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9 プロフィール
「……なぁ、どうして俺と友達になりたかったんだ?」
輝彦の眼差しが優しすぎて、幸人は気まずくなったので視線を逸らした。手首には相変わらず糸が巻き付いているし、と思ってハッとする。輝彦が隣に座ったのは出入口側だ。幸人はコートをまだ脱いでいないけれど、輝彦がいるせいで部屋から出にくくなっている。
すると輝彦は少し顔を近付けた。それと同時に彼の糸が反対側から頬を撫でてくる。どうしよう、何となく心理的に逃げられない。
「幸人はいつも一人でいても楽しそうで、いいなって」
「そ、そうかな……」
どうしてこんなに近付く必要があるのだろう、と幸人は焦った。肩が触れそうなほど輝彦は身体をこちらに傾けているし、声も何だかいつもより吐息が多めな気がするのは気のせいかな、とか思う。
「なんか、近くない?」
幸人は少し顔だけを引いた。しかし輝彦は「そう?」と動かない。
「俺、視力悪くてさ。コンタクトしてても夜は疲れからか見にくくて」
「こんな俺を見ても何もないぞ」
「そうかな? 幸人を見てると癒される」
クスクスと笑う輝彦の声は楽しそうだ。ますます気まずくなって視線をめぐらせると、床にチラシが置いてあることに気付いた。
町おこし企画と題されたそれには、複数人で店を利用すると割引されると書いてある。先程幸人たちがいた、アーケードのチラシだ。
もしかして、これを知っていて輝彦は自分を誘ったのだろうか。
「ああこれ? ……うん。実はこれ見て幸人を誘った」
幸人の視線に気付いた輝彦は、幸人と行きたいと思ったから、と笑う。けれど、輝彦と反対側にある彼の糸は、幸人の頬やら耳やら頭を撫でていて、完全に愛でられている状態だ。
「つまり、知っててさっきは『ラッキーだね』って言ってたのか」
「……ごめん」
輝彦はバツの悪そうな顔をする。
本当に、こんな動きをする糸は初めて見るし、これだけ糸では好意を示していながらも、本人は至って普通というのも初めてだ。もしかして、やっぱり好意を隠したいのかもしれない、と幸人は思う。
「輝彦は、俺と仲良くなりたいのか?」
「うん」
「だから誘ってくれたんだ?」
「そう」
そっか、と幸人は視線を落とす。そう言われて胸に落ちた温かいものの存在を、幸人はどう受け止めていいのか分からなかった。幼なじみの祥孝以外に、こんな感情を持つなんて思ってもいなかったからだ。
「なんかさ……」
ポツリと、輝彦は語り出す。
「俺、見た目が派手だからさ、外見にそぐわない言動をすると幻滅されるんだよね」
「ああうん。……そんな気はしてた」
すると輝彦はハッとして幸人を振り向いた。幸人は彼を見ないまま膝を抱える。
「なあ、俺は幸人のこと、もっと色々知りたい。幸人はそういうの苦手かもしれないけど……」
輝彦の糸は大喜びで、幸人の頭や頬を撫でていた。好きなひとから、本音はこうなんだと分かってもらえたら、それは嬉しいだろうなと幸人は思う。そして幸人も、祥孝以外に持った「友達っていいな」という感情を、素直に受け入れてみようかな、と思ったのだ。
「そうだな。お察しの通り、俺はひとりでいる方が気楽でいいんだよね」
祥孝と喧嘩をした時に身につけた、ひとりでも楽しめる方法。それは世間一般と少しズレている自覚はある。
それにどちらかというと、輝彦の周りは友達の数を競うような傾向がありそうだ。ひとりは寂しい、ひとりはありえない、暗い、コミュ障は悪だという考えに囚われているひとは少なくない。だから幸人は、朱里と七海と会った時に積極的に発言した。まともに話すことができ、敵意はないと示すことができれば、彼らはコミュニティの内側にすぐに入れてくれる。それは、恋愛相談やひとを見ているうちに身につけた、幸人の処世術だ。
「でも、仲良くなりたいという奴を、追い払うようなことはしないかな」
そばにいたければいればいい。去りたいなら去っていい。来る者拒まず去るもの追わずな幸人のスタンスも、祥孝と喧嘩したのがきっかけでそうなった。
「……うん。そういう奴だと思ったからいいなって」
そう言う輝彦も、なかなかの観察眼を持っているなと幸人は思う。なぜなら彼は息苦しいコミュニティの中にいても、周りを不快にさせている感じがしないのだ。そしてあえてそこにいるのは、彼も心の奥底に溜めているものがあるからなのでは、と。
「何か幸人って、大学生とは思えないな。落ち着いてる? いや、浮ついてない……どっちも一緒か」
そう言って笑った輝彦は、リラックスしたように脚を伸ばした。
「兄弟がいて、長男だろ?」
「いや、ひとりっ子」
「マジか! 絶対兄弟いると思ったのに!」
あ、じゃあ血液型を当てよう、と輝彦は身を乗り出す。楽しそうに輝かせている輝彦の目を見て、幸人は「本来の輝彦は好奇心旺盛なのかな」とか思った。
「A型だろ? 誕生日は秋っぽい!」
「どっちも不正解。O型で、誕生日は三月」
幸人は笑う。当てずっぽうにも程がある、と言うと、輝彦の糸はまたブンブンと揺れていた。輝彦も嬉しそうに笑っていて、赤い糸の動きと彼の表情が合致した、と幸人は嬉しくなる。
そして、ああ、と思ったのだ。祥孝と話している時も、こんな感じだった。祥孝は話すのが好きで、いつも楽しそうに幸人と話していた。祥孝の糸は輝彦みたいに動かなかったけれど、表情を見ていれば何となく分かった。輝彦とも、そんな関係になれるだろうか?
「俺のことも当ててみてよ」
「そうだな……輝彦はひとりっ子かお姉さんがいる」
「うん、俺もひとりっ子」
「血液型はA型」
「うん、すごいな幸人。誕生日は?」
大体の確率からして、日本人はA型が多いからそう言っただけの幸人だが、それでも輝彦は嬉しそうに頷いている。まあいいか、と話を進める。
「誕生日は……夏っぽい?」
「残念。冬でした」
「冬か……もしかしてもう過ぎた?」
幸人がそう言うと、輝彦は「あー」と呟いて視線を逸らす。何か気まずいことが起こったような素振りに、幸人は首を傾げた。すると、輝彦は眉を下げて苦笑する。
「……実は、昨日だったんだよね。二月十四日」
「……」
やっぱり昨日の外出は、特別な意味を持っていたんだ、と幸人は内心ドキリとした。
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