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24.パートナー申請
「はぁ!? どういうことだ!?」
生徒会室のちょっと高そうな机をバンッと叩いて、藤桜司副会長は珍しく目を見開いた。あの余裕しかありませんって態度を崩さないαの王様が珍しい。
驚くオレに対して、仁科儀先輩はけろっとした顔でその様子を眺めている。
「先ほど述べた通りだ。行家のパートナー申請をする」
パートナー申請はΩと番になる予定の人間が出す申請らしい。
大人になって結婚する時の意思確認と相性審査期間みたいなのが免除されるとかなんとか……Ωって結婚する時も面倒だな。
ほんとはαが無理矢理Ωを番にしようとしてないか確認するための申請らしいけど。大体そういう時にはうなじ噛んで番になった後だから、他の性別が番になる権利を証明するために出すものって感じになってるらしい。
「はぁ……ハァ? 仁科儀はフラれたと言っていたと記憶しているのだけれど」
何それ。どういう話になってたんだ。
先輩に任せられないって言われたから全部返したのに。そもそも告白されてない。なのにオレがフった事になってるとか話の展開が謎すぎる。
「色々あって。聞きたいか?」
「いや要らない。君の惚れた晴れたになど興味ない。本っっっ当に面倒くさいなβ様は」
にやにや笑ってる先輩とは対照的に、副会長はこれでもかってくらい顔をしかめた。話す言葉もいつものお坊ちゃん語じゃない。副音声が無くても何言ってるかすぐ分かる。
普通の会話出来んじゃねーかと思いながら流れを見守ってると、先輩が右手を副会長に向けて付き出した。
「さっさと申請書を寄越せ副会長」
「うるさい命令するな。今更書き方の説明はしないからな」
「ああ。問題ない」
ぺらっと申請書らしい紙を受け取った先輩は、眩しい笑顔でニッコリと微笑んだ。
早速紙に記入をしてる後ろ姿を睨み付けながら、副会長が机に頬杖をついてブツブツと文句を言い始めた。
右手の人差し指がコンコンコンコン机を叩く音が響いている。
「ったく、この僕がめそめそしてるβサマを慰める会を仕切ってやったというのに。あっさり元に戻りやがって人騒がせな」
……意外と仲間想いだ。αの一番上って言われてるくらいのお坊ちゃんなのに。
でもよく考えたらオレも助けられたし、仁科儀先輩の陰口叩いてた親衛隊に先輩の肩を持って注意してた。相楽先輩やβの先輩達とも仲良かったみたいだったな。
「心配して損したな」
「心配なんかしていない! βごときに振り回されるのが気に食わないだけだ!」
「はいはい。天の邪鬼も程々に」
近くに立ってた見知らぬ先輩に副会長が噛みつく。でも噛みつかれた方の表情は少しも変わらなくて、にこにこと目の前の人間に向かい合っている。
その視線がふっとこっちを見て、すぐに先輩の方へ向いた。
「良かったな仁科儀。無事恋人も得た事だし、益々張り切って働いてくれ」
「元よりそのつもりだが、先に言われるとモチベーションが下がるな」
顔を上げた先輩は悪戯っ子みたいに笑う。すると謎の先輩は、それはすまないと笑ながら謝った。
三人とも軽口を言い合ってるみたいな雰囲気だ。仲がいいらしい。ひょっとしたら謎の先輩も生徒会の役員なのかもしれないなと思いつつ、ボンヤリ会話を見守る。
「だがちゃんと守ってやれよ。Ωはαの番にされると手が出せなくなるからな」
「そうそう。αをねじ伏せてるβサマは恨みも買っているだろうからね。愛しの子猫ちゃんを拐われないように気を付けることだ」
一気に二人の視線がオレに向いて思わず飛び上がってしまった。その顔は両方ともにんまりと笑っている。
絶対似た者同士だ、この三人。
「…………ああ。そのつもりだ」
そんな声と一緒に、横からぎゅっと抱き締められた。
仁科儀先輩はさっきまでそこの机で書類書いてたはずなのに。いつの間に近くに来てたんだ。
「では、仁科儀の子分改め子猫ちゃんにはこれを進呈しよう」
にんまり笑ながら近付いてきた副会長が差し出してきたのは、少し前に返したはずの道具一式。予防活動に使ってたポーチやカートリッジだ。
まさかここで出てくるとは思わなかった。どういうつもりなのかと思わず副会長を見つめると、仁科儀先輩が割って入ってきて箱を押し返す。
「おい! これ以上行家に予防活動させるつもりはないぞ!」
「僕は子猫ちゃんに話してるんだよ」
ぺしっと箱で先輩の手を払って、ずいっとオレに押し付けてくる。勢いに圧されて思わず受け取ってしまった。
「いいんすか、オレ……Ωだけど……」
Ω同士でも片方のヒート状態に影響されて連鎖する事がある。二人のΩがヒートになってた少し前の事件もそうだったって後で聞いた。
予防とはいえΩのオレが活動を続けるのはリスクが高すぎるって先輩は言ってたのに。
「君には仁科儀のサポートをして貰いたいんだよね」
「サポート」
一人だと手こずる時もあるだろう?と副会長はキラキラした笑顔で微笑む。さっきまでのふてくされた顔なんて無かったみたいな雰囲気だ。
「必要ない! 勝手に巻き込むな!」
今度は先輩が顔色を変えて反論し始めた。忙しいなこの二人。
そんな光景を残りのもう一人は微笑ましそうに見つめていて。何だか二人の飼い主……いや、保護者みたいに見えた。
相変わらず副会長に噛みついて止まらない先輩を押し退ける。ずっと箱持ってるオレはどうすりゃいいんだよ。
「仁科儀先輩うっさい。話しかけられてんのオレなんだから黙ってろよ」
「ぐっ……だが……」
「そうそう、君にはそういう操縦を期待している訳だ。仁科儀は能力こそあるが、無茶ばかりして挙止迂拙 だからね」
「この野郎……ここぞとばかりに扱き下ろしやがって……」
すっかりいつもの口調で喋り出す副会長を、先輩は歯軋りでもしそうな表情で睨み付けた。その悔しそうな顔に副会長の満足そうな高笑いが一層大きくなる。とんだ悪循環だ。
つまり無茶する先輩が心配なんだろ。さすがにオレが近くに居るなら無茶苦茶しないだろうって事だろ。
めんどくせぇ心配の仕方だな。
「ああ、あともう一つ。仁科儀が発情したΩに当てられたら自分を食わせること」
「は?」
ちょっと意味が分からない。食わせるって何を。
手、足……いや、どれも普通に嫌だけど。トカゲみたいに再生する訳じゃないんだぞ。
困ってしまって先輩を見ると、その顔がもう真っ赤だった。茹でられたタコみたいだ。かなり頭にきてるのか、わなわなと肩が震えてる。
「おっ……俺を馬鹿にするのもいい加減にしろ藤桜司!」
「黙れ喧しい。貴様に話をしていない」
真顔で先輩の話を一刀両断して、副会長はこっちをまっすぐに見た。にこっとその顔が笑う。
キラキラしてるいつもの顔なのに、妙に不気味なのは何でだろう。
「仁科儀がβだけどα寄りの特徴なのは知ってるかな」
「あ……はい。一応……」
「仁科儀はフェロモンに当てられるとほぼ確実にαのヒート症状を呈する。βだから襲うまでは行かないけれど、直後はまぁイライラしてるし攻撃的だし周りに当たるし、困っていてね」
その話を聞いて、ちょっと納得した。
先輩の様子がおかしかった時に険しい顔してたのは、多分Ωのフェロモンに当てられてヤバかったからなんだろう。薬をいつも飲んでたのもその予防か。
あれ。だったらオレより仁科儀先輩の方が予防活動向いてなくね。オレは先輩の近くじゃなかったら殆どいつも通りだぞ。
ぐるぐる考えてるオレをよそに、先輩達の話は進んでいく。
「αの我々が使う抑制剤だとβの仁科儀会長には合わなくてな。自前の鎮静剤も、君に逃げられてヤケクソに使っていたら効きにくくなってしまったらしくて」
「え……何やってんだよアンタ」
「……働いてたら気が紛れたんだ……」
あれだけ根をつめて使いすぎるなと念を押したというのに、と副会長に追撃されて先輩は完全に沈黙してしまった。ふてくされた子供みたいな顔で。
なるほど、用量守らずに飲みすぎたら効かなくなったのか。レアな薬で本当に何やってんだ。
「子猫ちゃんと動いてた時は機嫌も調子も良さそうだったし。ぜひ仁科儀のアフターケアとして、その身体で火照りを鎮めてやってほしい。鎮静剤代わりに」
……やっと理解した。つまりヒート状態になった先輩が落ち着くまで相手しろって言いたいのか。効かなくなった鎮静剤の代わりに。
まぁ、似たようなことオレもして貰ってたし。本気で噛みつかれたり痛くないなら……いいけど。
「言い方……」
もうちょっとマシな言い方無かったのかよ。
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