59 / 90
59 同一人物です
松島さんが、この世の終わりみたいな顔で俺の両肩を掴んできた。
「星川っ。そんな男やめときなっ。絶対傷つくってっ! あんたみたいな純情で真っ白な子には、もっともっと素敵な人がいっぱいいるからっ! ねっ?!」
純情で真っ白って……松島さんは何を言ってるんだろう。
俺は男なのに、まるで女の子に言うような台詞にポカンとしてしまう。
「ま……松島さん、あの、冬磨は本当にすごく優しくていい人なんです。松島さんが見たメッセージが、たまたまその……命令口調だっただけで……」
「はぁぁ…………」
救いようがない、とでも言いたそうな松島さんの目。
「恋は盲目とはこういうことか……こういうことなのかっ……」
松島さんの手が、俺の肩から滑り落ちていく。
松島さんの嘆きかたがまるで舞台役者……いや、酔っ払い?
まさか朝からお酒飲んでないよね? 大丈夫かな……。本気で心配になった。
そのとき、ポケットに入っているスマホが震えた。
取り出して画面を見る。
「あ……冬磨」
冬磨からのメッセージに、思わず口から名前がこぼれた。
「冬磨? なんだって? なんて言ってきた? 今度はどんな脅し文句っ?」
「え……っと……」
脅し文句では絶対にない自信があるから、松島さんに見えるようにメッセージを開く。
松島さんは当然のごとく食い気味に覗き込んだ。
『天音。だめだ……もうお前に会いたい。夕方にワープしねぇかな?』
冬磨のメッセージに胸がぎゅっとなった。もう、ときめきすぎて苦しいよ。
松島さんが瞬き多めでスマホを見てる。
そのときまた新しいメッセージが届いた。
『天音に夢中すぎて写真撮るのも忘れてた。顔も見れねぇ。俺もう死ぬわ……。今日は絶対撮るからな。あー早く会いてぇ……』
松島さんの瞬き以上に俺の瞬きが増えた。冬磨って……こんなに甘々なメッセージ送ってくるんだ。今までが簡素だったから、あまりの違いに自分の目を疑ってしまう。
「星川……」
「はい」
「これ、別人よね?」
「いえ、同一人物です」
「嘘でしょ? こんなのただのゲロ甘彼氏じゃないの。……って星川、顔真っ赤……」
「……す、すみません」
冬磨のメッセージ……あとで写真に残しておこう……。
どうしよう。毎日こうだったら心臓持ちそうにないかも。
「星川」
「はい」
「デレデレしすぎ。もうすぐ時間よ」
「あ、はいっ。すみませんっ」
松島さんの表情は和らいでいた。
冬磨が優しい人だってわかってもらえたかな。
「返信しなくていいの?」
「あっ、し、しますっ」
とはいえなんて送ろう、と困ってしまった。
今まで素っ気ないメッセージしか送ったことがない。だから、ここでも素を出すことが恥ずかしかった。
悩んでいたらまたメッセージが来た。
『天音。仕事終わり何時? 待ちきれねぇから会社まで迎えに行っていい?』
冬磨が迎えに来るっ。
どうしようどうしようっ。すごい恋人っぽいっ! どうしようっ!
脳内で暴れていたら、松島さんに「早くいいよって返事っ」と急かされた。
「は、はいっ」
言われるままに『いいよ』と返信してから、あっ時間、と気づいて仕事終わりの予定時間を返信した。
「よし。これで冬磨がここに来るわね。確認してやるわ」
「えっ、確認って……なにを?」
「冬磨がどんな奴か見極めるのよ。メッセージだけじゃ信用できないもの」
「あの、本当に……心配ないんですよ?」
「心配ないなら確認してもいいでしょ?」
「そ……っか、そう……ですね」
「それより星川、体調はもう大丈夫なの?」
「あ……はい。もうすっかり……元気です。あの……」
そうだった……。仕事を休んでキスマークを付けて来るなんて……どう思われるだろう。
あまりに幸せで夢みたいで頭がふわふわしたまま出勤した。そんなことすっかり頭から抜けていた。俺、社会人失格だ……。
「星川が昨日熱があって、どう考えても仕事にならない状態だったのは知ってるからいいわ。ただ……」
松島さんはポケットから絆創膏を取り出して、俺の首に付いたキスマークの辺りにピタッと貼り付けた。
「みんなはそんなこと知らないから、これはだめ」
「……あの……松島さん、ありがとうございます」
腰を折って頭を下げると、松島さんが「いいから、ほら行くよ」と俺の背中を押した。
ともだちにシェアしよう!