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切欠は些細な事から-4-A-

「……はぁ……」  広々とした湯船に肩までつかりながら、洋佑は天井を仰いだ。  レストランを出てから買い物を済ませ、佑の予約した部屋に来た──までは良かったのだが。  多分……もしかしなくても、そこそこ──いや、かなり良い部屋だ。  広々とした室内。先程のレストランからの夜景もすごかったが、ここの部屋のソファから見る夜景も凄い。  レストランではしゃいでいた自分が少し恥ずかしくなって、ぶくぶくと湯船の中に沈む。  それにしても──先にこの部屋に来ていたなら、レストランの夜景で喜ぶ真似なんてしなくても良かったのに。  佑に自分をからかったり、馬鹿にしたりする意図がないのは分かる。それでも──勝手な言い分だが、妙にもやもやとしてしまって、一人湯船の中で時間を潰してから外へ。 「……良かった。のぼせたのかと様子を見に行くところでした」  先に風呂に入っていた佑に出迎えられる。ごめん、と微かに苦笑を浮かべた。 「広い風呂が気持ち良くて……つい」 「マンションとかの風呂だと、足伸ばせないですもんね」  うん。  頷くも生返事。ソファに座る佑の隣へと腰を下ろし、首にかけたタオルで髪を拭こうとするが、すぐに動きが止まってしまう。 「…………どうかしました?」  遠慮がちな問いかけ。慌てて笑みを浮かべた。 「ごめんごめん。こんないい部屋に泊まったことなかったからさ。ちょっと…びっくりした、というか」 「あの……やっぱり、僕と一緒じゃ」  違う違う、と慌てて否定する。 「本当にお前が嫌とかじゃないんだ……いや、自分に嫌気がさしてるというか」  バスタオルでがしがしと頭を拭いた。変に格好をつけて、佑が嫌な思いをする方が嫌だから、正直に言おうと思う。 「こんな凄い部屋、予約出来るなら、レストランだって自分で来れたろうに……なんで?って思っただけ。要は嫉妬……なのかな?俺が大人げないだけだと思う」  上手く説明が出来なくて、また少し考える。 「……多分。俺の中ではお前がまだ「ちょっと手のかかる後輩」で。実は俺より凄いこと出来るって分かって……俺の手なんかいらなかったんだな、って分かったのが、寂しい、というか……まあそんな感じ」  だから気にするな、と。  やっぱりうまく説明は出来ない。少し目線を泳がせていると、佑が首を左右に振った。 「そんなことないです!」  珍しく強い口調。驚いて佑を見ると、じっと自分を見つめている。 「朝野さんがいたから、僕……こんな部屋に泊まってみたいって思ったし。レストランだって……前の焼肉だってそうです。一人だったら、絶対行こうなんて思わなかった」 「お、おう?」  勢いに気圧されて、ソファの上を後退ると、その分距離を詰められる。 「…………ごめんなさい。本当は──朝野さんが喜ぶかなって思って。この部屋、とりました」 「俺が?」  頷く。今度は佑の方が情けない顔になった。 「……僕。本当に人付き合いが苦手で……自分なりに色々気遣ったつもりが、相手を怒らせたり、呆れさせたりしてばっかりで……でも、朝野さんはちゃんと僕を見てくれて」  ぺたりと背中がソファについた。完全に覆いかぶされる形で洋佑は佑の顔を見上げる。 「お店とかも…喜んでくれたし。凄いって褒めてくれたから……それが凄く嬉しくって。もっと……喜んで欲しくって」  ぽたりと頬に落ちるのが、佑の涙だと気づく。拭ってやろうとバスタオルを手に持ち替えた。 「僕……朝野さんが好きです」  突然の告白に動きが止まる。バスタオルを持ったまま、佑を見上げた。 「ごはんちゃんと食べてるのかな、とか……色々考えるうちにわかったんです。僕、朝野さんが好きなんだって」 「ちょ、ちょっと…待って」  続けての言葉に困惑が浮かぶ。佑の肩を掴むと、押し返すようにして姿勢を戻した。  改めてソファに腰を落ち着けた後、ぼろぼろと泣いている佑の顔をタオルで拭う。 「……ごめんなさい」  顔を拭われながら、佑が謝ってくる。使いかけではあるが、とりあえず自分のバスタオルを渡して顔を拭くように伝えた。 「謝らなくてもいいよ……お前、本当いきなり爆弾ぶっこんで来るな」  そういえば、最初の時もいきなり抱き着いてきたっけか。  思い出して洋佑は少し笑ったが、佑の表情は晴れないままだ。 「…………怒ってないんですか?」 「なんで怒る?」 「……いきなり、こんな泣いたり。好きとか言ったりして……めんどくさいとか、そういうの」  タオルに顔をうずめたまま不明瞭。落ち着かせようと軽く背中を撫でる。 「びっくりはしたけど。めんどくさいとか、怒るのはちょっと違うかな」  背中を撫でていた手で、ぽんぽん、と軽く叩く。 「佑が一生懸命なのは分かってるから。だから、ゆっくりでいいから。ちゃんと話してくれないかな?」 「……僕が朝野さんを好きな理由?」  そうではなくて。 「佑がどうしたいか、かな。これからも、俺と飯を食ったり、どこか遊びに行ったりしたいか?」  頷く。うん、と洋佑も頷き返した。 「俺も、佑と飯を食ったり、どこかに遊びに行ったりしたい。でも────」  佑はそれだけでいいのか? 「…………」  沈黙。何時間も待った気がするし、1分も経っていないような気もする。やがてゆっくりと口を開く。 「…………僕は。朝野さんに触れたいです。……手をつないだりとか……」  言い淀む。 「キスしたり、セックスしたり?」  聞き返すと、佑の顔が真っ赤になった。分かりやすく慌てる様を見ると、少し可愛いと思ってしまう。 「あ、あ、あ……の。したい、けど。そんな急にしたいわけじゃなくて。順序だてて……、じゃなくって。その……」  手にしたバスタオルを握り潰しそうな勢いで力を込めている。背中ではなく、手をぽんぽんと叩いてやると、力が抜けた。 「えっと……僕は朝野さんが好きです。でも……それは僕の気持ちで、朝野さんの気持ちじゃないから。だから、朝野さんが嫌なら僕は手を握ったりできなくていいんです。でも──」  一緒にご飯は食べて欲しい。 「でないと……僕、朝野さんが倒れていないか心配で。何も手につかなくなるから」 「…………俺、そんなに頼りない?」  一応年下の相手にそこまで心配されると、少し自信がなくなる。 「……食生活に関しては」  はっきり言われて言葉に詰まる。 「でも……他の事に関しては、僕は朝野さんを尊敬しています」  これもはっきり言われて、また言葉に詰まった。 「朝野さんは……僕の事。どう思ってますか?」  当然の問い。少し考えると、ゆっくりと口を開く。 「正直……俺は、さっき言ったみたいに。手のかかる後輩、だと思ってたし。一緒に居て楽しいとは思ってたけど、お前みたいにキスしたいとか……そういうのは考えていなかった」  だから。 「一回してみるか?」 「え?」  間の抜けた声。多分、今まで見た中で一番驚いた表情なのではないだろうか。 「お前にしたら、大事なファーストキスかも知れんが。俺は経験ないわけじゃないからさ。一回やって、やっぱり違った、ってなったらそれはそれでいいからさ」  だから、ほら。  両手を広げる。おいで、と言うように首を傾げると、困惑したままの佑が恐る恐る指を伸ばしてきた。  熱いものを触るかのように、指先が迷う動き。仕方ないな、と腕を引いてこちらから抱きしめると、驚きで硬直したのが伝わってきた。  暫くの間、洋佑の胸に顔を押し当てたままじっとしていたが、やがて恐る恐る指先が動き、そっと洋佑の背中へと掌が押し当てられる。  洋佑はあえて何も言わずにいた。嫌だと思えばすぐ離れて行けるよう、自分の腕は緩めてある。 「……洋佑さん」  朝野さん、ではなく。小さな声で名前を呼ばれた。 「ん?」  返事をすると、背中に回された手に力が籠る。 「……洋佑さん、洋佑さん……」  何度も名前を呼ばれた。その度にうんうんと頷き返しながら、背中を撫でる。しばらくそうしていたが、やがてゆっくりと顔を上げる。 「……」  背中に回された手が握ったり開いたりを繰り返している。自分を見ては視線を逸らすその動きに、言わんとする事を察して目を閉じた。  触れ合わせた身体が跳ねるのを感じる。その後、やや間を置いてから、頬に触れる柔らかい感触。びっくりしたようにすぐに離れた後、もう一度。先程よりは長い。  そうやって何度か頬や鼻先に口づけられた後、動きが止まる。 「……?」  長い沈黙。もしかして寝てしまったのかと思って片目を開くと、思いつめたような佑と目が合う。 「……どうした?」  両目を開く。固まったままの佑が、あ、と声を上げて目を伏せた。 「…………本当に、いいの?」  緊張しているのか、敬語もなくなっている。もう後輩ではないのだから敬語は使わなくてもいいのでは、とずっと思っていたので、そのこと自体に不満はないのだが。 「いいよ」  馬鹿にしている訳ではないが、佑は自分に夢を見過ぎている気がする。一体どれだけ特別な人間だと思われているのか。  だから──ただ口付けただけで何が起きる訳でもない。そんな自分を見て、がっかりするかもしれないことだけが唯一の懸念と言えば懸念かも知れない。  頷いた後で眼を閉じた。  また間を置いてから、柔らかい感触が唇に触れた。ぎこちない動きに、やっぱり可愛いな、と思ったが、嫌悪感はない。  すぐに離れては触れ合わせ、を繰り返すのは先程と同じ。ただ、時折、啄んだり吸い上げたり、軽く歯を立てたり……と、動きに変化が現れてきた。 「よ、うすけさん……」  名を呼ぶ声が熱を帯びている。抱きしめていた腕が引き抜かれて行き、両頬へと添えられた。再び重なる唇を割るように舌先が入り込んできた。 「っ……」  反射的に身体が跳ねる。ためらいがちな動きではあるが、熱を帯びた舌が歯列をなぞり、口腔内を探られると小さく吐息が零れる。 「……、ふ……」  不慣れ故に加減を知らない。一切の配慮なしに探られる息苦しさに思わず頬の手を掴んで離させた。 「っは……、…息、…できな」  い、と続ける前に再び塞がれる。ソファの座面に押し付けられ、身動きも封じられた。ろくに呼吸も出来ぬまま、また口内を探られて力が抜ける。 「───は……」  次に解放されたとき、遠慮なく唇を開いて息を吸い込んだ。は、は、と乱れた息をさせながら目を開く。 「……洋佑さん。…可愛い」  何処か酔ったように。うっとりとした目つきで唾液に濡れた唇を撫でる。 「ゆ、うき…ちょと……ま、て」 「……うん。待つよ」  返事だけは可愛い。のに、腕を掴んだ力は緩めないし、熱を帯びた眼の色は──── 「……洋佑さん……もういい?」  いいよね、と返事も聞かずに再び口付けられた。 ────これは火をつけてしまったのかも知れない。  キスぐらい、と思っていたが。このままだと最後まで─────って、男に抱かれる方の経験はさすがにない。  というか、やり方も分からない。  先程の余裕はどこへいったのか。頭の中が真っ白になって固まってしまった洋佑とは対照的に、見下ろす佑の表情はどこか恍惚として、余裕すら感じる。 「……僕…頑張って、気持ちよくするから」  心底嬉しそうに。洋佑の頬を撫でる佑はそう呟いて、何度目かの口づけを落とした。 

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