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番外編 とぉまは、おれのだもん SS

ここから先は、冬磨編のネタバレが含まれます。申し訳ありません。 気になる場合は、冬磨編をお読みになってから戻ってきてくださると嬉しいですꕤ︎︎ ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ✦side天音✦  「おーい星川、歩けるか?」 「歩けますよぉ、大丈夫れす」 「……だめだな」    大丈夫だって言ってるのに部長が敦司を呼びつけた。  呼ばれた敦司が「心得てます」なんて答えてる。  今日はそんなに酔ってないのに、みんな心配性だな。  久しぶりの会社の飲み会。今までよりもずっと楽しかった。  もうみんなが俺のことを分かってるから、彼女はいるのか、作らないのか、好きな子は、なんて答えづらい質問をされないのが最高に嬉しかった。  代わりに、イケメン彼氏とはどうなんだ、って質問もすごく嬉しかった。   「天音、帰るぞ」 「今日はいいの、大丈夫〜」 「なにが大丈夫だ。全然ダメだろ」 「今日はとぉまが迎えに来てるからぁ、大丈夫〜」 「おお、そりゃ助かるな。どこにいんの?」 「んとね……近く……?」 「なんだよ、近くって。どこだよ」 「えっとね……」  敦司に場所を説明しながら店を出た。  じゃあまた来週ね〜と、二次会組が賑やかに移動して行く。  でも、いつも先導する松島さんがまだここにいた。 「あれぇ? 松島さんは〜?」 「行くわよ? 冬磨の顔見てからね」 「ええ? なんでぇ? とぉまはあげませんよぉ?」 「いらんわ。ほら、行くわよ。どこにいるの、国宝級は」  いらんわ、だって。冬磨、いらんわって言われてる。おもしろい。  敦司と松島さんと部長と……なんかあといっぱい、帰宅組でぞろぞろ歩く。みんなで駅まで。みんな仲良いなぁ。  路地を出て広い道路に出ると、すぐに冬磨のいる場所が分かった。 「ああ、あれね。女の子たちに囲まれてるわ。なんだ、車じゃないの?」 「とぉまも、飲み会で……」 「ああ、そうだったのね」  ガードレールに腰かけてる冬磨に、女の子たちが群がっていた。  冬磨は無視してスマホをいじってる。  無視してるけど……。追い払っても無駄だからだってわかってるけど……。わかってるけど……。  冬磨は俺のなのに……。俺のだもん……。 「おい? あれ、ほっといていいのかよ」  と敦司が俺の肩を叩く。 「……よくないよ」  いますぐ走って行って追い払いたい。 「じゃあ早く行けよ」 「……いま行けないもん」 「は? なんで?」 「何、どうしたの? そんな顔で見てるくらいなら俺の彼氏だーって言って来なさいよ」  松島さんが言うように、そうしたいけどダメだもん。 「だって、とぉまと約束したから……」 「何を?」 「……職場の人たちの前では、ちゃんとするって。いま行ったら……おれ絶対抱きついちゃうもん……」  いま自分がすごい酔っ払いだってわかってる。  あんなところに行ったら何しちゃうかわかんないもん。だから、いま行ったらダメだもん……。    「星川、行ってこい! 俺が許す!」 「そんなのみんな許すわよっ。行ってきなさい!」 「好きなだけ抱きついてこい!」 「ちゅーでもかましてこい!」 「いいな、ちゅーしてこい、ちゅー!」 「そ……それはしません……よ……」    みんなが許すと言って俺の背中を押す。  敦司を見ると「そんな約束いまはいいって」と敦司も押す。  いいの? ほんとにいいの? 頭の中がぐるぐるする。  みんないいって言ってるじゃん。でも冬磨との約束が……。   「星川、ここは会社じゃないし酔っ払いの街だし、お前が恥ずかしくないなら気にせず行ってこい」  部長の言葉で覚悟を決めた。     ✦side冬磨✦       あーもーウザい。  何度追い払っても、また別の子たちが来る。キリがない。ゲイだからって言っても信じない。  無視してスマホをいじってるのにキャーキャーうるさい。  天音まだかな……。  なんて思っていたら「とぉまから離れてよっ」という天音の声が聞こえた。   「天音」    やっと来たかと顔を上げると、天音がぴとっと俺にくっついてきた。 「あ、天音?」  天音が人前で抱きつくなんて初めてで俺は固まった。 「え、え? 何? 男?」 「ちょっと、え、男同士で……え?」  うるさかった子たちがたじろぎ始める。  天音が俺にぎゅっと抱きついて彼女たちを見た。 「とぉまに近づかないでよっ」 「……え、え?」 「とぉまは、おれのだもん。だからそばに寄らないでっ」  おい、いま何が起こってる?  天音はいったい何を……っ。なんだこの可愛いの……っ。  可愛いすぎてクラクラしてきた。  こんな可愛いこと、いつも外ではやんないだろ。どうした?  あ、酔っ払ってるからか? だからなのか?  なんだよ、毎日酒飲ますかな。  酔っ払い万歳! 「この子、俺の恋人」 「えっ!」 「う、うそっ!」 「そういうことだから。じゃあな?」  そう言っても動こうとしない子たちに見せびらかすように、俺は天音の頬にキスをした。  すると、女の子たちが今度は手を取り合ってキャーキャーと騒ぎ出す。  面倒臭いな……そう思ったとき、天音が首に腕を回して俺を引き寄せ、頬にキスをした。  ますますキャーキャーと騒ぎ出す子たちに「とぉまはおれのだからっ」と天音が必死に牽制する。  ほんと……マジで可愛いんだけど。なんだこれ……やばい。  そのとき、少し離れたところに敦司が見えた。  その横に松島さんもいて、会社の同僚らしき人たちと一緒に俺たちを見て大騒ぎしてる。  あ、これまずいんじゃないか? 完全に見られたぞ……。  みんなの話し声は聞こえないが、雰囲気的に悪い感じはしない。よかった……と安堵する。  みんな天音を可愛い可愛いって言ってそうな顔をしてた。……それはそれで気に食わないが。  松島さんが俺の視線に気づき、口に手を当て声を上げた。 「星川が約束やぶったわけじゃないからねーっ」 「え?」  約束をやぶるってなんのことだ? 「俺らが焚きつけたんだ! だから大目に見てやってっ!」  少し年配の男性がそう叫び、じゃあなー! と大袈裟に手を振って、他の人たちも笑顔で手を振ってくれて、みんなでぞろぞろと駅の方に歩き出した。  じゃあねー! と、松島さんは一人反対側に歩いて行く。  敦司はニヤッと笑って親指を立て、無言で去って行く。  そこで俺はやっと『約束をやぶる』の意味がわかった。  天音は職場の人たちがいたから『ちゃんとする』の約束を守ろうとしたんだ。でも、みんなに焚きつけられて今こんな可愛いことをしてる。  天音の職場の皆さん、ありがとうございます。  まだ俺たちを振り返り見ている彼らに会釈をしながら、心の中で感謝を伝えた。  そして、さっきよりもさらに俺にぎゅっと抱きつく天音に、思わず苦笑が漏れる。  まだキャーキャー騒いでる子たちに必死で牽制してるつもりの天音が可愛い。  それじゃ火に油だろ。 「天音、帰るぞ」 「……うん」  天音は名残惜しそうに身体を離し、今度は俺の手をぎゅっと握った。  ほんと、可愛いな天音。 「ねえっ、写真撮ってもいい?!」 「あ! 私も撮りたい!」 「それはダメ」  俺が断るとガックリと肩を落とす彼女たち。 「やっぱダメかー。可愛いのになー」  言うと思った。  俺だけのときは写真なんて一言も言わなかったのに、天音を見て言い出すから絶対天音目当てだと思った。 「二人すっごいお似合い!」 「うん、ほんっとお似合い!」 「お幸せに〜!」  すごい笑顔で手を振って、彼女たちが去っていった。  なんだよ、すげぇいい子たちじゃん。 「天音、大丈夫か? 飲みすぎた?」 「……ううん。だいじょぶ」  そう言いながらも俺にもたれかかってくる。 「頑張って帰るぞ。ほら、手じゃなくて腕掴みな」  と、手を解いて腕を組ませた。  天音は嬉しそうにぱぁっと笑顔になって、腕にぎゅうっとしがみつく。  ……あー可愛い。  駅に向かって歩き出すと、天音が甘えるように俺を呼んだ。 「とぉま」 「ん?」 「とぉま」 「なんだよ」 「とぉま……」 「なに、どした?」  天音が、さらにぎゅうっとしがみついてきた。 「とぉま……だいすき」  ……ほんと、なんだこれ。  ベッドの中の舌っ足らずとはまた違う、酔っ払いの天音……最強すぎるだろ。  ほんと俺、幸せすぎる。  天音と出会わなければ、俺はずっと暗闇の中だった。  なんで生きてるのかもわからない日々。  それを天音が180度変えてくれた。  そんなすごいことをしたなんて、天音は思いもしてないだろうな。 「俺も、大好きだよ、天音」 「うん……だいすき、とぉま」  いつか、ちゃんと話すから。  もう少し、待ってろな。 「早く俺たちの家に帰ろ」 「おれたちの、いえ……っ。……うん、かえるっ」  あー可愛い。 終  

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