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25.伝える気持ち

 あんまりな言い方にじとりと副会長を睨むと、獲物を見つけたって言わんばかりの視線が返ってくる。 「君が仁科儀から逃げた後、生徒会室が猛獣の檻の中みたいになった話でもしようか?」 「酷く八つ当たりされて未だに出てこなくなったままの奴も居るんだよな……君が来る前はこんな事なかったんだが……」  副会長に謎の先輩まで参戦してくる。仁科儀先輩がやらかしたことでオレが責められるのは納得いかない。  いかない、けど……真っ赤な顔で床を睨んでる先輩を見て何も言えなくなってしまった。 「うぐぐ……分かりました、頑張ります……」  βだから番関係にならないとはいえ、勢い余って他のΩを襲ったりしたら後味悪いし。ちょっと嫌だし。  オレがどうしようもなくなって抜いて貰ってたのと似たようなもんだろ。キスしたり、押し倒されてヤってしまったこともあったし……今更だろ、今更。    そんなオレの返事に満足したのか、副会長はキラキラと満足そうに笑う。 「そう、よかった。役立たずのαに代わってバリバリ働いておくれ」 「…………意外と根に持ってるなお前」  呆れたような顔で呟いた先輩に副会長は一瞬だけ笑顔をひきつらせた。 「当たり前だろ。この藤桜司(とうおうじ)(かおる)に役立たずだなんて言ってのけたのはお前だけなんだよ、βサマ」  冗談めかして笑う表情からかけられる声には、恐ろしく低いドスが入っていた。  ……これはさすがに仁科儀先輩が悪いと思う。プライド高そうな相手に直球で何言ってんだ。    副会長から溢れてくる猛吹雪みたいな圧に耐えながら手続きを終えて、そそくさと二人で生徒会室を出た。  寮に戻ろうかって話をしてすぐ、仁科儀先輩がおずおずとオレの顔を覗き込んでくる。 「……本当に引き受けるつもりなのか?」 「うん。単独じゃなくて先輩のサポートならいいだろ?」  自分がヤバくなった時にちゃんと動ける自信はまだない。前にどぎついヒートを体験した時の怖さはまだ抜けてないから。  でも、先輩の近くに居るなら大丈夫……だと思う。多分。やばかったら薬打ってくれるだろ。   「無茶はするなよ」  心配そうな顔が見つめてきて、そっと頬に先輩の指が触れる。ゆっくり皮膚を撫でられてむずむずしてきた。  撫でられて気持ち良さそうにする猫の気持ちが今なら分かる気がする。 「先輩こそ。もうヤケクソで薬飲むなよな」 「ああ。行家と居た時は本当に調子が良かったんだ。どうにもならない時は……お前が食われてくれるんだろう?」  にいっと怪しく笑ったと思ったら、あっという間に頬にあった手が後ろ頭に移動する。ぐいっと引っ張られて体が傾いた。  一気に吐息がかかるくらいまで近付いてきた顔に、不覚にもどきんと心臓が跳ねて。鼻先に唇が触れただけなのに一気に顔が熱くなっていく。 「…………さ、最終手段だからな!」 「ふふ。そうだな」  すぐそこで微笑む顔が瞳を閉じた。ゆっくりゆっくり近付いて口元が触れる。  何回か触れて離れてを繰り返して気持ちよくなってきてたけど、よりによって中から副会長がでてきて。「生徒会室の前でいちゃつくな」って先輩の尻が蹴り飛ばされてしまった。  ごめん、見事な蹴りと飛び上がる先輩がコントみたいでめちゃくちゃ笑った。  蹴り飛ばされた所を痛そうにさする後ろ姿に笑いを堪えながら歩く。頑張って抑えてたのに声が聞こえてしまったのか、不機嫌そうな顔がオレを振り返った。  仕方ないだろ。オレを壁に押し付けて口の中を舌で撫で回してたのは仁科儀先輩なんだから。  むすっとふてくされた先輩は無言でまたすたすたと歩いていく。背が低いから追い付けるんだけどな、普通に。 「なぁ、先輩」 「なんだ」  追い付いた所で立ち止まると、何だかんだ向こうも止まる。振り返った顔は相変わらず膨れっ面のままだけど。 「あのな、えと……その。オレ……先輩の事が、す、きみたいだ」 「……今それを言うか?」  今度はぽかんとした顔。皆のβ様にしては間抜けすぎる。 「そういや言ってなかったと思って」 「好きでもない相手をパートナーにしないだろ普通。お前は本当にいちいち面白いな」   そりゃそうだ。  ヤってしまった時はヒート状態だったから勢いみたいな所もあったけど、オレが欲しいって言われた時は何だかんだ考える力も戻ってきてた。  パートナー申請出したいって言われた時は完全に素面で、ちゃんと考えて仁科儀先輩と番になるって決めた。  思ったように自分の気持ちを伝えられてなかったけど、何だかんだ伝わってたらしい。さすが頭がいいと鋭いな。   「で、ご感想は」  先輩の顔を覗き込むと、頬がほんのり赤くなったように見えた。 「嬉しい」 「そっか。よかった」  目を細めて笑う先輩に満足して歩き始めると、ちょっと待てと声がかかる。追い付いてきたと思ったらどんっと軽くぶつかってきた。  上目遣いで見つめてくる顔はニヤニヤしてる。 「俺からの返事は不要なのか?」 「え、返事どころかオレじゃなきゃ嫌だってボロ泣きされたし」  あれは衝撃的だった。今まで告白されたことなんかないけど、その辺のやつより絶対に破壊力あると思う。  はっと真顔になった先輩の顔が、ほんのりどころか一気に真っ赤になっていった。  自分のことは都合よく忘れてたな、これ。 「………………忘れろ」 「嫌だ。あの時の先輩めちゃくちゃ可愛かった」  オレがいいって言ってくれた。  どこがそんなに先輩に刺さったのか知らないけど、オレじゃなきゃ嫌だって泣いてくれた。あの時の顔は忘れられないし、忘れたくない。  先輩もヒート状態ぽかったせいかもしれないけど、泣く顔は普段のカッコいいβ様なんて嘘みたいに可愛かった。   「忘れろっっ! わっ、こらっ離せ!!」 「いーやーだー!」  胸ぐら掴んで揺さぶってくる少し背の低い体を、逆に捕まえて抱きしめる。ジタバタ暴れる先輩の口に軽くキスをすると大人しくなって。  真っ赤な頬の不満そうな顔で睨んできてたけど、しばらくすると服を掴んでた手が首に回ってくる。  どちらともなく唇を触れあわせて、また少しの間ちょっと深いキスを繰り返した。    ――寮に戻る途中の副会長に見つかって、今度はオレが尻を蹴り飛ばされるまで……あと三分。

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