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46 演技なんかできません

「もう泣くな」  と冬磨は目尻に何度もキスをする。 「もう泣かなくていいよ、天音。ほんと、ごめんな」 「な……にが」  冬磨の『ごめん』に、また心臓が壊れそうになった。  ごめんってなに……。 「面倒なのが嫌でセフレばっかり作ってたのに……俺が一番面倒臭い俺になってさ」  冬磨の話が脳内で処理しきれない。  どういうこと……どういうことっ? 「天音の目がさ……」 「目……?」 「ベッドでは脈あんのかなって思うのに、終わるとお前、ほんと俺に興味もないって目するから……。掴んでも掴んでも離れて行きそうで。すげぇチキンでごめん。もうずっとお前だけだったのに……マジで怖くて言えなかった」  頬を優しく撫でながら、冬磨は何度も俺の顔にキスをする。 「……俺だけ……って、ただセフレを一人に絞っただけ……だろ……?」 「……だよなぁ」  はぁ、とまた深い息をついて冬磨がうつむいた。 「信用してもらえねぇよな。してもらえるわけねぇもんな。自業自得だな……」  顔を上げた冬磨は、眉を下げて悲しげに俺を見つめた。 「俺は、お前が好きだよ、天音。本当に、お前だけだ」 「……お気に入りの……セフレだろ?」 「天音を抱いてから、他のセフレなんてどうでもよくなった。一日中お前のこと考えて、どんどんお前しか見えなくなった」 「う……嘘だ。だって……俺の代わりにヒデさんを家に……」 「ちゃんと嫌われようと思ったんだ。じゃないとお前を離してやれそうになくて。お前のこと、追いかけちゃいそうでさ……」  冬磨が俺を追いかける……?  信じられない言葉ばかりが次々と襲ってきて、もう何も理解できない。 「でも、俺チキンだから……お前に嫌われることなんて言えそうになくてさ。だからヒデに協力してもらったんだよ。ヒデは家には上げてない」 「……う、嘘」 「天音が特別って。お前の特別も俺になればいいのにって思って何度も伝えた」 「……うそ……だ」 「キスマークにはらわたが煮えくり返ったのなんて……マジで初めてだったよ」 「……うそ……」  冬磨の顔が涙でぼやける。  必死でビッチ天音になりきろうとしてるのに、涙が止まらない。喉の奥が熱くて涙を抑えることができない。  好きだってバレたら冬磨とは終わり……ずっとそう思ってた。  もしかして……終わらないの……? 「ほんと、ごめんな、天音」  俺の涙を拭いながら何度もまぶたにキスをして、冬磨が「ごめん」とくり返す。 「本気の奴は相手にしないって……自分がずっと言い続けてきたからさ。誰も好きにならないって言う天音も俺と同じかなって。好きだって伝えたら、もう二度と会ってくんねぇかもって……。もう俺は天音だけだって伝えたら『お前面倒くせぇ』って言われそうでさ……。だから、ずっと他のセフレとも続いてる振りしてた。マジで、チキンでごめん」  冬磨が俺を好き……。  俺を……好き?  違う。冬磨が好きになったのは今までの俺……ビッチ天音だ。  たとえ嘘がバレたところで、態度も口調も何もかも本当の俺じゃない。  冬磨が好きなのは本当の俺じゃない。  そう思って腕で顔を隠した。   「天音? どうした?」 「……なんでもねぇ」  本当に俺を好きになってくれたなら、ずっとこの俺を維持しなきゃ。  冬磨が離れて行かないように。ずっと俺を好きでいてもらえるように。  こんな嘘みたいな幸せ、いつまで続くかな……。  終わったとき、俺生きていられるかな……。  必死で涙をこらえても、次から次へと流れていく。  気をゆるめたら声を上げて泣いてしまいそうで、せめて嗚咽がもれないようにと唇をグッと噛んだ。 「その口調、まだ続けんの?」 「……っえ……」 「もう演技はいいよ。俺は本当のお前が好きだよ、天音」 「……なん……だよ、本当の俺って……」 「俺が好きってバレないように必死でビッチの振りする天音。俺のそばに戻るために本当のビッチになろうとする危なっかしい天音」 「なっ……んで……っ」  なんでそんなことまでバレてるのっ?  そんなこと敦司にしか話してないのにっ!  そこでハッとした。まさか敦司……っ?   敦司が冬磨に話したの……っ? 「それから、ビッチの振りしてんのに、抱かれると素が出る天音。俺は、抱いてるときの可愛い天音に落ちたんだ」 「……っ、……」  冬磨が俺の腕をそっと顔から外す。  もう頭の中がぐちゃぐちゃで、ビッチ天音の演技が上手くできない。 「この涙は、トラウマの涙じゃないんだよな? 本当はトラウマなんてないんだろ?」  どんどん嘘がバレていく。  でも、嘘がバレても冬磨の瞳は優しくて、だからますます涙があふれる。 「マジでよかった。天音がトラウマ持ちじゃなくて」  心底安堵したというように冬磨が破顔する。それを見て、俺の無表情がとうとう崩れた。 「……ぅっ、と……ま……っ」 「ほんと可愛い、天音。もっと素のお前見せろよ。……いや、俺そんなん見せられたら心臓止まるかな」  ふはっという冬磨の笑い声に、俺のビッチ天音が完全にはがれ落ちた。 「とぉ……ま……っ……」 「俺、ほんとお前のそれ、すげぇ好き。もっと呼んで、俺の名前」 「とぉ……ま……っ、と……ま……」 「あー……ほんと可愛い。ずっと聞いてたい」  ちゅっちゅっと音を立てながらまぶたや頬にキスをして、冬磨がささやいた。 「なぁ、好きって言って」 「…………っ」 「ずっとお前にキスしたくて死にそうだったんだ。もう限界」  俺の唇を親指で優しく撫でながら、冬磨が俺を見下ろした。 「勝手にキスしたら切るって、自分で言っておいて自分でやっちゃいそうでさ。もうずっと必死で我慢してたよ」    冬磨が俺に……キスしたかった……?  そんな夢みたいなこと……本当にあるの?   「天音。俺のこと、好き?」    本当に言ってもいいの?  好きって言っても終わらないの?  ずっとこのまま冬磨のそばにいられるの……?   「お……終わら……ない……?」 「ん? なに?」 「言っても……終わらない……?」 「うん、終わらない。てか、始まるんだよ」    始まる……。   「セフレをやめて、恋人になるんだよ」 「こ……こい……びと……っ」 「そ。恋人。だから、好きって言って?」    ずっとずっと言いたかった。  何度も言いたくて呑み込んできた。  本当に……言ってもいいの?  言ったら……冬磨の恋人に……なれるの?   「と……ま……」 「うん」 「と……ま……っ、……き……」 「……あー、残念。聞こえない。天音、もう一回」 「……す……好き…………とぉ……っん……」  冬磨の唇が俺の唇を優しく包み込むように合わさった。  ちゅっちゅっと何度もついばんでから、ゆっくりと舌が滑り込んでくる。  電流が全身を駆け巡り、身体中がビリビリと震えた。  冬磨の舌が優しく口内をくすぐるたびに、夢を見ているような幸福感が広がっていく。ふわりとめまいがして、冬磨のスーツにぎゅっとしがみついた。 「ふ……っぁ、……と……ま……」  幸せな大粒の涙が、ボロボロとこぼれ落ちる。 「天音……」  初めてのキスは、脳がしびれるほど幸せだった――――。  

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