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43 なんの話ですか
久しぶりにバーに来た。
もう冬磨はここには来ない。でも、マスターの話はたびたび出てきていたし、きっとまだ繋がってるはず。
俺がここでセフレを作れば、マスターから冬磨の耳にきっと入る。……きっと。
俺が本当にビッチだってわかれば、またそばに戻れるかもしれない。
俺の本命が敦司だなんて誤解が解ければ、冬磨はまた俺を相手にしてくれるかもしれない。
いくら考えても、誤解の解き方がわからなかった。否定しても聞いてくれないのに、もうどうすればいいのか分からなかった。
俺から連絡をすれば執着してると思われる。それは絶対だめだ。
ならもうこれしかない。こんな方法しか俺には思いつかない。
冬磨のそばに戻れる可能性があるならなんでもする。
だって俺は、冬磨がいない毎日なんて、もうどうでもいい……。
だから、もうやるしかないんだ。そう開き直ったら熱もすっかり引いた。予想どおりだった。舞台の本番と同じ。だって、ビッチ天音の時はいつでも舞台本番なんだから。
「天音?」
バーの喧騒の中を歩いてカウンターに近づくと、俺に気づいたマスターが目を見開いた。
「ここに来たらだめだって冬磨に聞いてない?」
「聞いた。でも、もう冬磨とは終わったし。俺には関係ねぇよ」
「えっ。なに、もう痴話喧嘩か?」
「……痴話……?」
マスターが何を言ったのかよく意味がわからない。
痴話喧嘩って……なに?
マスターは何を言ってるの?
「ちょっと」
グイッと肩を引っ張られてびっくりして後ろを振り返る。
先週、冬磨のマンションの前で会った彼が怖い顔で俺を見ていた。
会いたくなかった。彼には会いたくなかった。
先週の絶望した気持ちがよみがえってきて、グッと喉が詰まる。
「……なに」
顔を見るのがつらい。でも、ここでうつむいたらビッチ天音じゃない。ちゃんと平然としていないと。
「出禁って言われてるのになんで来た?」
「……俺はもう冬磨とは終わったから関係ねぇし。てかあんただって来てんじゃん」
「は……俺?」
と彼は眉を寄せて俺を見る。
「俺は出禁じゃない」
「え? だって……」
え、なんで彼は出禁じゃないの?
冬磨のセフレはみんな出禁なんじゃないの?
「天音くん」
「え……」
突然名前を呼ばれて驚いた。
俺は彼の名前を知らない。冬磨のセフレだってことしか知らない。なんで俺の名前を知ってるの?
……あ、さっきマスターが呼んだのを聞いてたのかな。
「君が冬磨と終わったことは、俺は知ってるけどみんなは知らないから」
俺は知ってるという言葉に、ガツンと頭を殴られたようなショックを受ける。
あんな場面を見ればわかるに決まってる。それとも冬磨に聞いたのかな……。きっと冬磨に聞いたんだ。
そう考えたら視界がグラグラとした。しっかりしろ、俺。今はビッチ天音の演技中なんだから。
「冬磨はさ。君に危害が及ぶかもって心配して出禁にしたんだよ。それがわかんない?」
俺はもう冬磨とは終わったのに……。終わっちゃったのに……。
それを知ってる彼が、なんでそんなにしつこく出禁だとくり返すんだろう。
マスターの前でセフレを作らないと意味がない。この店じゃないと意味がない。冬磨のそばに戻る方法が他にはないのに。
「だから、俺はもう冬磨とは――――」
「俺たちはさ」
冬磨とはもう関係ないと言いたいのに、彼はその隙を与えてくれない。
「俺たちは、冬磨に本気になってもどうにもならないってわかってるから、ただ諦めてただけだよ。だから、他のセフレにもどっか仲間意識っていうか、同情心っていうか、そんな感じでみんなずっとやってきた」
彼の話は唐突に感じた。出禁の話とどう繋がるのかわからない。
でも、冬磨のセフレがみんなそういう気持ちだったなんて何も知らなかった。
俺だけ何も知らなかった。誰とも交流なんてしてなかったから。
すると、じっと俺を見据えて彼は続けた。
「でも、一人に絞るって言われたら話は別」
「一人に……絞る……?」
「そんなこと急に言われたら、みんな平常心でなんていられない」
話が見えてこない。一人に絞るってなんの話?
「君がいたらみんなが殺気立つんだよ。ここにいたら君が危ないの。たとえ冬磨と終わったんだとしてもね。わかった? だから早く帰んな。他の奴がきたらきっとまた騒動になる。店にも迷惑かかるから」
どうして俺がいたらみんなが殺気立つの?
冬磨のセフレがみんな危険な目に合うかもって俺は聞いたのに、どういうこと?
一人に絞るなんて俺なにも聞いてない。どういうこと?
聞かされた内容が理解できなくて頭の中がぐるぐるした。
「天音。ヒデの言う通りだ」
マスターがカウンターから出てきて深刻そうな顔をする。
「本当に危ないから早く帰りな。冬磨と仲直りしろよ?」
「いや、冬磨と天音くんはもう終わったんだって」
ヒデと呼ばれた彼がマスターの言葉を訂正する。
「いやいやいや。……え? ガチで?」
「ガチで。冬磨が言ってた」
冬磨が言っていた、その言葉に目の前が真っ暗になる。
分かりきっていたことなのに……。
「ほら、早く帰んなって。マジで危ないから」
いつまでも動かない俺の腕をヒデさんが掴んで出口へと引っ張りかけた時、カランと店のドアが開くベルの音が鳴った。
「天音っ!」
聞こえてきたその声に、身体中が震えた。
冬磨……っ。
冬磨の駆け寄る足音が聞こえてきて、胸がぎゅっと苦しくなる。
俺の腕を掴んでいるヒデさんの手を冬磨が強く掴み、ひねり上げると同時に怒声を上げた。
「おいっ! 天音に何したっ?! 天音に手出したら許さないって俺言ったよなっ!」
ものすごい形相で冬磨がヒデさんを責め始め、びっくりした俺は慌てて止めに入る。
「な、なにも……っ、なにもされてねぇよっ」
「えっ?」
冬磨は俺を見て目を瞬かせた。
「俺を心配して、帰ったほうがいいって言ってくれただけだよ」
冬磨は俺の言葉に表情をゆるめ、ホッとしたように息をついて掴んでいた腕をそっと離した。
「……な、んだ。そっか。ごめん、勘違いした」
「痛てぇよ、この馬鹿力」
「ごめん、ヒデ……」
眉を下げてヒデさんに謝る冬磨を見ながら、さっきの冬磨の言葉が頭の中でぐるぐる回る。
『天音に手を出したら許さない』って……なんの話……?
冬磨……ねえ、なんの話……?
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