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日曜日の飲み会 終◆マスター視点◆

 天音が別人でやって来た。  甘々でデロデロの冬磨はある程度予想はついたが、天音は予想外すぎて頭の整理がつかない。  てっきり「離れろよ」「ウザい」とか言われながら、冬磨が尻に敷かれてやって来ると思ってた。  でも、蓋を開ければ手は繋いでるし顔は真っ赤だし、なんか変だなと思っていたら演技でしたって……マジか。  思わず目の前の天音に釘付けになった。   「だから見つめんなっ」 「しつこい。観察してんだって」    黒髪スーツの子だと分かると色々と腑に落ちた。  イメージが違いすぎると思ってたんだ。  言動や態度とまるで違う。天音はいい子すぎる。  あの黒髪の子ならイメージにピッタリで納得だ。   「冬磨はいつ演技だって知ったんだ?」 「あの日だよ。天音がバーに来て、ヒデが絡んだって勘違いしちゃった日」 「ああ、あの日か。じゃあそれまでずっと演技してたのか……」 「……はい」  少し恥ずかしそうに頬を染めてうなずく天音は、たしかにあの黒髪の子だなと思った。  あの無表情で感情のない目をした天音が演技だったとは。 「でもさ、じゃあ冬磨が好きになった天音と…………あ、いや……」    冬磨が好きになった天音と今の天音じゃ全然違うってことだろ? と言いそうになった。  これは言っちゃダメなやつだよな……失敗した。思わず口がすべった。  まずいよな、ごめん、という顔を冬磨に向けると「マスターが何言いたいか分かるよ」と笑った。   「天音はずっとトラウマ持ちだと思っててさ」 「トラウマ?」 「んー詳しいことはまぁいいんだけど、とりあえずそう思っててさ。そのトラウマのせいで、感情が死んじゃったんだなって思ってたんだ。時々見せる笑顔とか口調がすげぇ可愛くて。こっちが本当の天音かなって思ってた。俺が本当の天音を取り戻してやりたいってずっと思ってた」 「え……そう、だったの?」  天音も知らない話だったのか、目を瞬いて驚いている。 「うん。そうだったの」    天音が冬磨を見る目がめちゃくちゃ好き好き言ってて、冬磨は冬磨でデロデロで、ガッツリあてられて実感した。そっか。何も心配ないんだな。   「なるほど。演技してても可愛さが滲み出てたんだな?」 「まぁそういうことかな。時々見せる本当の天音に惚れちゃったんだよ」    天音が、ボボボッて音が聞こえてきそうなほど真っ赤になった。  はー……こんなわかりやすい子があそこまで演技で変われるのか。本当にすごいな。   「最初から冬磨が好きだったってことはさ。冬磨は無駄にいっぱい悩んだってことだな」 「ほんとだよな?」 「え……いっぱい悩んだ、って……?」 「いや本当に天音に見せたいわ。ここでウジウジ悩んでた冬磨」 「ウジウジって言うな」 「ウジウジだろうが」 「ウジウジ……可愛い」    可愛いって言うなと天音に怒る冬磨と、楽しそうにクスクス笑う天音を見て、俺までほんわか幸せを感じる。  冬磨が両親の事故で苦しんで苦しみ抜いて、抜け殻のような状態になるのをずっとそばで見てきた。笑顔が素敵だと周りが騒いでいても、なんで偽物の笑顔だと気づかないんだといつも言ってやりたかった。  天音と出会って冬磨がどんどん変わっていって、それなのにどう見ても脈がなさそうで心配だった。  まさか、こんなにラブラブイチャイチャな二人を見られる日が来るとは……。  まさに青天の霹靂だな。 「そうだ天音、来週どうだった?」 「あ、うん。大丈夫だって。でもね……」 「うん?」 「会わせたい人がいるって……それしか言ってないのに、父さんが酒だー酒持ってこい! とか言って、電話の向こうで宴会始めちゃって……」 「ふはっ。天音のお父さん、話聞くたびにめっちゃ好きになるわ」  おい、こいつらはいったいなんの話を始めたんだ?   「おい、まさか……親にあいさつ行くのか?」 「うん、来週な」 「いや……ちょっと早すぎじゃね?」  どう考えても付き合い始めてまだ一ヶ月とかだよな? 「早くちゃんとしたくてさ。パートナーシップ制度か養子縁組か迷ってんだけど、どっちがいいと思う?」 「は……? はぁ?!」  話がぶっ飛びすぎだろうっ! 「昨日指輪も見に行ってさ」 「は……」 「結婚指輪。もう買っちゃった」 「は……?」  もう何も言葉が出てこない。  あいさつだけじゃなく結婚って……。 「指輪……早くつけたいね」 「ほんとだよ。一ヶ月もかかるとか待ちきれねぇよなー。やっぱあいさつの前に買いに行って正解だったな」 「うん。正解だったね?」 「な?」  この二人、完全に脳内お花畑だな……。  一ヶ月でそこまでって……。いや、冬磨だからか。だからだな。  完全に自分のものにしてしまわないと不安なんだろう。  あれだけ大切な存在はいらないと言い続けてた冬磨だ。  どう見てもとっくに天音に本気だったのに、ずっと本気じゃないと言い張って、まるで自分に言い聞かせるみたいに。  そんな冬磨だ。本気だと自覚したら今度は不安なんだろう。本当なら閉じ込めておきたいくらいだろうな。  天音はあの黒髪の子。去年の年末からずっと冬磨だけを見続けてたのを俺は知ってる。絶対によそ見なんてしないだろう。  そんな二人がくっついたんだ。そりゃこうなるか。なるよな。 「そういえば冬磨、タバコは? こんな吸わないでいられるのめずらしいじゃん」 「あ、やめたんだよ。タバコ」 「は? マジで?」 「うん」 「お前が?」 「そう、俺が。すげぇだろ? 天音といたらタバコなんてどうでもよくなってさ」 「……天音、どんな魔法使いだよ……」 「えっ? いや、俺は何もしてないですよ」    あのヘビースモーカーが……。マジで魔法使いだわ。  いや、天音は冬磨の天使だな。 「天音はニコチンパッチだったのか」 「ニコチンパッチ言うな」 「俺ニコチンパッチだったんだ」  クスクス笑う天音が可愛い可愛いって顔でデロデロの冬磨に、もう苦笑しかない。  こんなに幸せいっぱいの冬磨が見られるなんて数ヶ月前までは想像もできなかった。  天音がいてくれて本当によかった。  この二人が出会えて本当によかった。  本当によかったな、冬磨。    「マスター? どうしたんですか?」 「え?」 「なんか、泣きそうな顔だから……」  心配そうな目を向けてくる天音に、俺は笑って答えた。 「お前らのイチャイチャぶりにあきれてたんだよ」 「えっ」 「なにマスター、うらやましいのか?」 「バカ。俺だってそれなりに相手くらいいるわ」 「え、嘘だぁ〜」  嘘だ嘘だとうるさい冬磨に、どういう意味だと言い返し酒を飲んで誤魔化した。  俺を目当てに来てくれる客もいるから、なんとなく極秘にしてある俺の彼氏情報。  二人にあてられすぎて、ちょっと会いたくなったな。 「おい、お前らのノロケ話もっと聞かせろよ」 「え、聞きたい? そんなんいくらでも聞かせてやるよ」 「えっ。冬磨……なに話すの?」 「ノロケだろ? 天音がどんだけ可愛いかたっぷり話してやるよ」 「……ぐぁ。もうそれだけでお腹いっぱいだわ……」 「まだなんも話してねぇだろ」  冬磨のノロケは、ホールケーキを一人で食べるくらいに胸焼けがした。  とはいえ、いちいち反応して真っ赤になったり慌てたりする天音は本当に可愛くて、見てるこっちも顔がニヤけた。  よし。今日はあいつん家に帰って久しぶりに甘えようかな。  くわえタバコで余った料理をタッパに詰めながら、『幸せのおすそ分け』なんて柄にもないことを考え、俺は一人苦笑した。  俺の彼氏もニコチンパッチになんねぇかなぁ。  やっぱ天音すげぇわ。    終

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