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21.逃亡
ぼんやりした頭に周りの景色が戻ってきて、窓の外の日が傾いてきてるのに気がついた。この部屋に入ってきた時は明るかったのに。こんな時間まで何やってたんだオレ。
「起きたか」
急にかけられた声に慌ててそっちを見ると、隣に仁科儀先輩が座っていた。
穏やかな顔で微笑む先輩に肩を抱かれて、もたれかかるみたいな体制で寝てたらしい。そういえばじんわり首が痛い。
伸びてきた手がゆっくりとこめかみの辺りを撫でてくる。手首からふわりと先輩の香水が香ってきて。
――自分がこの人と何をしていたのか、一気に記憶が戻ってきた。
「っ、あ、あ……!」
した。
キスをした。抱き合った。
先輩がゴムの入った袋の封を切って、中身を着けて。最初につけてたのは指だったのに、最後は先輩のにつけて、それをオレに――
「ぉわぁあぁぁあぁぁぁぁッッッ!!」
戻ってきた記憶に思わず頭を抱える。
血が沸騰してるみたいに体が熱い。強烈すぎる恥ずかしさにそのままじゃ居られなくて、先輩の腕から逃げ出して立ち上がろうとした。
……けど。
「こら、何処に行くんだ」
あっという間に後ろから抱きつかれて、ぐいっと後ろに引っ張られる。情けないことに抵抗できないまま先輩の膝の上に座る体勢になってしまった。
どうしたらいいんだこれ。やばい、めちゃくちゃ勢いに任せてやらかした。
夢だと思いたいけど体はだるいし明らかに尻が痛い。違和感が凄い。どう考えてもいつもの状態じゃない。
ヒートにのまれてセックスとか、少なくとも自分は絶対ないって思ってたのに。つーかあの時何て言ったんだオレ。めちゃくちゃ恥ずかしいこと言わなかったか。
「あんなになるとは驚いた。お前本当にΩだったんだな」
動揺しすぎてこれ以上動けなかった。その隙にぎゅうっと抱きしめられて、背中越しに仁科儀先輩の声が聞こえてくる。
あんなになる、って何……。
一体どんなになってしまってたのか、反省のために知りたいような、現実は知りたくないような。
「え、と……あの…………はい、Ωデス……」
言葉が上手く出てこない。謝罪どころか言い訳すらも。先輩も何も言わずに抱きついてるだけだ。
だだっ広い教室に、しーんと沈黙が落ちる。
段々と沈黙が気まずくなってきた。何か言わないとってぐるぐる考えて、考えて、やっと出てきたのは。
「やっぱあの……役に立たない、っすよね……Ωだと、予防活動……」
よりによって自分が一番避けたい話題だった。手伝えなくなるのが嫌だってやっと自覚したのに。こんなこと聞いたら、そうだって返事以外返ってくる訳がない。
でも……でも、ひょっとしたらって。少し心のどっかで思ったりもする。
だけど。
「……そうだな……確かにもうこれ以上お前に任せる事は出来ない。リスクが高すぎる」
返ってきたのは予想通りの言葉。
「は、は……そう……っすよ、ね……」
自分で言っておいて、思った以上にショックだった。
Ωだけどβに近いって言われて育ってきた。だから平気だと思ってた。
先輩に協力しろって言われて半年くらいしか経ってないけど、結構な人数助けてきたと思う。βと変わらない働きだったんじゃないかと思う。
でも。
オレはΩだから、これ以上は任せられない。
それは今まで味わったことの無い、屈辱に近い言葉だった。Ωだってバレた瞬間に自分へ向いてくる言葉。自分への気遣いが、今日までのオレを否定する言葉。
オレの体質を見込んで声をかけてくれた先輩にもそう思われているという事が、余計に悔しかった。
……そうか、だからΩは自分の第二性別隠すんだ。何とかして特徴を隠して普通になろうとするんだ。
今になってやっと、少しだけ他のΩの気持ちが分かった気がした。
先輩はまだ何か言ってる。
でも、何も聞こえてこない。
――聞きたくない。
それどころじゃなかった。
もう手伝えないことが、先輩と一緒に居られないことが重くのしかかってくる。苦しい。息がしづらい。
目が熱くて、痛くて。耐えられなくて。
相変わらずオレをぬいぐるみみたいに抱き抱えてる先輩を力一杯突き飛ばして、この場から逃げ出した。
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