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45 何がなんだか分かりません

 すると、突然冬磨が俺を横抱きで抱き上げた。   「は、ちょ、冬磨っ?」    バランスが悪くて落ちそうで、俺は慌てて冬磨の首に腕を回してぎゅっとしがみついた。  お姫様抱っこでベッドに向かって歩いていた冬磨が、ふと足を止めて俺を見る。 「ふはっ。かわい……」  久しぶりの冬磨の極上の笑みに、混乱した頭でビッチ天音にもなりきれず、ただただ見惚れた。  俺の大好きな冬磨の優しい笑顔。  とろけるような極上の笑みから目が離せない……。  冬磨はゆっくりとベッドに俺を寝かせ、そっと覆いかぶさった。 「天音……」  とろける笑顔で俺を見つめて髪を梳くように撫でる。  頬にキス。そしてまた俺を見つめてまぶたにキス。何度も俺の名を呼んで顔中にキスが降ってくる。  冬磨はいつも甘く優しいけれど、こんなにとろける甘さは初めてで、俺の頭はさらに混乱していく。  名残惜しいからもう少し続ける、それだけの関係なのにどうして……?  冬磨の瞳が優しく俺を溶かすように見つめるから、俺の無表情がどんどん崩れていく。 「……んっ、とう、ま……」  頬から耳、首へと唇が下がっていって、冬磨は俺の首元に顔をうずめた。 「……天音の匂いだ」  嬉しそうな声色でそうつぶやいて、冬磨が俺をぎゅっと抱きしめる。  また言われた、俺の匂い……。ホテルでシャワーを浴びたあとの匂いじゃなかったの? 「……はぁ……だめだ」 「え……?」  何がだめなの?  冬磨の口から否定の言葉が出てきて、怖くて手が震えてくる。 「もう俺……胸がいっぱいすぎる。やばい……だめだ……」  胸がいっぱい……って?  もう本当に何がなんだか分からない。  冬磨が顔を上げて、泣き笑いのような表情で俺を見つめた。 「ずっと言いたくて……言えなかったこと、言ってもいいか?」 「……なに……?」 「天音……」    冬磨は俺の名前を甘くささやいて、ちゅっと頬に優しくキスをする。  キス落とす唇も、頭を撫でる手も、俺を見つめる瞳も、何もかもがいつも以上に優しくて、俺をとろけさせた。   「好きだよ、天音」  空耳が聞こえた。  願望が強すぎて、とうとう空耳まで聞こえてしまった。 「天音、好きだ」  冬磨の唇が、空耳と一緒に『好きだ』と動く。  空耳じゃ……ない?  う、嘘だ。なんで……。 「な……なに……言ってんだよ……」 「天音は……俺が好きか?」  あ……違う……。これ、好きだって言ったら今日で終わりになるやつかも……。  冬磨はいつもこんなやり方で本気かどうか確認するの……?  こんなのみんな騙されちゃうよ……。 「天音……?」  でも、俺は騙されない。冬磨と終わりになんて絶対にしない。 「俺は誰も好きにならねぇっつってんだろ? なんだよ。好きだって言わせたかったのか? 残念だったな」  よかった。ちゃんとビッチ天音として台詞が言えた。混乱と動揺がひどくてビッチ天音には完全になりきれないけれど、慣れでなんとかなった。よかった……。  でも、冬磨がさらに目尻を下げて俺を優しく見下ろしてくる。  まるで……愛おしいとでもいうように……。 「ほんと可愛いな、天音」 「……は?」 「そうやって、ずっとビッチの振りしてたのか……」  ふはっと笑って「ほんと……騙された」と冬磨がつぶやいた。  ドクドクと心臓の音が鳴り響く。  なんで……ビッチの振りって……なんでバレてるのっ?  心臓がにぎりつぶされたように痛みが走る。  嫌だっ。今日で終わりは嫌だ……っ! 「さっきから何言ってんだ冬磨。振りってなんだよ。俺は正真正銘ビッチ――――」 「ビッチって何人?」 「え」 「ビッチって、何人とやってたらビッチだと思う?」 「な……そんなん、わかんねぇくらいだよ」  俺の答えを聞いて、冬磨はクスクス笑い出す。 「お前の孔、綺麗すぎ。見ればわかるよ。経験浅いってわかってた」 「…………っ」  冬磨の言葉が衝撃的で、のどが塞がって何も言う事ができない。  わかってたのになんで?  なんで俺をセフレにしたの?  全然わかんない……なんで? 「俺は別にビッチじゃなくても、俺に本気じゃなければそれでよかったんだよ。お前、セフレしかいないって言うから、そこそこいるのかと思ったらすごい綺麗だからさ。これは一人か、いても二人か……それも経験浅いなって。でも、マジで騙された。綺麗すぎだとは思ってたけど……」  はぁ、と深く息をつきながら、冬磨は俺に倒れ込んでくる。  耳に唇がふれ、そのままささやかれた。 「まさか初めてだとは思わなかったよ」  俺の嘘が全部バレてる……っ。  どうして……っ。  そこでハッとして愕然となった。  だから『俺が好きか』と聞かれたんだ。  本当の本当に最終確認だったんだ。  嫌だ……っ。終わっちゃう……っ。冬磨ともう一緒にいられない……っ。嫌だ……っ。  涙があふれてこぼれ落ちる。  もうきっと手遅れだ。何を言っても手遅れだ。  それでも、まだ……まだ諦めたくない……っ。 「初めてなわけ……ねぇじゃん。他にもセフレいるっつってんだろ……」  冬磨は俺の目尻にキスをして顔を上げた。  初めて見るほどの優しい瞳。どうして……。  もう終わりじゃないの?   好きだってバレたら……終わりじゃないの?  もう本当に何がなんだか分からないよ……。  冬磨は、次から次へとこぼれ落ちる俺の涙を指で拭って破顔した。 「何しゃべってても可愛いんだけど……ほんと参る……」  そんなことを言って、今度は眉を下げた。    

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