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24 勝手に期待してしまいます

 週明けすぐ、冬磨から連絡が来た。  仕事中にめずらしいな、とドキドキしながら、給湯室に移動してアプリを開く。   『天音、金曜泊まりで。強制。以上』    そのメッセージに俺は固まった。  強制って……。え……どうしようっ。  絶対気持ちダダ漏れるってば。無理だってば。そんなに長い時間ビッチ天音になりきれないよ……っ。  でも、これを断ると今週は冬磨に会えないんだ……。  それは嫌だ。でも……。   「へぇ、泊まりねぇ。強制って。ずいぶん強気な子ね」    横から聞こえてきた声に慌てて振り向く。  姉御の松島さんがスマホを覗き込んでニヤニヤしてた。   「星川、顔真っ赤。へぇ、好きな人とはもうそういう仲なんだ。……え、冬磨?」  以前飲みに行ったとき、珍しく恋愛話になって好きな人がいることを話した。でも、もちろんゲイのことは話してない。相手が男だとはわからないように話した。それなのに名前を見られた。見られてしまった。 「あ、あの、松島さんっ、これは……っ」    慌ててスマホを背中に隠して言い訳をぐるぐる考えた。  ゲイバレは別に怖くない。でも、ここは会社で今は就業中だ。騒動になったらまずい。  それに、松島さんの反応次第で噂の広がり方が変わる。どう転ぶのかわからない怖さに不安になった。 「あー……なるほど。山口さんは論外だったのね」 「……え、山口さん?」  突然の山口さんの名に首をかしげる。   「星川。それってもう恋人なの?」    と、松島さんは背中のスマホを指さす。  話がぽんぽん飛ぶ。今度は直球だ。   「あ……の。ちが……違います」 「まだ片想いか……」 「……は、い」    松島さんが眉を寄せて俺を見つめ、ため息つく。   「星川」 「は……はい」 「あんた心配すぎるわ。大丈夫なの?」 「……え?」 「そいつになんかいいようにされてるとか、脅されてるとかそういう――――」 「なっ、ないですないですっ!」 「本当に?」 「本当にっ! すっごい優しい人なのでっ!」 「…………文面に優しさの欠片もなかったけど」  たまたま見られたのがこれって、タイミングが悪すぎた。  松島さんの眉はさらに寄って、さては嘘ついてるな? と言いたそうに俺を見てくる。 「こ、これはあの、たんに強気風っていうか、俺が遠慮しないようにっていうか、そういう……感じです」 「……本当に大丈夫なの?」 「全然、大丈夫ですっ」 「……ならいいけど。なんかあったら相談しなさいね。いつでも。夜中でもいいよ。旦那連れて駆けつけるから」 「え……旦那さん?」 「あんまり言ってないんだけどね。警察関係なのよ」 「けいさ……つ……」  松島さんの心配の本気度合いがやばかった。 「ほ、本当にそんな心配いらないです。大丈夫ですっ。ありがとうございますっ」 「そう? まぁ、心の片隅に入れといて。それから……星川のことって他に誰か知ってるの?」  ゲイのことを言ってるのかな。意味ありげに見てくるからきっとそうだろう。 「あの、佐藤は知ってます。親以外は、佐藤だけ……」 「そうだったのね。わかった。誰にも言わないから安心して」  優しい笑顔で伝えられたその言葉に、ホッと息をつく。やっぱり突然バレるって怖いんだな、と実感した。  今日一日、俺は冬磨への返事をどうするかで頭がいっぱいで、まったく仕事に集中できなかった。ミスを連発し、上司に頭を下げながら、情けなくて申しわけなくて自分が嫌になった。  今日はまだ月曜日。たとえどんな返事をしたとしても、金曜日までは心が落ち着かないだろう。もし断れば、金曜日が過ぎてもずっと後悔することになる。  そう考えたら心が決まった。  帰宅後、気が変わらないうちにと着替えもせずにソファに座り、すぐにスマホを取り出した。  アプリを開いて『わかった』と一言だけ返信しようとして思いとどまる。ビッチ天音なら絶対文句を言う。  だから俺は『強制とか意味わかんねぇ』と送ってみた。  すると、秒で返信が来て心臓がドクンと鳴った。 『強制だからな』  泊まれば何もかもバレるかもしれないのに、わかっているのに、頬がだらしなくゆるむ。  だって今日はまだ月曜日。他のセフレだって簡単に捕まるだろう。でも、冬磨は俺と泊まることにこだわってる。誰かの代わりじゃなく、俺を金曜日に選んでくれた。幸せで胸がぎゅっと苦しくなった。  金曜日の冬磨を絶対に誰にも譲りたくない。そんなことをするくらいなら、朝までビッチ天音を演じきってみせる。  どうしよう。もう会いたい。明日が金曜日ならよかったのに。  そんなことを考えていたら、無意識に『会いたい』と打ち込んでいた。ドッと冷や汗が流れる。  俺は慌てて消して、ビッチ天音らしい言葉を打ち込んだ。 『終わったらすぐ寝るからな』  送信すると、またすぐに返ってきたメッセージを見て、俺はソファに倒れ込んだ。 『朝まで寝かせないけどな』           ◇     金曜日、冬磨とバーで落ち合った。  泊まりだからどっかで食事するかと言われたけれど、バーで食べたいと言ったら冬磨が笑う。    「なんで笑うんだよ」 「お前さ。マスター好きだよな?」 「……だったらなに?」 「いや? 可愛いなと思って」 「は? なにが? どこが? なんでマスターが好きだったら可愛いんだよ、意味わかんねぇ」  なにが可愛いと言ってるのか全然わかんない。冬磨はなにも答えずクスクス笑ってメニューを見てる。 「なになに、天音、俺が好きなの?」 「えっ」  俺たちの飲み物をテーブルに並べながら、マスターが俺を見てニヤニヤする。  思わず素で動揺してしまった。慌てて無表情を装って考える。なんて答えればいいの? ビッチ天音ならなんて切り返す? 「マスターが好きってか、バーが好きなんだよ。ここが気に入ってんの。そんだけ」 「なぁんだ、残念。俺も天音を誘ったらワンチャンあるかと思ったのに」  なにを言い出すのっ? そう思って言い返そうとしたら冬磨が先に口を開く。 「だめだ」  俺とマスターは目を見合わせて、そして冬磨を見た。  マスターが不思議そうに問いかける。 「なにがだめなんだよ」 「天音はだめ。こいつは簡単に抱いたらだめな奴だから」  冬磨の言葉に、マスターも俺も固まった。 「な、なに……言ってんだよ」  心臓が暴れて苦しい。なにその意味深な言葉。 「ん? なにって」  俺の耳元に唇を寄せて「トラウマ」とささやいた。  冬磨のささやきにゾクゾクしながら、あ、そういうこと……と納得する。  ……なにガッカリしてるの、俺。 「なんだよ、なんで天音はだめなんだ? 冬磨の特別か?」 「まあね。特別だよ。な?」  ふわっと俺に微笑んで、またメニュー表に目を落とす。  冬磨はマスターに、俺がトラウマ持ちだとは話さず誤魔化した。  マスターの冗談なんて聞き流せばいいのに、わざわざ『だめだ』と牽制してくれた。  周りから「聞いたか? 冬磨の特別だってよ」という声が聞こえてくる。  きっとあっという間に噂は広まって、俺がこの店で誘われることは無くなるだろう。  冬磨はそこまで計算してた……?  俺は冬磨以外はありえないから、誘いをいちいち断るのがしんどかった。だからすごく助かるけれど、そんなこと冬磨が知ってるはずがない。  俺がトラウマ持ちだから、これ以上セフレはいらないだろうと思った?  それとも、もう作らせたくなかった?  そんな深い意味はないとわかっていても、勝手に期待が胸に広がっていく。  もうこれ以上セフレは作るなよ、って冬磨に言われた気分になってしまう。  そんなわけないのに……ばかだな。  

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