58 / 58
告知用ショート 幸せな時間
ある土曜日の昼下がり。幸人はいつものファストフード店で、店の外を眺めながらホットキャラメルラテを飲んでいた。
季節は冬。外では雪がチラつき、行き交う人は寒さからか、心なしか早足だ。
「どうりで寒いと思ったよー!」
ガラス窓のすぐそばを通る女性の声がする。その隣には手を繋いだ男性がいて、女性の声も楽しげに弾んでいた。二人の赤い糸がしっかりと結ばれているのを見た幸人は、目元を緩ませる。
恋人かな? それとも夫婦かな? 何にせよ仲が良いのは良いことだ、とホットキャラメルラテを啜る。
続いて、小さな子供を二人連れた夫婦が通り過ぎた。子供たちはふわふわと落ちてくる雪を捕まえようとはしゃぎ、雪だるま作れるかな? と両親を振り返っている。
以前は、赤い糸で結ばれた人ばかり見ていた幸人だが、最近はそうでもない。
恋愛をしていなくても、幸せそうな人は案外たくさんいるものだ、と気付いたからだ。
友達と笑い合う高校生、スマホで雪を撮ろうとするお爺さん、周りの目など気にしないと言わんばかりのパンクファッションの女性。店内にも目を向けると、一心不乱に横向きに持ったスマホをタップしている中年男性、参考書を開いてひたすら勉強をしている中学生らしい女の子がいる。何かに夢中になっていることは、それ自体が幸せなのかな、と幸人は思った。
そうなると、一人に夢中になる恋愛というのも、幸せなことだと感じるのも納得だ。
(でも実際、苦しいことも多かったな)
自分の場合、見て見ぬふりをしていた部分が多かったからだろう。一人でも大丈夫だと思い込み、利用されているのに、頼りにされているのだと思い込んだ。結果、自分にとっての幸せを考えたら、それはまったくのまやかしだったのだ。
「……」
幸人はつい、顔がニヤけそうになってキャラメルラテを飲んで誤魔化す。恋人である輝彦の存在が、自分を救ってくれたと言っても過言ではないな、と大袈裟なことを考えたからだ。
現に、今のほうが断然幸せだと感じる。自分の周りにいてくれる人のことを考えて、胸が温かくなるなんて、今までの自分にはなかった感覚だ。
すると、テーブルに置いたスマホが震える。見ると輝彦からの【もうすぐ着く】のメッセージ。直後に可愛らしいクマのキャラクターが、平謝りしているスタンプも送られてきた。
幸人はくすりと笑う。
「急がなくてもいいよ」
つい独り言を言いながら、返信する。すると赤い糸が、一気に腕を巻き上げていった。輝彦はどうやらとても嬉しかったらしい。しかも赤い糸はさらにクルクルと動き、ハートマークを作った。こんな器用な動きを見せたのは初めてだったので、幸人は噴き出しそうになって慌てて堪える。
(ほぼ毎日会ってるのに)
会えると思うと嬉しい。こうして恋人を待っている時間も愛おしい。輝彦の存在は、幸人の世界をより鮮やかに、温かくしてくれた。
「幸人!」
そんなことを考えていると、恋人の声がする。振り向くと急ぎ足でこちらに来る輝彦がいた。
「ごめん遅れて……って、またホットキャラメルラテ飲んでる? この間は、たまには違うのも飲んでみようかなって言ってたのに」
「うん、……ふふ、やっぱりこれに落ち着いちゃうんだよね」
幸人は話しながら隣に座った輝彦に微笑みかけると、赤い糸が頬を撫でる。それがくすぐったく感じて肩を少しだけ竦めると、今度は目尻のホクロを撫でられた。しかし感情を隠すのが上手い輝彦は、爽やかに微笑んでいるだけだ。
(運命の赤い糸……か)
輝彦の糸の動きは、ほかにないものがある。感情が正直に出る彼の糸――彼の糸だけがほかと違うというのは、まさに運命だったのかもしれない。
「そういえば、輝彦のお父さんはなんて言ってた?」
「ああうん、もう少しで落ち着くからそのあとかなって……」
二人で一緒に生きていきたい、とお互いに話し合ったあと、幸人は折を見て両親に輝彦を紹介した。次は輝彦の父親に、と思ったけれど、なかなかタイミングが掴めていない。
輝彦は眉を下げる。
「ごめんな? なんせ仕事人間だから……でも、幸人と幸人のご両親には一度会っておかないと、って親父は言ってたよ」
すり、と糸で頬を撫でられ、幸人は輝彦が嘘をついているわけではないと悟る。それなら仕方ない、と苦笑すると、輝彦はテーブルに肘をついて笑顔でこちらを見つめてきた。
「可愛い恋人だって言ったら、笑って『そうか』だって」
「ちょ……っ」
何を話しているんだ、と幸人は顔が熱くなる。当然、輝彦の父親には幸人が男だということも話してあるし、幸人の両親に挨拶済みなのも伝えてある。輝彦の父親は、輝彦の恋人が同性でも抵抗がない印象を持っていたけれど、そんな惚気まで話しているとは。……正直、恥ずかしい。
「……照れてる? 顔赤い」
クスクスと笑いながら、輝彦の赤い糸は頬や目尻のホクロ、唇まで撫でてくる。愛 でモードのスイッチが入ったな、と幸人は熱くなった顔を冷ますために大きく息を吐いた。
「実際にご挨拶する時のプレッシャーになるじゃないか……」
「そう? 感じたままを言ってるだけだよ?」
ニコニコと笑う輝彦は表向きは爽やかだ。からかっているな、と幸人が少し彼を睨めば、赤い糸で唇をつんつんされる。どうやら彼はキスがしたいらしい。
「さ、雪が強くなる前に。このあとどーする?」
色事など微塵も感じさせない笑顔に、幸人は内心両手を挙げて降参ポーズだ。幸せそうな輝彦の笑顔を、幸人はずっと見ていたい、と思ってしまうのだから。
そして、輝彦が言うまで雪がチラついていたことなど、幸人はすっかり忘れてしまっていた。自分も輝彦に夢中なのかな、と照れくさくなり、誤魔化すようにキャラメルラテを煽るけれど、中身はもうなくなっている。
「そうだなぁ……」
恥ずかしいけれど、やっぱりこんなやり取りも楽しいし、嬉しい。
幸人はハッキリと言葉にすることはせず、机の下でこっそり輝彦の手を握った。
☆
ここまで読んでいただきありがとうございます!
情報が解禁されましたのでお知らせです。
この度ラヴィノベルズ様より、タイトル「運命の赤い糸に溺愛されてます」として電子書籍で発売することになりました!
上下巻に分かれていまして、発売日は1巻…2025年2月23日、2巻…同3月1日(幸人の誕生日!)です。
詳しくは活動報告や私のX、ラヴィノベルズ様の公式HPやX公式アカウントなどをチェックしていただけると嬉しいです。書き下ろしいっぱい書いたので読んで欲しい……!
よろしくお願いしますー!
大竹あやめ
ともだちにシェアしよう!

