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14 水族館
「幸人!」
数日後、幸人は輝彦とまた駅前で待ち合わせをしていた。先日とは違い、アーケードがある駅ではなく、港のある駅だ。
「ごめんっ! はぁっ、……待たせた!」
走ってきた輝彦は息を切らして、膝に手をついている。額やこめかみには汗が浮いていて、それほど急いで来てくれたのか、と幸人は苦笑した。
「大丈夫だよ。輝彦こそ、大丈夫なの?」
「うん、撒いて……いや、納得して帰ってもらったから大丈夫」
思わず口にしてしまったのか、慌てて言い直す輝彦に、幸人はスポーツドリンクを手渡す。それを嬉しそうに受け取った彼は、早速蓋を開けてゴクゴク音を鳴らしながら飲んでいた。
「急に親が来るなんて災難だったね」
「ほんと。ちゃんとやってるってのにうるさいからさー」
輝彦は額の汗を拭いながら髪をかき上げた。あれから数日後、輝彦は金髪から少し落ち着いた茶髪にし、周囲を沸かせたという。幸人ももちろん驚いたけれど、やはりそれでも輝彦の魅力は落ちず、何をしてもカッコイイってすごいな、と幸人は感動した。
(やっぱり、俺は輝彦と釣り合うひとじゃないと思うんだけどなぁ)
せっかく春休みに入ったんだから遊ぼう、と誘われ、幸人はここにいる。この駅の近くには水族館があり、そこへ行く予定だ。
ベタなデートスポットだと思うのは幸人だけだろうか。それでも輝彦がすでに楽しそうだからいいか、と二人で歩き出す。
「水族館なんて久しぶり。幸人は?」
「俺も。小学校の課外学習で行ったきり」
「え? そんなに?」
驚く輝彦に、幸人は苦笑する。ただ単に、一緒に行くような友達がいなかっただけだけれど、わざわざ話すことでもない。
「俺は二年ぶりくらいかなぁ、当時の彼女と」
その時は散々朱里と七海に「ベタなデートで彼女がかわいそう」とからかわれた、と輝彦は笑う。当時の彼女も、よくつるんでいたうちのひとりだったらしい。
「ま、それは置いといて。俺、水族館も好きでさ」
輝彦は、何かを鑑賞すること自体が好きらしい。映画は特別好きだ、ということなのだろう。目立つ容姿でひとに見られやすい彼が、鑑賞が趣味なんて皮肉かな、と幸人は思ってしまう。
「魚って、かわいいだろ?」
「かわ……いいかなぁ?」
幸人は首を傾げた。幸人が魚を見る機会は食べる時くらいだし、その時はもう切り身になっているので、かわいいかは分からない。
その様子を見てか、輝彦はクスクスと笑った。
「幸人も、天然ぽくてかわいい系だよな」
「俺はかわいくないだろ……」
二十歳前の男をつかまえてかわいいとは、輝彦の感性はよく分からない、と幸人は思う。すると、輝彦の手が幸人の手に当たり、彼は「あ、ごめん」と軽く謝ってきた。そこで幸人は糸の存在を思い出し、彼の糸を見る。
右隣にいる輝彦の糸が、案の定幸人の右手首に巻き付いていた。それも手首より三倍は太くなるほど。相変わらずの独占欲と執着心だ。
「いや、かわいいよ。見てて落ち着くし癒される」
そう言って、輝彦は自身の糸で幸人の腕をさらに巻き上げる。これのどこが落ち着いているのだろう、と幸人は乾いた笑いを上げた。やはり、彼は気持ちと裏腹な言葉を言うらしい。
しかし、水族館に入る前のチケット売り場で、幸人たちは一瞬来たことを後悔する。
チケット売り場は幸人と同じ年頃のひとが多くいて、みんな考えることは一緒なんだな、と思う。これでは中に入ったとしても、ごった返していて鑑賞どころではないかもしれない。
幸人は人波を見るのは好きだけれど、人波にのまれるのは好きじゃない。思わずうわぁ、と声を上げると、輝彦が眉を下げてこちらを見ていた。
「……混んでるね」
「みんな考えることは一緒なんだな」
そう幸人が言うと、二人で笑った。せっかく来たし、ゆっくり観られないかもしれないけど行かない? と尋ねられ、頷く。
列に並んでチケットを買い、大勢いる館内へと歩いていった。周りはカップルもちらほらいて、楽しそうだなと微笑ましくなった。
ひとの流れに任せながら歩いていると、この状態でも人間観察ができることに気付く。背筋がピンと伸びた老夫婦が、「混んでるからゆっくり行きましょう」と腕を組んでいるのを見て、こんな夫婦関係素敵だな、なんて笑った。
「……あれ?」
魚ではなく人間を見ていたら、近くにいたはずの輝彦がいなくなっていた。しまった、と幸人はひとの流れから外れて、輝彦を探す。
輝彦は魚を観るのを楽しみにしていたのに、自分だけさっさと進んでしまったらしい、と気付いたのは、水槽そっちのけでキョロキョロしながら歩いてくる輝彦を見つけたからだ。心配そうな顔をしていたので、早く行かなきゃ、と思うけれど、人波に逆らって行くのは躊躇われる。なので邪魔にならない通路の端に寄った。
「輝彦!」
幸人は呼び掛ける。するとすぐに輝彦は気付き、笑顔になった。幸人はホッとしてその場で待っていると、輝彦が無事に幸人の元へ辿り着く。
「開始早々はぐれるなよ」
「ごめん」
言葉は咎めるものだったけれど、声音は笑っていた。すると、輝彦は幸人の二の腕を掴み、歩き出す。それと同時に輝彦の糸が幸人の胴をグルグル巻き始めた。もう逃がさないぞ、という強い意思が垣間見える。
「え、と……輝彦?」
「ひと多いから。もう探すの嫌だぞ」
「ごめんって」
「やだ」
糸でも、物理的にも捕まえられた幸人は、腕を掴まれたまま歩き出した。そのまま水槽の前まで行くと、ゆったり泳ぐ亀を見上げる。
「ほら、あそこ」
すると、輝彦が顔を近付けてきた。頬が付きそうなほどの距離で、水槽を指差す。その距離感にドギマギしながらも、幸人も水槽を見た。
「あれ見て」
「……どれ?」
あれ、としか言わない輝彦に、幸人はどれだろう、と水槽を凝視する。魚群を指しているのだろうか、と目を凝らしていたら、耳に息をフッと吹きかけられた。
「ぅわ……っ」
驚いて耳を押さえると、輝彦は声を出して笑う。同時に腕を離され、からかわれたと幸人は彼を睨んだ。
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