。辛そうで、何かから逃げるみたいに見えた。 「……先輩に、何かあったのか……?」  ざわざわと騒ぐ心が落ち着かない。生徒会に倒れてるΩが居るって通報だけして、教室を出た。  遅れて出てきたから全然姿が見つからない。先輩の行きそうな所ってどこだろう。全然知らない。結構な頻度でオレにまとわりついてきてたけど、よく考えたらあの人はほとんど自分のことを話してくれてない。  周りの話す「β様」を聞いていたから勝手に知ってる気になってた。オレが知ってるのは予防活動で一緒に行動してた姿だけなのに。 「あ、居た……仁科儀先輩……!」  物置き状態になってる旧校舎の外れ。色んな教室のドアを開けまくってやっと見つけたその人は、新校舎から一番遠い教室の隅っこで丸くなってた。  驚いた様子で振り向いたその顔は赤い。さっきのΩのフェロモンに当てられたのか、ぜぇぜぇと辛そうに呼吸をしてる。まるで本当のヒートみたいだ。 「ゆ、きいえ……? だめ、だ……くるな……」  荒い呼吸の混じる声はか細い。少し震えてるみたいにも見える。  ……何があったんだろう。あのΩと、何が。  あいつが先輩に何かしたんだろうか。だからこんなに苦しそうなんだろうか。だったら逃げるみたいにあいつを置いて出てった意味も分かる。  考えるほど頭がぐるぐるする。みぞおちの辺りが気持ち悪い。  でも調子の悪そうな相手の前なんだからと言い聞かせて、ぐっと腹に力を入れた。 「来るなって言われても、アンタめちゃくちゃしんどそうじゃねーか……何してんだよ。薬は?」  先輩は貰い事故対策に鎮静ピルを持っている。この人の性格なら予備だって持ってるはず。だけど目の前の先輩は、うずくまってるだけで飲もうとする様子がない。  少しの間沈黙が落ちて、ふいっとオレを見てた視線は逸れていってしまった。 「…………あっち、へ、行け……俺と、居ると……おかしく、なるんだろう……?」 「でも……っ」  根に持ってるんだろうか。あの時近寄るなって言ったこと。話の途中で逃げ出したこと。  だけど目の前で苦しそうにしてるのに放っておける訳がない。先輩だったらきっと、見て見ぬふりはしないと思う。 「寄る、な」 「せんぱ……」 「頼むから……目の前から消えてくれ……」  困ったような顔で言われてズキンと鈍い痛みが走った。  ……自分は他の奴を助けるくせに。オレには先輩を助けさせてはくれないのか。  消えてくれなんて、誰からも言われたことない。こんな拒絶のされ方したことない。きっと大して関わりのない奴なら何とも思わなかった。だけど。    この人にそんな言われ方をするのは……痛くて痛くて、仕方がない。  目の縁が熱くなって思わず背を向けた瞬間、ふわりと鼻に届いた匂い。少し甘い、香水の匂い。  先輩の匂いだって認識した途端、どくりと心臓が強く跳ねた。どくどくと脈がやけに大きな音で響いてきて、強烈な違和感が背筋を駆け上がって行く。 「あ……っ」  最近は何もなかったのに。  やっぱり先輩の近くに居るとこうなるんだと確信を得たけど、すぐに立っていられなくなって。重力に従ってしゃがんだが最後、そのまま動けなくなってしまった。   「お前は……本当に……」  そう呟く声が近付いて来たと思ったら、後ろからのし掛かられて体が床に押し付けられた。  先輩の手がズボン越しに股間を撫でる。やんわりと揉まれたオレのはあっという間に固くなっていく。覆い被さっている先輩の口が耳を食んで、いつの間にかベルトを外されたスラックスの中に手が入り込んできた。 「あぅ、っ……う、ぁ……!」  ぎゅうっと握り込まれると少し痛い。荒い吐息が耳の穴に流し込まれて、痺れるような違和感が消えては湧いてを繰り返している。 「……ほんとに、馬鹿だな……逃げろと言ったのに」  少しかすれた声が聞こえたと思ったら、下着の中に移動した手が刺激するように動き始めた。あっという間に体から力が抜けていく。触られたのが久しぶりなせいか気持ちよさが前の比じゃなくて。    あれだけ先輩の言葉が悔しかった気持ちも、気まずかった気持ちも、ついさっき拒絶された痛みも、何もかもが粉々に砕けて吹き飛んでしまっていた。

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