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自分だけが見る彼の顔-5-C-
ざー……
水の音がする。雨でも降っているのだろうか。
いや──直接肌に当たっている。でも冷たくない。雨なら冷たいはず────……?
「…………あれ」
薄く眼を開く。ゆっくりと体を起こそうとするが、動けない。何で……?
「あ、起こしちゃった?」
頭の後ろから声がする。まだ半分眠っている意識をはっきりさせようと何度か瞬きを繰り返し、漸く現状が見えてきた。
ここはバスルームだ。バスタブの中。自分は佑に抱きかかえられた格好でシャワーを浴びていた──というか、浴びさせてもらっていた、というべきか。
ぬるめの湯が肌を流れていく感覚が心地いい。後ろにいる佑の方へ向き直ろうとすると、意図を察して腕が緩んだ。
改めて佑の方へと体を向ける。自分の部屋にあるバスタブよりは広いが、男二人で入ればそれなりに狭い。
足を踏みつけないよう気を付けながら向きを変えて座り直す。
「……えっと…俺、寝ちゃってた?」
シャワーを止めようと腰を浮かせた佑の動きを見送る。湯の流れが止まり、シャワーヘッドを置いた後で佑は座り直した。
「うん……寝た、っていうか…気を失った、のかな?」
大丈夫?と顔を覗き込まれて思わず視線を逸らす。バスタブの中で膝を抱えるように腕を回して座り直した。
「あ、……いや……その…」
何か言おうと口を開くが、上手く言葉が出てこない。結局、
「大丈夫」
とだけ返した。
視線を下げれば、己の身体が目に入る。まだほんの少し赤い乳首が視界に入ると、身体の奥が熱くなる気がして膝を抱える腕に力を込めた。
「……ごめんな。……ちゃんと出来なくて」
最後。思い返すと自分の身体が佑を拒否したように感じて眉を下げた。
「ううん。僕こそ……無理させてごめんね」
伸びてきた指が頬を撫でる。びく、と体が跳ねる。緩々と優しい動きで頬を撫でられ、ゆっくりと顔を上げる。
距離が詰まる。自然と眼を閉じ、立てていた膝を下ろして自分からも顔を寄せた。
「────」
触れ合わせただけで離れる。もう一度、と繰り返されるうちに、顎を捉えられ、深く長く重ね合わされる。
「…っ…ん、……」
口腔を探られるだけで肌が熱くなる。初めてキスした時の余裕なんてもうなかった。優しい動きで丁寧に口腔を探り、引き抜かれて行く舌をぼんやりと見送る。
「……たすく」
「何?」
答える合間に首筋へと顔を埋められる。狭いバスタブの中、自然と体が触れ合ってしまい、肌の熱が伝わってくる。それだけで心臓が跳ねるような気がして息を飲む。
「……俺…、…ちゃんと、したい」
佑の動きが止まる。首筋へと埋めた顔を離し、洋佑の顔を覗き込んだ。
「……洋佑さん?」
すぐそばで見つめられると恥ずかしくなる。眼を伏せたまま息を飲みこむ。
「今更……、だけどさ。さっきも、この前のホテルの時も……我慢させてばっかりだから……って、そうじゃなくて」
我慢させているのは事実。だが、この言い方だと佑のために自分を犠牲にする、というようにも受け取れる。そうではない。
「俺が……抱かれたい、から。あ、佑が、本当は俺に抱かれたいなら…そっち、頑張る、けど……」
語尾に行くにつれて声が小さくなってしまう。正直なところ、同性同士の行為については先日のホテルの後、少し調べた程度。
抱くとか抱かれたいとか、そういう話でもないのかも知れないのだが。
「……そんなに慌てないで」
軽く額へと口づけてから佑が笑う。
「焦ってするものでもない……なんて僕が言っても説得力がないかもだけど」
でも、どうしても、と言うなら。
腕が緩められた。何をするのかと佑の動きを見守っていると、萎えたままの自身の性器を洋佑の腹へと押し付けてくる。
「……、…何?」
「……あのね。ここ」
と言いながら、指が奥へと潜り込んでくる。堅く閉じたままのそこは、指先が動くたびにひくつき、一層堅く締まるような気配。
「──から。中に入って……」
指が会陰を滑り、腹の方へと。性器の先端を洋佑の性器の付け根に押し当てると、そのまま、肌を滑らせ、下腹を押し上げるように動かした。
「ここ。まで……僕のが」
臍の少し下辺り。指先で肌を押され、息が詰まる。
「洋佑さんの中。一杯にしてるって思いながら、して欲しい」
「するって……何を?」
答えない。下腹を抑えていた指先が洋佑の性器へと伸びた。
「…ッ、あ…」
緩々と指を絡めて扱き始める。ふ、と耳に息を吹きかけられて、大袈裟なほどに体が跳ねる。耳に息を吹きかけた唇がそのまま耳朶へと滑り、軽く歯を立てられる。
「……、こうして──ね?」
洋佑の手を取って、自分で自分のものを扱くよう導かれる。指を離そうにも、上から握った佑の指が絡められて解くにほどけない。
「…ぁ、ん……わ、かった……から。…も、……」
手の中の性器は既に熱を帯び、先端を薄く濡らすほど。ぐちゅぐちゅと水とは違う粘着質な音が響き始めると、佑はまた耳へと唇を寄せた。
「ここ」
念を押すように。扱く手と逆の手で下腹を押されると、声が高くなる。呼吸に合わせてひくつく後孔の縁はまだ堅く、緩む気配はないが、佑の指は先程の行為を意識させるように何度も襞や下腹をなぞり上げる。
同時に自身を追い詰める手の動き。いや、もう佑の意志は関係なく、自分で動かしているかも知れない。
羞恥と快感とでぐちゃぐちゃになった洋佑の眼に浮かんだ涙や、伝う唾液を時折優しく吸い上げながらも、佑は動きを止めない。
「んんっ……は、……あ、ァ…、佑、…で……そ…、…」
────達っていいよ。
囁くと同時に下腹を押される。中からではなく、外からの圧迫に背筋が震えた。同時に吐き出された白濁が互いの指や肌を汚していく。
「ふ……は、……」
達した直後の倦怠感。ぼんやりと視線を彷徨わせている洋佑へと佑は柔らかく口づけてから笑う。
「……覚えた?」
ぼんやりとした意識の中で頷くと、嬉しそうに再びシャワーで肌を流し始める。気力も体力もなく、ただその好意に甘えた。
互いの肌を流した後、出ようと促されて立ち上がる。
ふらつく足取りを支えてもらい、バスルームから出た後も体を拭いてベッドルームまで。ベッドに腰を下ろすと同時に小さく息を吐き出した。
「疲れちゃった?」
佑に問われて、素直に頷く。
「疲れたっていうか……色々…あったな、って」
横になりながら正直な感想。不快だとかそういうマイナスの感情ではないが、とにかく色々とありすぎた。
「……そうだね。……確かに色々たくさんあったから……寝れないかも」
横になった体へと後ろから腕を回された。そのまま鼻先を髪に埋めながら、おやすみなさい、と告げられる。
「……お休み……ちゃんと、寝ろよ」
うん。と頷きは返ってくる。背中から伝わる体温も鼓動も、ゆっくりしたものであることに安心したのか、洋佑の意識はすぐ眠りに落ちた。
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