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40 俺はもう冬磨がいないと……
「でもさ、天音」
顔を上げた冬磨は、ふわっと優しい笑顔で俺を見た。
「お前、ちゃんと本命いんじゃん」
「……えっ」
ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。
まさか俺の気持ち、バレちゃった……?
「もうフラフラしてねぇでちゃんとしろよ」
冬磨が優しく笑って俺の頭をクシャッと撫でる。
なんか変だ。俺の気持ちがバレたわけじゃなさそう。
「冬磨、なに……言ってんの?」
「お前、今週びっちり昨日の奴んとこ行ってたろ」
「…………っ」
冬磨から何も反応がなかったから、見られてないと思って毎日通っちゃった……っ。早く安心したくて毎日……っ。
なんで……なんで全部見られてるの……っ?
一、二回でいいのにっ。
「悪い。先週お前が俺ん家出てったあと、窓から見てたんだわ。そしたら向かいのアパートに入ってくからびっくりしてさ。お前ん家か? って思ったけど、いやそんなわけねぇよなって。すげぇ気になって。だから、テレビ観ながら毎日なんとなく窓眺めてた。昨日の奴ん家だったんだな」
ど、どうしよう、敦司が俺の本命だと勘違いされてる。
どうしようっ。
「本命なんかじゃねぇよ」
「天音。素直になれって。俺、お前の笑顔すげぇ可愛いって言ったじゃん?」
「……それが、なに」
「あいつの前だとお前、すげぇいい笑顔だったよ。あんなん見たことねぇからマジでびっくりした。あいつの前ならちゃんと笑えんじゃん」
「そ……れはっ」
どう言えばいいのかわからない。何もわからない。血の気が引いて指先が冷たくなっていく。
息がうまくできない。苦しい。
待って冬磨。違う、違うから。お願いだから誤解しないでっ。
「だからさ。もうこんなことやめて、ちゃんとしろ。あいつだけにしろよ。素直になって、ちゃんと幸せになんな。天音」
な? と冬磨は極上に優しく笑って、俺の髪の毛がくしゃくしゃになるくらい撫で回した。
「お前はもう、俺みたいなゲスの相手なんてすんな」
口を開こうとすると唇が震えた。でも、必死で無表情を装って、震えを抑えるためにぎゅっと手を握りしめる。
「ぉ……俺は、誰も好きにならないって言っただろ」
声……震えたかもしれない。涙が込み上げてきて必死でたえる。
冬磨が、しょうがねぇな、というように目を細めた。
「そっか。まだ自分で気づいてないんだな。ちゃんと自分の気持ちに向き合ってみろって。毎日会いたくて、いっぱい笑顔になれるのはなぜなのか、ちゃんと考えてみな。頑張れ、天音」
俺の大好きな笑顔で「じゃあな。元気でな、天音」と俺の頭をポンとして、横を通り過ぎて行く。
元気でな……って、もう二度と会わないつもりなんだ……。
愕然として目の前が真っ暗になった。
完全に誤解された。こんなはずじゃなかったのに……もうどうしたらいいのかわからない……。
冬磨が行っちゃう。もう会えなくなっちゃう。このままだと終わっちゃう。
一緒に天の川見に行くって言ったのに。
キャンプ場だって予約したのに。
デートできると思ってたのに。
俺は振り返りながら走って冬磨の前に出て、冬磨の胸を思いっきり押した。
「違ぇしっ!!」
視界がグラグラした。何もかもが現実じゃない感じ。
「勝手に誤解してんじゃねぇよっ!!」
必死でビッチ天音になりきった。
まだどうにかなるかもしれない。
もう全部なにもかも吐き出してしまいたかったけれど、でも、まだ何かできることがあるかもしれない。
諦めたくなかった。
「勝手に勘違いして勝手に切んなよっ!!」
「あ……天音」
冬磨を失いたくない。
そう思うのに、叫んだら感情が爆発して涙腺が崩壊した。
だめだ……もう完全に終わりだ。
冬磨の前でこんなに大泣きして切るなって叫ぶなんて、冬磨の嫌いな執着する男だ。
気持ちがバレたかもしれない。バレても終わり、本命がいると誤解されたままでも終わり、もう終わりだ……。
手土産のプリンが入った袋を冬磨の胸に投げつけ、俺は走った。
最後、冬磨がどんな顔をしていたのかも涙でぼやけてわからなかった。
いつかこんな日が来るって覚悟していたはずなのに、最近はどんどん冬磨との距離が近くなって幸せすぎて、覚悟なんてどっかに消えていた。
涙でよく見えない道を必死で走る。
冬磨から早く離れたい。離れなきゃ。
そうしないと、冬磨に泣いてすがってしまう。
でも、だめだ。嫌だ。俺はまだ諦めたくない。
冬磨の誤解を解くことができれば、またそばに置いてくれるかもしれない。
考える。どうすれば誤解が解けるか考える。考えなきゃ。
「ふ……っぅ……、と……ま……」
手の甲であふれる涙を何度も拭って駅まで走った。
嫌だよ……冬磨……。俺から冬磨を奪わないで……っ。
俺はもう冬磨がいないと……冬磨がいないと何もできないよ……。
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