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51 番外編2 熾火★

「今日はありがとう」  幸人は輝彦の家の最寄り駅で、そう彼に告げた。  すっかり日が落ちた駅のホーム。これから幸人はまた電車に乗って帰るところだけれど、名残惜しくてホームで少し話をした。 「……いや、こっちこそありがとう。楽しかった?」 「うん」  二人でいる時の輝彦は、目がとことん優しくなる。好きだな、幸せだな、とその視線は語っていて、それは赤い糸でも確認できた。幸人の腕に巻き付いた糸は、幸人の手の甲をずっと撫でている。  これが男女のカップルなら、手くらいは繋げたかもしれない。けれど自分たちは同性カップル、人目をはばからずできることではない。  すると、幸人が乗る電車が到着するアナウンスが入った。名残惜しくて既に一本見送っているから、今度こそ乗らなきゃ、と停車位置のマークまで移動した。  地元に帰って来たとはいえ、暑さはそんなに変わらない。絶えずじわりじわりと滲み出る汗が、幸人の肌を滑っていく。  幸人は輝彦の手に視線を落とした。昼間に見た彼の水着姿が脳裏に浮かんで、この手に触れたい、と衝動的に思ってしまう。またじわりと後頭部から汗が滲み出たのを感じて、ダメだ、と自分に言い聞かせる。  今日は楽しんだから輝彦も疲れているはず。それは自分も同じで、身体を休めないといけない。夏休みとはいえバイトもあるし、実家住みの自分は帰らないと、両親の輝彦への心象も悪くなる。 (そう思うのに……)  輝彦の手に触れたい。そしてその長い指で自分の奥を探って欲しい。そんな考えが頭の中を占めていく。  やがて電車がホームに入ってきて止まった。ドアが開くと同時に輝彦を見上げると、「幸人?」と彼は優しい声で呼んでくれる。  その声にぞくりとしてしまい、幸人はポツリと呟いた。 「まだ、……帰りたくない」  ドアが閉まるベルが鳴る。幸人は電車に背を向けると、ドアはゆっくりと閉まって、発車した。 「どうしたの?」 「……」  一本見送るならまだしも、二本目にも乗らなかった幸人を、輝彦は穏やかに見てくる。察しろよとは思ったけれど、きちんと伝えないと、彼は動いてくれないようだ。  昼間から、ずっと身体の中にあった熾火(おきび)が、炎を上げたいとざわつく。我慢できなくて、幸人は輝彦の手を取った。 「……うち、来る?」  それでも静かに聞いてくる輝彦は、幸人の見えない炎に気付いているのだろうか。幸人は手を離して頷くと、二人でホームを出て輝彦の家に着く。 「……ごめん」  部屋に入って荷物を置くと、幸人は謝った。疲れてるのに、自分のワガママに付き合ってもらって、と言うと、輝彦はエアコンをつけて微笑む。 「幸人からの珍しいお願いだから聞きたいな。どうしたの?」 「……」  幸人は黙った。直截的な言葉で言うのは躊躇われたし、輝彦がその気じゃなかったら寂しい。でも、炎を上げずに上がっていく熱は、もう自分では制御できないほどになっていた。無言で輝彦に正面から抱きつき、彼の香りを吸い込む。少し汗の匂いがするけれど、安心する、輝彦の匂いだ。 「輝彦…………したい」  彼の胸に顔をうずめて呟くと、輝彦は頭を撫でてくれた。その仕草にホッとすると、彼はクスクスと笑う。 「いいよ。……シャワー浴びる?」 「……うん」  多分輝彦は、幸人から誘うなんて珍しい、とでも思っているのだろう。幸人は先に浴びておいでと言う彼の手を取った。恥ずかしくて視線が合わせられない。  けれど身体が疼いてどうしようもなくて、両手で彼の手を撫でる。 「い、一緒に……」 「分かった。……ふふ、かわいい……」  何かあったの? と聞かれて、幸人は自分でも、どうしてここまでしたくなったのか、分からなかった。言葉にできずに黙ると、そっと手を引かれる。 「今日、ちょっと感傷的になってたし、人肌恋しくなっちゃった?」 「……多分。……輝彦の水着姿も……見たから……」  なるほど、と輝彦は幸人の頬を撫でる。幸人は思わず肩を震わせると、彼は目を細めた。 「幸人が欲情すると、こんな顔になるんだね」  いつも誘ってくるのは輝彦で、流されるように付き合っていた節がある。けれど今回のことで、自分の中にも突き動かされるような情欲があることを知った。我慢できなくて幸人は彼の手を取り、指を口に含む。  輝彦が喉の奥で笑った。 「……シャワー浴びよう? ね?」 「ん……」  輝彦が口の中で指を開き、口を開かされた幸人は、彼の指を舐めた。長くてしっかりした彼の指は、幸人をどこまでも気持ちよくさせてくれる。そう思ったら身体が離れているのも惜しくなった。彼に抱きつくと、いつもと立場が逆だなぁ、と輝彦は笑う。  幸人は輝彦にくっついたままシャワーを浴び、身体を拭くのもそこそこに、裸のままベッドになだれ込んだ。タオルを敷くからという輝彦がもどかしくて、頬や首に吸い付いていると、積極的な幸人もかわいい、と深いキスをくれる。  熾火が火を噴いた瞬間だった。今まで身体を重ねたことは何度かあったけれど、こんなにも輝彦が欲しいと思ったことは初めてだ。積極的に彼の背中や胸、それから緩く勃ち上がった彼に触れる。 「……っ、やば……。幸人、気持ちいい……」  こういう情事の時も、輝彦は言葉にして伝えてくれる。なかなか自分の想いを口にできない幸人に、お手本を見せてくれているようだ。だから幸人も頑張って想いを伝える。 「輝彦……っ、欲しい……挿れて?」  ジンジンする後ろを宥めるために、幸人の腰は絶えず動いていた。それが輝彦を煽っていることも知らずに。 「ちょっと待って……ここは弄らなくていいの?」 「あ……っ、んん……っ!」  ちゅ、と音を立てて吸われたのは胸の先だ。舌で転がされ、擦られ、吸われると、幸人の口から切なげな声が上がる。きゅう、と胸が苦しくなって、抱きつく腕に力が入ってしまった。 「……いつもよりやっぱ反応いいね」 「て、輝彦……っ、も、早く……っ」 「ダメだよ、ちゃんと解さないと……」  そんな焦れったい愛撫なんかいいから。そんなようなことを口走り、幸人は輝彦の手を取り後ろへ持っていく。我慢できない、触って、挿れてと甘ったるい声でせがむと、輝彦は幸人の望み通り、後孔に触れた。 「そんなに欲しいの? どうしちゃったの一体……」 「ん、んんんん……っ!」  いつの間にローションを準備したのか、粘膜を押し割って入ってくる指に幸人は身体を震わせる。何度か繋がるうちに、輝彦の形を覚えた場所。そこに触れられると、色んな感情が一気に押し寄せてくる場所だ。 「はい……っ、入った? 輝彦の指、入った?」 「入ったよ……。うわこれキツそうだな……」  輝彦の言う通り、幸人の後ろは指をぎゅうぎゅうと締め付けている。中の指が動き、思い通りの刺激を受けて、幸人は悶えた。 「ああ……っ、もっと……!」  ゾクゾクして身体がどんどん熱くなる。指だけでこんなに熱くなってしまったら、輝彦が入った時にはどうなるのだろう? こんなにも彼のことで頭がいっぱいになるのは初めてだ。 「ホント、どーしちゃったの幸人」  かわいいけど、と輝彦はすぐに指を増やした。少しの圧迫感に小さく呻いたけれど、すぐに脳が灼けるほどの快感に襲われる。 「ああ……っ、輝彦っ、いい……気持ちいい……っ!」 「ふふ、……まだ指だけだよ? そんなにいいんだ?」  心なしか上擦った輝彦の声に、幸人はコクコクと頷いた。輝彦のすることは全部気持ちいい。なぜなら彼は、幸人の全部を受け入れてくれるから。  そう思ったら一気に頭が白くなった。全身が制御できないところで震え、ぐぅっ、と呻いて背中を反らすと、驚いたような顔をしている輝彦がいた。 「……反応いいと思ったら、……もしかしていっちゃった?」 「う……」  ずるり、と指が抜かれる。その刺激ですら身体が震え、幸人は堪らなくなって起き上がった。

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