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知らなかったこと-C-
二人の予定を合わせて、長期でゆっくり過ごせる場所がいい──で、佑が選んだ場所。
温泉付きのプライベートヴィラ。周囲の眼も気にせずにゆっくり過ごしたいから選んだ、と上機嫌で報告してくる佑を前にすると、まぁいいか、となってしまう。
宿につけば、広々とした部屋に贅沢な家具や露天風呂。自分たち以外にも宿泊客がいるはずなのに、人の声もスタッフの気配すら感じない。
家に居るのと変わらない──というには、贅沢が過ぎる環境ではあるが──リラックスしすぎる程の居心地の良さに、洋佑はすっかりだらけていた。
「……」
眺めのいいテラスに置かれたハンギングチェアの上。心地よさそうに昼寝している洋佑の格好は、部屋着──というか、バスローブ一枚。
くつろぎきった寝姿。持ってきた飲み物を佑は静かに置いた。
ここだと会社に行くために洋佑が部屋にいない──ということはなく。朝も昼も夜もずっと一緒にいられることだけでも嬉しいのに。
乱れた合わせ目から見える肌。薄くなった痕の上から重ね付けした行為の数々。思い出すだけで熱が上がりそうになって、佑は緩々と頭を振った。
どれだけ求めても、求められても足りない。とはいえ、身体に負担のかかる行為でもあるから、洋佑が眠っている時は無理に起こしたりはしたくなかった。
ただ──
──傍にいるくらいは……いいよね?
二人で乗っても十分な広さのハンギングチェアだが、体重をかければ、その刺激で起きてしまうかも知れない。
だから、別の椅子を持ってきて、腰を下ろす。起きるまでは洋佑を見ながら、時々本でも──
「……──」
佑の動きが止まる。寝言──?
「……ん、……たすく、それ……あかんて」
「…………え?」
佑の動きが止まる。寝言……なのは確かなようだ。多少身動ぎはしたが、洋佑の眼がまだ閉じられたまま。
でも、今自分の名前を──いや、それよりも。
「むり……や、……か、ら……」
もぞもぞと寝返りを打つと、顔がクッションに沈み込み、声が途切れた。思わず身を乗り出して、チェアを揺らしてしまいそうになる。
「っ……」
何とか伸ばした指を引き戻す。のんびり読書──なんて気分は吹き飛んでしまった。
早く目を覚まして欲しい。
聞きたいことが頭の中をぐるぐると回ってどうしようもない。はー、と大きく息を吐き出すと、シャワーでも浴びて頭を冷やそうかと立ち上がった。
「ん──たすく?」
背後からかかる声。今度は寝言ではない。
「洋佑さん?」
振り返ると、よいしょ、と身体を起こす洋佑。肩から滑り落ちたバスローブを引き上げながら、緩い笑みを浮かべて佑を見ている。
「おはよ……ごめん、寝ちゃってたな」
いつも通りの洋佑の姿に自然と笑みが浮かぶ。先程置いた飲み物のボトルを手渡しながら、自分も座り直した。
「洋佑さん、そのソファお気に入りだよね……今度、自宅にも置く?」
「いや、いいよ。ここにあるからいいんだよ、こういうのは」
座り直した後、受け取ったボトルに礼を言いながら口をつける。一息つくのを待ってから、
「あのね、洋佑さん。聞いていい?」
「うん?」
どこか慌てたような佑の声に洋佑は動きを止めて続く言葉を待つ。
「……洋佑さんって関西の人なの?」
「え、あー……うん。言ってなかったっけ?」
聞いてない。というか──
「全然……分からなかった。訛ってないし……」
「こっち来た時、大阪弁のやつと仕事なんかできるか、って言われてさ。頑張って直した」
油断すると出るんだけどなー、なんて明るく笑う。
「……さっき。寝言で言ってた。僕の名前」
「それでか。ごめんな、別に隠してるつもりはなかったんだけど」
いいよ、と首を振る佑が立ち上がる。洋佑を逃がさない、と言うようにハンギングチェアの前に立った。
「聞きたい……もっと」
「?何が──」
問いかける途中で顔に落ちる影。柔らかい口付けに肩が跳ねる。
「洋佑さんの声……僕の名前……呼んで欲しい」
「佑?」
そうじゃない。と再び口付けられる。今度は先程より深く。両手で頬を包み込むようにしながら、角度を変えて、啄まれる。
「……っ、ん、?、……」
意図が分からない。その困惑が語尾に滲むが、佑は動きを止めない。洋佑も完全に拒むのではなく、両腕を佑の首へと絡め、ソファに背中をつけていく。
「……大阪弁?……だっけ。もっと聞きたい──」
滑る手がバスローブの中へと。自分がつけた痕を辿るように指先が肌を這い、紐を解いた。自然と開く合わせ目。
肌が外気に触れる面積が増えると、肌寒さに小さく体を震わせる。
「そ、な……急に、言われても」
唐突の要求に困惑したまま。ぎし、とチェアが軋む。
「聞かせて」
きゅ、と指腹が洋佑の乳首を摘まみ上げた。びく、と身体が跳ねると同時、チェアが大きく軋む音が響く。
「うぁ……だ、から、て……」
「だめ?」
要求としては難しいものではないのだが。改めて「話せ」と言われると、どうにも気恥しく。意識すればするほど、素の言葉とは違う「標準語」になってしまう。
その度に佑の指や舌が肌に触れてくるのに、声を上げて体を揺らす。
「い、しきしたら……むずかし、から」
自然と崩れるまで待って欲しい。
そういうつもりだったのだが。
「……じゃあ。そんな余裕ないくらい、気持ち良くしたらいい?」
そうじゃない。
そうじゃない──のだが──
「…………それ、なら……出来る、かも」
妙に一生懸命な佑が愛しく思えて。ほんの少しからかってみたい、という悪戯心も手伝って、頷いてしまった。
その結果が、今の状況。
不安定なチェアのクッションの中。大きく開かされた足の中心で揺れる性器からは白濁が零れ落ち、腹や胸を汚している。
ばつ、と肌を打ち付ける音と、チェアの軋む音に混じり、洋佑の口から甘い声が零れる。
「ぁ、あっ、たすく、……も、無理や、って……さっきから、言うてる……やんか」
きゅう、と腹がひくつく。埋め込まれた熱が動くたび、潤滑剤と白濁の混ざったものが掻きだされ、肌を濡らすことでさえ刺激に感じられて、洋佑はまた腰をくねらせた。
「うん……でも、僕はもっと聞きたい」
ぎし、とまたチェアが鈍い音を立てた。同時に肌のぶつかる音と──
「──っ、ふ…………ほんまに、あかんて、むり……」
弱々しい洋佑の制止の声。は、は、と短い呼吸を繰り返す口端へと口付けた後、佑は上唇だけを軽く食んでから離れる。
ずる、と引き抜かれかけた熱にほっとしたところを、また奥へと埋め込まれて、洋佑の身体が跳ねる。
「~~~~~ッ……ぅ、あ……っ、あ、……」
もはや方言か標準語か、なんて分からない。お互いに与え合う快感を貪るだけの行為。
不規則に軋んでいたチェアの動きが止まり、甘く響いていた声が途切れた後。
バスルームへと移動した二人は、ぬるめのシャワーを浴びていた。
「………腰、だるい」
バスチェアに座った洋佑がぼそりと呟く。後ろから洋佑の身体を支えながら、シャワーで身体を流していた佑が小さく笑った。
「だって……洋佑さん、中々話してくれないんだもん」
「…………話しても──」
「うん。もっと聞きたくなった」
ごめんね。
ぎゅ、と抱きしめられる。一生懸命な佑に何とも言えない感情が沸き起こり、途中までは意識的に話さないようにしていたかも知れない。
が、途中からは完全に「素」の自分になってしまった。何を口走ったかもうろ覚え。それ以上に──
「俺も──気持ち良かった、から、いいよ」
こうして話している間にも腹の奥が疼くような気がする。さっきまでは、もう無理だと思っていたのに。
「……洋佑さん」
シャワーを止めた佑に抱き締められて、洋佑は視線を向ける。
「何?」
「……また、聞かせてね」
大阪弁。
そんな改めて約束するようなものでもないのだが。妙なおかしさに笑みを浮かべながら頷いた。
「いつでもええよ」
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