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41 ◆敦司視点◆前編
「え、星川休みなんですか?」
出社してすぐ、天音の休みを知った。
「そうなのよ。青い顔して這ってでも出社するあの星川が、発熱で休むって。本当に発熱かしら。佐藤なんか聞いてる?」
松島さんが心配そうに、そして不審そうに俺を見る。
「いや、なんも聞いてません。連絡も来てないです」
「……本当に?」
なんで俺こんなに松島さんに疑われてんだろ。
「本当ですよ。ちょっと電話してみます」
「うん、今すぐ。速攻でね」
「……なんでそんな星川の心配するんですか?」
「だってあの子なんか危なっかしいでしょっ。何あの冬磨って。星川食われちゃうってっ」
松島さんに色々とバレたとは天音から聞いていた。
先日のやばいくらいのキスマークにも松島さんは凝視してた。
天音から話を聞く限り死ぬほど優しく可愛がってもらってるらしいし、ある意味食われちゃうかもだが、それほど心配はないような気がしていた。
もし何かあったとすれば……切られたかな。
天音には言わなかったが、先週本屋の前で、あの男は信じられない光景を目の当たりにしたかのような表情を浮かべていた。そして、そのうち何かをさとったような顔になった。
俺と一緒の天音は、あの男の知ってる天音じゃなかったんだろう。
どんなビッチ天音を演じてるのか俺は知らないが、天音のことだから相当しっかりとした仮面を被ってるはずだ。天音が言った『最中は演技ができない』という言葉を言い換えれば、最中以外は好きだとバレない自信があるってことだ。いつもの表情豊かな愛らしい天音じゃないはずだ。
それなのに普段の天音を見れば驚くだろうな。それもセフレだと思ってる俺と一緒にいる天音だ。あの男がどう思ったのか、想像するのは簡単だった。
天音に言わなかったのは、ただのクズ男なら、それがきっかけで気分を害して天音を切るなら万々歳だからだ。
でも、あの鬼のようなキスマーク。天音ならいつでもいいよというメッセージ。天音から聞く話からも、俺はそっちじゃない気がしてた。
嫉妬して奪いに来るくらいの、いい刺激になるかなと思ってた。
それなのに、今日天音が休んだってことは……切ったか?
「ちょっと、早く電話しなさいよ。今すぐ速攻って言ったでしょっ」
「あ、はい、すんません」
俺はスマホに天音の番号を表示して発信を押した。
耳に当てしばらく待つと、呼び出し音が切れて通話中に変わる。でも、天音は何も言葉を発しない。
「天音?」
『…………あつ……し』
なんとか声を絞り出した、そんな感じだった。
「おい、大丈夫か? 熱あるって?」
『…………うん』
これは本当に熱があるっぽい。
「風邪か? 病院は?」
『…………寝てれば……治る』
「そんなのわかんねぇだろ」
『…………わかる。風邪じゃない……から』
知恵熱か。舞台の本番前日もよく熱を出してたな。
でも、休むなんてよっぽどだ。
「天音、週末ずっと寝込んでた? 何があった? それとも今日何かあんの?」
あの男に切られたショックか、それとも今日何かあっての緊張からか……。両方かもな。
『…………ご、めん。仕事休んで……。俺、今日は行っても仕事にならないと思って……。みんなに心配かけるだけだと思って……。明日からちゃんと行くから……ごめん』
今日何かあるのかって質問に否定しない。これは絶対何かある。
発熱で休んでるのにこの会話はまずいなと思って、人けのない廊下に出た。もちろん松島さんは付いてきてる。
「俺に謝る必要ねぇって。で、今日何があんの?」
『…………ごめん。仕事は、明日からはちゃんと行くから……ちゃんと……』
「天音、そんなことはいいよ。俺はお前の心配しかしてねぇって。ちゃんと話せよ。今日何があんの?」
黙り込む天音に嫌な予感がした。
いつもなんでも俺に話すのに、そんなことまで報告すんなってくらい話すのに、黙り込むってなんだ。何があるんだよ。
「天音。いいから話せ」
俺が威圧的に出ると、天音はボソボソと言葉にした。
『俺……本当にビッチになる……』
言われた意味が一瞬わからなくて眉が寄った。
本当にってどういう意味だ。
「どういう意味だよ、今までと何が違うんだ?」
『だから……演技じゃなくて、ちゃんとビッチになる……』
「…………はぁ?!」
ちゃんとの意味がわからない。
そんなの演技だけで充分だろっ。
「ちょっと、なによ、どうしたのっ?」
松島さんがスマホの裏に向かって「星川大丈夫っ?」と声を上げる。
『え……松島さん?』
「いいから。松島さんは俺があとでなんとかするから。どういう意味か説明しろ」
ちょっとなんとかって何よ、と文句を言う松島さんの背中を押して事務所に放り込んだ。
聞かれたら面倒くさそうだ。
「松島さんから離れたから。ほら、話せよ」
『…………敦司が……』
「ん? なに、俺?」
『敦司が……本命だって誤解された。冬磨に切られた。だから……本命なんていないって……俺がちゃんとビッチだって分かったら……またそばに戻れるかも……だから……』
話を聞いて、俺は深いため息が出た。
またぶっ飛んだこと考えやがって。
「お前ばかだろ、ほんと。それでだめだった時はどうすんだよ。あとで泣いたって遅いんだぞ?」
『別に……どうでもいいもん……。冬磨のそばに戻れる可能性があるならやってみる。だめならまた何か別のこと考える。冬磨はバーのマスターと繋がってるから、マスターの前でビッチだって証明すれば冬磨の耳にきっと入る。だから……今日から俺、バーに通う』
仕事休んでおいて本当にごめんなさい。と、天音は最後にもごもごと言いずらそうに謝ってきた。
「今は本当に熱があるんだろ。それに、そんなんじゃ仕事にならないって自分で判断したんだろ。だったらそれでいいよ。それより……」
天音は頑固だから俺が止めたところでやめないだろうな。
あの男のことになるとさらに頑固だもんな。
やっぱり天音を止められるのはあの男だけか……。
「天音。今日は熱もあるんだし、行くのはせめて明日にしろ。今日はちゃんと寝てろよ」
『…………う、ん』
なんて言ってもだめだろうな。うん、とは言ったけど、きっと今日行くだろう。いてもたってもいられないという天音の気持ちが伝わってくる気がした。
なんとかあの男に接触しよう。
俺が本命だと思って天音を切ったなら、少なくともゲス男ではないんだろう。もうそれに賭けるしかないな。
俺はスマホのアプリを開いて彼女に連絡を入れた。
『美香、今日仕事終わり何時? 俺ん家来れる?』
昼休み、社食の端の席で松島さんにあらかた説明をした。
松島さんが今すぐ天音のところに飛んで行きそうな勢いで立ち上がるから、大丈夫です、となんとか落ち着かせる。
あの天音が、好きでもない奴とどうにかなれるとは思えない。
今はちょっと自暴自棄になってる感はあるが、とはいえ今日行ってすぐ実行に移せるとは思えなかった。
あの男に接触さえできればきっと大丈夫……と思う。たぶんだけど。
「恋人じゃないって聞いた時点でそうだろうとは思ってたけど……あの星川が……」
セフレのくだりで涙ぐむから、周りの目が気になって仕方がなかった。
たぶん止められる、助けられると思うから大丈夫、そう伝えると、ものすごい不審そうな目で見られた。
なんで俺が悪者みたいな目で見られるんだよ……。はぁ。ほんと愛されキャラめ……。
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