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52 番外編2 楽しいこと、気持ちいいこと

「幸人? ……うわっ」  幸人は起き上がった勢いで、輝彦をベッドに転がした。肩を押さえて起き上がれないようにし、まだ驚いている彼の唇を貪る。下唇に強く吸い付き、開いた唇から舌をねじ込む。舌で歯列をなぞり、舌先を撫でると、輝彦から小さくくぐもった声が上がった。  このキスは、輝彦から教えてもらったものだ。ほかの誰も知らない幸人の身体は、輝彦の為だけにあり、輝彦でしか感じない。 「幸人……っ」  背中に回った彼の手が、宥めるように背中を撫でた。けれどそれすらも、今の幸人には刺激が強く、キスどころじゃなくなって背中を震わせる。 「挿れたい……っ、輝彦……!」  早く輝彦の熱で自分を溶かして欲しい。もうそれしか考えられず、幸人は彼の肉棒を支え、自らその切っ先を後ろにあてがった。  幸人、と掠れた声がする。今更ながら、輝彦はそこまでやりたい気分じゃなかったのかも、なんて思った。けれど、すっかり火を噴いた熾火は、燃え尽きるまで収まりそうにない。 「待ってっ、ゴムっ、ゴムしないと……っ」  輝彦を欲しがるあまり、そこまで気が回らなかった幸人は、慌ててコンドームを探して着ける。これの着け方も、輝彦に教えてもらった。それが嬉しく思って、ゾクリとする。 「う……」  幸人はゆっくりと腰を落とした。もう身体は限界まで昂っていて、輝彦の表情さえも、見る余裕がない。 (入って……くる……っ)  熱い楔が、幸人の孔を埋める。彼の形と硬さを意識した瞬間、幸人の中で何かが弾けた。 「……っ! ぅあ……ッ!」  背筋を通り抜ける快感と、独特の恍惚感。緊張した身体が弛緩すると、余裕がなさそうな輝彦の顔があった。  どうしてそんな顔をしているのだろう、と思っていたら、大丈夫? と聞かれる。 「……え……?」  輝彦は幸人の腰をしっかり持ってくれていた。彼は片手を伸ばして幸人の熱に触れる。 「トコロテンしてる……。一瞬意識が飛んじゃったみたいだったから」 「あ……」  幸人は輝彦の腹についた白濁を見て、状況を把握した。そして一度絶頂したからか冷静になった頭は、すぐに忙しくフル回転し始める。  なんてことだ、おのれの欲求を優先して、少々強引に輝彦の上に跨るなど、いつもの自分なら絶対しないのに。 「ご、ごごめんっ」 「何で謝るの?」  幸人の慌てように笑う輝彦。その振動に揺さぶられ、幸人は小さく呻いた。それを機に輝彦は軽く幸人を突き上げてくる。  途端に熱が再び上がり、中の輝彦をぎゅっと締め付けてしまった。 「欲望に素直な幸人もかわいいよ。……ちょっとスッキリした?」 「あっ? あっ、……ぅん……っ!」  喘ぎ声とも返事ともつかない声を上げると、輝彦の腰が打ち付けられる音が聞こえる。勝手に逃げ打つ身体を堪えようと、彼の腹に手を置くと、その手を取られ指を絡められた。そして、二人の腕を輝彦の糸が巻き上げていく。  大好き。そう言われた気がした。熱い視線がじっと幸人を見ていて、ゾクゾクしたら後ろもうねる。 「あっ、は……っ」  苦しくて開いたままの口から涎が垂れた。輝彦は笑って、気持ちいいね、と幸人が口にできない言葉を言ってくれる。かわいい、好きだよ、と言いながら、輝彦はその声の柔らかさとは正反対の、凶暴なモノで幸人を追い詰めた。 「だ、だめ……っ」  後ろが熱い。擦られ続けている粘膜は、輝彦に絡みつきながらも複雑に動く。そのせいか幸人の感じるところに輝彦の怒張が当たり、ザワザワと神経が昂っていく。 「だめ? またいきそう?」  呼吸を乱した輝彦の声も耳をくすぐった。輝彦から与えられる五感全てが快感になり、幸人は堪らずまた絶頂する。  背筋から脳へ突き抜ける強い快感に、幸人は太ももをブルブル震わせながら耐えた。この、射精を伴わない絶頂を教えてくれたのも輝彦だ。 「――ッア……!」  輝彦が教えてくれたのは、なにもセックスだけじゃない。傷付くのを恐れて独りでいた幸人に、人と関わる喜び、友人と笑い合う楽しさを教えてくれた。朱里と七海が付き合ってくれるのも、輝彦のおかげだ。それが全部、嬉しい。  ガクン、と頭が落ちそうになって、反射的に身体を起こす。見ると、苦笑した輝彦がいた。 「幸人、横になろう?」 「ん……」  いつもより深い絶頂を繰り返す幸人に、輝彦はそっと幸人をベッドに寝かせてくれる。さすがにあのままだと、幸人が倒れて危ないと思ったのだろう。 「なんか……ごめん……」  自分ばかり気持ちよくなって、心配されては世話ない。幸人は眉を下げると、どうして? と輝彦は笑う。 「俺がしたい時は、幸人も付き合ってくれるでしょ?」 「でも……」  輝彦が誘ってくる時も、幸人は彼に翻弄されっぱなしだ。輝彦に触れる回数もイーブンとは言い難く、情けなさと申し訳なさで心苦しい。 「あ……っ」 「幸人がいくとね、俺もゾクゾクするよ?」  そう言いながら再び中へと入ってきた輝彦。しかし奥までは挿れず、浅い所で軽く揺さぶられ、幸人は思わず甘い吐息を出して彼にしがみついた。 「あ、あ! 嫌っ、嫌だそれ……っ!」 「どうして? いいでしょ? これ」  意地悪だけれど甘い声で、輝彦は耳元で囁いてくる。それだけで幸人は意識がまた飛びそうで、足を彼の身体に巻き付け、締め付けた。 「だ、め……っ、またいくから……っ!」 「……っ、ふふ、幸人かーわいい……」  全身が快感に打ち震えている。幸人は決定的な刺激を得られないもどかしさに悶え、だめ、だめと言いながら首を振った。 「幸人、好きって言ってキスしてくれたら、奥突いてあげる」  その言葉の先に期待した身体は、幸人を勝手に軽くいかせた。喘ぎながら何とか輝彦の言う通りにすると、待っていた刺激が脳内を支配する。 「……――ッ!!」  全部が白く飛んだ。ダメだと理性では理解しているのに、輝彦の背中に爪を立て、彼の髪の毛を思い切り引っ張ってしまう。声にならない喘ぎが喉の奥で潰れ、深いところから戻って来られないことに恐怖を覚えた。 「あ、……ぁ……っ」  やっと声が出せたと思ったら、輝彦も苦しそうにしていた。中がじわりと熱くなったので、彼も達したのだと分かる。 「あー、……はは、持っていかれるかと思った……」  なぜか嬉しそうに言う輝彦は、幸人の唇を食んだ。唾液で滑った唇の刺激でも身体がビクつき、幸人は軽く身震いする。 「凄いね。今日はそんなにしたかったんだ?」  前戯もそこそこだったのに、と輝彦は出ていく。それが寂しくて、離れかけた身体を引き寄せると、幸人はなぜか目頭が熱くなった。それを気配で察した輝彦は、よしよし、と頭を撫でてくれる。 「やっぱり感傷的になったのが原因?」 「それもあるけど、嬉しくて……」  嬉しい? と輝彦は顔を上げて首を傾げる。  輝彦と出逢って広がった世界。そこで感じるもの全てが輝彦のおかげだと思ったら、嬉しくなった。そう幸人は言うと、彼は笑う。 「そっか。じゃ、これからももっと楽しいことしような?」 「うん……」  微笑みあってまたキスをする。すると、輝彦は唸りながら抱きついてきた。 「早く一緒に住みたい」 「……それは、約束破ったら大分困るから」  少し前の梅雨の時期に、幸人たちはお互いの親に恋人を紹介したのだ。一緒に住むのは社会人になって、生活基盤ができてからという自分たちのケジメを、自分たちが反故にしてしまったら元も子もない。  すると輝彦は指を絡めて手を握ってくる。すぐに二人の手首が輝彦の赤い糸で巻かれ、離さない、と言われているようで幸人は笑った。 「……それよりいいのか? ゴム……」 「ん? ああ……ちっとも萎えないから、外しにくくて……」  そう言った輝彦はまた上に覆いかぶさってくる。  まさか、と思った幸人は慌てた。 「え、いや、それでもそれは外さないと……!」 「幸人が着けたから、幸人が外してよ」  それでもう一回新しいの着けて、と言う輝彦に、なんのプレイだ、と幸人は騒ぐ。どうやら先程幸人がした行為が、輝彦のお気に召したらしい。 「普段性欲を表に出さない幸人が、自分からってところが堪んない。恥ずかしがりながらでもいい」  そんなこと、キリッとした顔で言わないで欲しい。そう思っていると輝彦に手を取られ、彼の下半身に持っていかれる。 「楽しいこともだけど、気持ちいいこともいっぱいしようね? 幸人」  キラッキラの笑顔でそう言う輝彦は、ひょっとしたら、まだまだ本気じゃないのかもしれない、なんて幸人は思った。 [完]

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