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20.発露
隠れないと。誰も居ない所に。
事件の現場から逃げ出して、言うことを聞かない体を何とか動かしていた。
廊下を走って、走って、走って。
駆け込んだ教室に鍵をかけようと振り向いたら、まさかの仁科儀先輩が追い付いてきていた。一瞬怯んだ間にその体はドアを潜って中へ入ってくる。
「く、んな……来んな!」
ゆっくり歩いてくるその人の顔は怒ってるように見えた。オレを睨みつけながら近づいてくる。見慣れた顔のはずなのに震えが止まらない。怖い。
「急にどうしたんだ! 話して貰わないと分からないだろう!」
「アンタのせいだ! アンタの近くにいるとおかしくなる! 何でついてくるんだよ、どっか行けよぉっ!」
叫ぶみたいに言葉を投げると目の前の顔は呆気に取られた表情をした。
どういう事だと詰められて、混乱した自分が何言ってるのか段々分からなくなってきた。苦しい。息が上手く吸えない。
動揺してる間にすぐ近くへ仁科儀先輩がやって来てしまった。腕を掴まれて振り払おうと抵抗するけど、一向に外れる気配はない。
「落ち着け! こらっ、暴れるな!」
掴まれてたのは片手だけだったのに、いつの間にか両手が掴まれていた。
もう殆ど力が入らなくて、立ってるのがやっとで。
「……甘い、匂い……? お前まさか」
すんっと空気を吸うような音が仁科儀先輩から聞こえてくる。匂いを確かめてるんだろうか。少しずつ近付いてきて、首筋の辺りまで寄ってくる。少しだけ鼻先が触れる。ほんの少しだけなのに。
触れた所から電気みたいなのが全身に向かって一気に広がっていって、一瞬息が詰まって。
「お前……Ω、なのか」
じっと見つめられた瞬間、両足からガクンと力が抜けて立っていられなくなってしまった。
よりによって教室の入口でへたり込んだオレは、仁科儀先輩に支えられて壁際に移動した。ゆっくりと座らせて貰って、壁に背を預けてほっと息を吐く。
立ち上がった先輩の進行方向から聞こえてくるのは鍵の閉まる音。カーテンが閉められていく音。
音が鳴りやんだと思ったら、目の前には見慣れた先輩の顔が戻ってくる。
混乱が落ちついてみれば、あれは怒ってたんじゃなくて心配して焦ってたんだっていうのは理解できた。なのに何であの時はあんなに怖いと思ったんだろう。
ぼんやり仁科儀先輩を見つめてると、ぎゅうっと抱きしめられた。
「すまなかった、Ωなのに無理をさせていたんだな。苦しかっただろうに、すまなかった……」
震える声で謝ってくる先輩にゆっくり背中をさすられて、背筋をぴりぴりと電気みたいなのが走っていく。声が物凄く優しくて、聞いてると無性にホッとする。
「……ほんとは……も少し前から分かってたんだ。先輩の近くに居るとおかしくなるんじゃないかって。でも証拠もないしって……流してた」
夏休みに何となく浮かんだ疑問は、文化祭の時には殆ど確信してたはずだった。本当はその時に、医師に言えなくても仁科儀先輩には相談しなきゃいけなかった。
「先輩に頼られるのが嬉しかったんだ。触られるのも気持ちよくて、期待して……やめるって選択肢がなくなって」
話してる内にぼろぼろと涙が落ちてくる。
嫌だったんだ。やっとまともに手伝えるようになってきたのに、少しずつ頼って貰えるようになってきたのに。Ωだって分かったら、また何も出来なくなるかもしれないのが。
それに……仁科儀先輩がβ様に戻ってしまうかもしれないって思ったら、どうしても言えなかった。
「……ゆ、きいえ……」
「謝らなきゃいけないのはオレの方なんだ……心のどっかでΩでもオレは平気だって思ってた……調子良いことばっか言ってごめん……黙ってて、ごめんなさい……っ」
何が「オレが引き継ぐ」だ。こんなになってて。せっかく色々教えて貰っといて何も身についてないのに。
大事な事を誤魔化したまま、あの時啖呵を切った自分はどうやって先輩の活動を引き継ぐつもりだったんだろう。
しばらく無言で背中をさすって貰ってたら、ピリピリした電気みたいな感覚も少し落ち着いたみたいだった。優しく撫でられると気持ちいい。頭がぼんやりしてくる。
思わず抱きしめてくれてる体の背に手を回すと、ゆっくりと仁科儀先輩が体を起こした。
「……せん、ぱい……? ん……っ」
顔が見えたと思ったら、すぐに見えなくなる。
頬には多分先輩の両手が添えられて。口には多分――唇。薬を口移しされた時と感触が似てる。
離れていく顔をぽかんと見つめると、真剣な顔の仁科儀先輩の目がじっとこっちを見つめ返してくる。
「…………触りたい」
「え」
何を、って聞く前にまた唇が触れた。
「お前に触りたい……もっと……奥深くまで」
まるで甘えるみたいな声。耳の奥にこびりつくような、甘ったるい声。
もう一回抱きしめられて、すり、と先輩の鼻先が首筋を撫でる。ふわりと髪の毛からする香水の匂いで頭がくらくらしてきた。
「あ……」
背中を手が滑ってシャツを引っ張り出したと思ったら、その中に指先が入ってきて。背筋を直にゆっくりさすられて、引いたはずの電気みたいな感覚がぞわりと体を通り抜けていく。
「行家……」
何だか向けられる視線が熱っぽい。表情にはいつもみたいなからかう雰囲気はなくて、静かにじっとこっちを見ている。
心臓がうるさい。
やっぱり冗談じゃないかとか、あの臭いくらいのフェロモンで先輩もおかしくなってるんじゃないかとか、思い浮かぶ可能性は色々あったのに。見つめてくる瞳に考えてる事が全部どこかへ行ってしまって。体が熱くて何も考えられなくて。
こくりと、先輩の言葉に頷き返してしまった。
どっちの吐息か分からない、荒い呼吸の音がする。ボタンの外れた上着とシャツ。捲り上がった肌着。素肌に触れる先輩の手と唇。
覆い被さってる先輩の下半身がオレのと重なって揺れてる。布越しでもじわじわと固くなってくのが分かる。それは体から力を奪って、腹の中が何だかむずむずしてきた。
「っあ……ん、っ……」
「……気持ちいいか?」
「ん……ぁ……」
ぐずぐずに溶けた頭じゃ、声は聞こえても言葉が上手く返せない。もどかしくて先輩の頭をぬいぐるみにするみたいに抱き締めると、ふっと笑うような気配がした。
「お前は本当に……面白くて目が離せないな」
いたずらっぽく微笑む顔が近付いてくる。
ふにっと少し固めの柔らかい感触が口に触れて、何回も何回も唇が触れては離れてを繰り返した。段々苦しくなってきて開いた口の中にぬるりと何かが入ってくる。この状況で入ってくるのは舌くらいしかないけど。
キスに夢中になってたらずるっと下が全部引き下ろされて、固くなってるオレのが空気に触れる。何度も先輩に触られてたそれは、何かに期待するようにゆらゆらと揺れていた。
だけど先輩の指は期待してた所じゃなくて、その下の方にそっと触れる。
「ぁ、ッ」
「……これは……。なるほど、これが噂のΩの蜜か……」
くちゅ、と水気のある音がする。自分でも触る機会の無かった所の縁を撫でられて、足がひくついて止まらない。
「行家……もっと奥まで……いいか?」
先輩の瞳が熱を帯びて真っ直ぐ見下ろしてくる。つぷんと穴の中に入ってきた指が、ゆっくりと穴のすぐ近くを内側から撫でている。
抜いて貰った時もそうだけど人のデリケートな所に入ってくるのが早すぎる。普通そんな所いきなり触るもんじゃない。訴えられても文句は言えないと思う。
……なのに。
ヨダレでも垂らしそうなくらいギラついた表情に全身がかぁっと熱くなってきて。考え事が上手くできない。
ぐずぐずと溶けていくような感覚に包まれながら頷くと、少しホッとしたような顔をした先輩はどこからか取り出した小さな袋の封を切った。
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