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36 冬磨、俺を切らないで……っ
「結局今週びっちりだったな」
「ごめん、迷惑だよね、本当にごめんっ」
会社を出て、今日も敦司の家に一緒に帰る。
着替えようかと思ったけれど、冬磨には名札でスーツ姿を見られてしまったし、今後は会社からまっすぐ家に来いと言われたし、次回からはスーツで行こう。そう思ったから敦司の家にもずっとスーツで行っている。
いつ冬磨に気づいてもらえるか分からないから、今週は毎日敦司の家に押しかけていた。
迷惑をかけていると痛いほど分かってる。それでも、敦司のアパートに出入りしていることを冬磨に指摘されるまで続けたい。
ほかのセフレの存在を確かにさせたい。
前回失敗した分を取り戻して、冬磨に執着しない男だとアピールしなきゃ。
明日の金曜日は冬磨に会う。また週の初めに約束が入った。
もうずっと金曜日に誘われている。ほかのセフレは? と聞きたいけれど聞く勇気なんてない。
金曜日が俺で、ほかのセフレは平日になったのかな……。うん、きっとそうだ。
「別に天音が毎日来たってなんも迷惑じゃねぇけどさ。ビールももらえるし」
「そっか、よかったっ。ホッとしたっ。あ、今日なに食べる? 材料買って帰ろ」
「うーん。親子丼は?」
「いいねっ。それなら俺でも作れるっ!」
「なら材料あるからまっすぐ帰るぞ」
地下鉄に乗って二駅。会社から敦司の家までは本当に近い。冬磨の家にも。
途中のコンビニでビールを二缶買った。
毎回二缶買っている。敦司と彼女の分だ。敦司は一缶でいいというけれど、彼女にも悪いことをしてる気がして俺は二缶買う。それでなんとか許してもらえないかな。
「いいって言ってんのに」
「いいじゃん。たくさんあっても困らないよね?」
「そりゃ、ありがたいけどよ」
「でしょ?」
コンビニから少し歩くと見えてくるケーキ屋。
「あ、ねぇ敦司っ。俺久しぶりにプリン食べたいっ。ここの濃厚生プリンっ」
「買って帰るか?」
二人で店の前で足を止めた。
「あ……。明日冬磨の家に行くときにお土産に買って行くかな……?」
「……はいはい。お好きにどうぞ。顔赤らめてまぁまぁ」
「えっ、嘘、顔赤い? 俺これだけで顔赤いのっ?」
今は全然顔が火照ってる自覚がなかった。冬磨と一緒の時なんてもっと顔が熱い。え、もしかして俺いつも顔赤いのっ?
ケーキ屋の前でそんなやり取りをしていると、不意に敦司が声をひそめた。
「おい、なんかじっと見られてるけど。すげぇイケメン。あれもしかして……」
「えっ」
すぐ反応しそうになった俺を敦司が止めた。
「ばか。すぐ見るなよ。こっそり教えた意味ねぇだろ」
「そ、そっか」
「そこの本屋の前」
ケーキ屋の少し先に行ったところの本屋の前。ゆっくり顔を向けると冬磨がこっちを見て立っていた。
「とう……」
冬磨、と呼びかけようとしたら、冬磨は何事もなかったような顔で俺から視線をそらして歩き出す。
えっ、どうして? いま絶対目が合ったのにっ。
動揺しすぎて動けなくなった。
冬磨へのお土産に、とか話してた。
顔赤らめて、とか言われてた。
もしかして全部聞かれたっ?
冬磨の姿が小さく小さくなって、やっと声を絞り出す。
「あ、敦司……どうしよう……っ」
「やっぱあれがそうなんだ。すげぇじっと見てたぞ」
「き、聞かれたかも……っ」
「それは大丈夫じゃね?」
「だってっ、じゃあなんで何も言わず行っちゃうのっ?」
「セフレだから外では知らんぷり、とか?」
「……そう、なのかな……」
冬磨の無表情な顔が頭から離れない。
「とりあえず帰るぞ」
「……うん」
敦司に背中を押されて、俺はなんとか歩き出す。
そういえば、いつも冬磨の家が近くなってからビッチ天音を演じて無表情になっていたけど、今は完全に素の俺だった。
どうしよう……冬磨どう思ったかな……。
演技してるってバレたらどうなっちゃうんだろ……。
なんであんな演技してたんだって言われても何も言い返せない。
怖い……お願い……冬磨、俺を切らないで……っ。
敦司の家に着いてから、俺は何もする気力が出ずにソファの上で膝を抱えて座ってた。
「天音、飯できたぞ」
結局敦司が作ってくれた親子丼。
でも、胸が苦しくて喉が通らない。
「ごめん……敦司……」
「別に俺に謝んなくていい。お前さ、最近すげぇしんどそうだけど。マジで大丈夫か?」
「……大丈夫……じゃない。冬磨に切られるかも……」
「いや、うん。あれは俺らと次元が違いすぎるな。そこらの芸能人よりよっぽど美形じゃん。お前よくあんなんに近づけたな」
あきれたような感心したような顔で親子丼を食べる敦司を、ただただ眺めていた。
なんでもっと気をつけなかったんだろう。家の近くだけじゃなく、駅を出てからずっとビッチ天音でいなきゃだめだった。いや、地下鉄の中だってだめだった。どこで冬磨に会うか分からないのに……なにやってんの俺……。
後悔のため息が止まらなかった。
するとそのとき、ポケットの中でスマホの通知音が鳴った。
ビクッと身体が跳ねる。
誰……? もしかして冬磨……?
恐る恐るスマホを手に取った。
冬磨の名前が目に入ってまた身体が跳ねた。
冬磨からの『お前いまセフレの家?』というメッセージを見て、思わず声を上げた。
「あ、敦司っ!」
「……っ、なに、びっくりさせんなよ」
「と、冬磨、冬磨っ」
「おお、なんて来た?」
「いまセフレの家かってっ」
「やったじゃん。やっと気づいてもらえたな?」
敦司の言葉に、はたとなった。
「……そっか、そうだね、やっと……気づいてもらえた」
そうか、セフレと一緒だと思って、あえて何も言わなかったのかも。
セフレ同士が顔合わせるなんて嫌だよね。
ちょっとだけホッとした。
早くビッチ天音っぽく返信しなきゃ。
俺は『そうだけど』と素っ気なく返信する。すると、すぐにまたメッセージが届く。
『終わったら来て』
「あ、敦司っ!」
「今度はなに」
「終わったら来てってっ! どうしようっ!」
「……すげぇ趣味悪いな。ほかのセフレとやったあとに? うわ……」
「敦司っ! シャワー貸して! あ、ねぇっ! ローションない?!」
セフレと会ってるのに後ろ使ってないってバレたらだめだ。いつもよりガッツリ広げなきゃっ!
敦司はげんなりした顔で引き出しをゴソゴソして「あった、ゴムのおまけ」とローションを出してきた。
「敦司ありがと!」
俺はそれを奪い取るようにしてシャワーに駆け込んだ。
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