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60 冬磨は国宝級です
午前は気持ちが落ち着かないまま仕事をして、昼休みに敦司に報告すると笑われた。
「まぁ、確認されたところで、なんも心配ねぇじゃん?」
「だ……よね、うん」
「その見られたメッセージってどんなの?」
「見る? 見たい? そんなに言うなら見せてあげるっ」
「いや、一回しか言ってねぇだろ」
苦笑する敦司に冬磨のメッセージを見せた。
可愛い冬磨を敦司にも知ってほしかった。いっぱい心配かけたから、俺がどれだけ冬磨に大事にされてるか教えたかった。
「うわ……たしかにゲロ甘彼氏だな……」
「冬磨ね。俺が冬磨に一目惚れした日のこと覚えててくれたんだ」
「え、まじで?」
ビッチ天音の俺を抱きながら吹雪の子がチラついていたこと、『俺は天音だけだからもう出てくるな』って思ってたこと。それから、俺と同じ理由で、ずっとほかのセフレとも続いてる振りをしてたこと、かいつまんで敦司に話したら目を見開いた。
「なんだよ、完璧な両想いじゃん」
「信じられないよね」
「すげぇな。本当になんも心配ねぇじゃん。よかったわ」
「俺……幸せすぎて死んじゃいそう……」
「冬磨が言ってたよ。天音は俺を好きじゃない、いつも俺に興味もない目をして……って。そりゃ怖くて気持ちなんて言えねぇわな。俺、冬磨に同情するわ。今度慰めてやろ」
「え……っと。もしかして……俺のせいでこじれたって言ってる……?」
「そこまでは言ってねぇけどさ。ただ、お前の演技力知ってるから。きっと絶対脈ねぇなって思ったんだろうなぁってさ。冬磨の気持ち想像したら泣けてくるわ……」
でも、たしかに全部俺のせいだよね……。
普通は実生活で演技なんてしないもん。
「ま、でもさ。それがあったから、冬磨がいまお前にメロメロだろうなって想像つくわ」
「め、メロメロって……っ」
「あ、そうだ。キスマークのこと聞かれた?」
敦司がいきなり話題を変えた。
不意をつかれて、一気に恥ずかしさがよみがえる。
顔が燃えるように熱くなった。
それを見た敦司が吹き出した。
「お前なんて説明したの? 冬磨の反応は?」
「……お、教えないっ!」
「なんでだよ、教えろよ」
ニヤニヤ笑って敦司が問い詰めてくる。
絶対絶対教えないっ。
恥ずかしすぎるっ。
ストローで太ももに付けた話まで聞き出されそうっ。
そんな恥ずかしいこと、絶対敦司には教えないっ。
退勤時間を三十分過ぎて、冬磨に知らせた時間になった。
もう来てるかな……。ソワソワして落ち着かない。急いでロッカールームを出て出口に向かうと、ホールに松島さんが待ち構えていた。ついでに敦司まで。
「なんで敦司まで……」
「そりゃ、お前、面白そうだから?」
とニヤニヤ笑う敦司を軽くにらんだ。
なんだか騒がしいな、と思ってビルの出口を見ると、うちの会社や他の会社の女性陣が出口に固まってきゃあきゃあ騒いでいた。
「ああ、なんかそこに芸能人がいるみたいなのよ。なんの撮影かしら」
「芸能人……」
「松島さん、知ってる人でした?」
敦司が聞くと「全然」と首を振る。
「若手の新人かな? とにかくすごいイケメンだったわ。それより冬磨はまだ?」
敦司と目が合うとクッと笑った。
きっとわかってて教えなかったんだな……。
「松島さん。そこにいる人、芸能人じゃなくて冬磨です」
「え? あははっ。星川が冗談言うのめずらしいわね」
「本当に、冬磨ですよ?」
「あーはいはい。でも本当に来てるかもね? ちょっと見てきてよ」
「見なくてもわかります。あそこで騒がれてるのが、冬磨です」
松島さんが目をパチパチさせてじっと俺を返した。
「いやいや、ないでしょ。だってあれ、国宝級だったわよ?」
「国宝級……」
今まで冬磨の外見について『王子様』とか『神レベル』とか色々聞いたし自分でもそう表現してたけれど、実はどこか物足りなさを感じてた。
それだっ。冬磨を表現するのにぴったりな言葉っ。
「そうっ。そうなんですっ、冬磨は国宝級なんですよっ。松島さんすごいです! さすがです!」
「……え? なにが? 星川なに、突然どうしたのよ」
「松島さん。天音はただの冬磨バカだから放っておきましょう」
「……って、本当にあれが冬磨なの?」
「だと思いますよ。たしかに国宝級かも」
敦司の言葉に、松島さんは何かを察したようにうなずいてため息を漏らした。
「だったらやっぱり星川遊ばれてるわよ……」
それを聞いて、もう早く松島さんを冬磨に会わせようっ、そう思った。
「あの、松島さん、早く冬磨のところに行きましょう」
「……そうね。早く行きましょう」
「やっぱり三人で……?」
「佐藤は知らん。私は連れて行ってよ、確認するんだから」
「はい、それはわかってます」
ちらっと敦司を見ると、行くに決まってんだろって目で俺を見る。
俺は諦めて、二人を引き連れて出口に向かった。
「あの、通りまぁーす」
女性陣に声をかけると「あっ、すみません!」と道を開けてくれた。
「なんだ星川くんか」という声に、「お疲れ様でしたぁ」と声をかけて前に進むと、ビルの正面のガードレールに寄りかかる冬磨が目に入った。
わぁ……っ。写真に撮りたい……っ。パネルにしたいっ。
「どうした、立ち止まって」
ほおけて動けない俺に敦司が聞いてきた。
「冬磨……カッコイイ……」
「……はいはい」
「本当にあれが冬磨なのね……」
松島さんを見ると、今から敵に会うかのような怖い顔になっていた。
大丈夫かな。冬磨に絡まないよね……。
スマホをいじっていた冬磨が俺に気づいて、ふわっと笑って腰を上げる。
「天音」
「冬磨っ」
俺は自然と小走りになって冬磨に近づいた。
今朝まで一緒にいたのに、もうずっと会えなかったような気分。
会えたことが嬉しくて、ここが会社の前じゃなかったら抱きついていたかもしれない。
「お疲れ、天音」
俺の頭をくしゃっと撫でる冬磨に、やっぱり抱きつきたくなってグッとこらえた。
「冬磨も、お疲れ様」
そして俺たちは、どちらからともなく手を繋いだ。
冬磨がとろけるように俺を見つめるから、俺は冬磨の胸に顔をうずめたくて仕方がなかった。
どうしよう……本当に幸せ。
昨日の今頃は、まだ冬磨と終わったと思って絶望していたのに……本当に夢みたい。
そのとき、ビルの方から「ちょっとあの二人手繋いでるっ!」「えっ、星川くんっ?!」「嘘! 嘘! えっ?!」と驚く声がここまで聞こえてきて、俺はハッと我に返った。
振り返ると、あきれ顔で俺たちを見る敦司と松島さんがいた。
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