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ある日の冬磨と敦司 SS
「おーい冬磨」
敦司の声に、俺はスマホから顔を上げた。
「ちょ……早くこれ受け取れ」
飲み会帰りの天音を車で迎えに来ると、珍しく泥酔した天音が敦司に支えられてやってきた。
俺は慌てて寄りかかっていた車から離れ、駆け寄った。
「大丈夫か、天音」
天音を受け取ると、「あぇ? とぉま……? とぉまら! とぉまぁ〜」と、ぎゅうっと抱きついてくる。
「とぉまぁ……えへへ」
酔っ払いの天音がふにゃふにゃと甘えた声で俺の名を呼び、ぎゅっとしがみついて頬を擦り寄せる。
な……なんだ、この可愛さは……っ。
あまりにも可愛すぎてクラクラと目眩がした。
「なんでこんな泥酔してんだ? 珍しいな」
「ああ、冬磨は初めて見るのか。これが天音の本性だぞ?」
「え?」
「飲み会の八割がこのレベルMAX」
「マジか……っ」
驚いたのと同時に、敦司はいつもこんなに可愛い天音を見ていたのかと、胸の奥で嫉妬心がふつふつと湧き上がる。
「最近は頑張って抑えて飲んでたんだけどな」
「最近は……って、頑張るってなんで……」
今の敦司の言い方は、俺と一緒になってから……いや、付き合い始めた頃からということだろう。
俺が迎えに来るんだから気にせず飲めばいいのに、なんで抑える必要があるんだよ。
「なにってそりゃ、冬磨に見せたくねぇからだろ」
「は?」
その一言に、胸の中がざわつく。俺に見せたくない理由はなんだ? 敦司や松島さん、会社の人には良くて、俺にはダメな理由ってなんだ。
「……俺に見せたくねぇってなんだよ。敦司には見せんのに」
「は? そんなん幻滅されたくねぇからに決まってんだろ」
言われて目を瞬いた。
「……あ、そういう……?」
なんだよ、可愛いな。俺が天音に幻滅なんてするわけねぇのに。
「とぉま……だいすき」と胸にグリグリと顔を押し付けてくる天音に、俺の顔はだらしなく緩み、心の中が甘い感情でとろけていく。
「おい……そんな激甘な顔、俺に見せんな」
「勝手に見んな」
「……っとに、相変わらずお前の独占欲やばいな」
「ほっとけ」
敦司は半分呆れたような顔をしながらも、どこか楽しんでいる様子だった。
「ま、天音本人が喜んでんだからいいけどよ」
「喜んでる……って、それ天音が言ったのか?」
俺の独占欲についての話なんて天音に聞いたことがない。敦司とはそんな話までしてんのか?
「いや言ってねぇけどさ。いつもの天音を見てればわかるだろ」
「……なんだ、天音が言ったわけじゃねぇのか」
本当に喜んでんのかな。
敦司の言うとおり、俺の独占欲がやばいことは自分でも自覚している。
あまり隠さずにいると引かれるかもしれないとは思うが、それでも隠しきれない。たぶん、相当束縛している。
天音が仕事帰りに一人で出かけることはほとんどないし、俺ももちろんない。お互い、飲み会くらいだ。
休みの日はいつも一緒で、別行動をしたことがない。
あれ……? 思い返すとマジでやばいな……。
付き合い始めてから自然と当たり前になっていたことが、こうして振り返ってみると、俺の独占欲が天音の負担になっていないか少し心配になってきた。
結婚したからって、愛想つかされたらアウトだろ……。
そんな最悪なことを想像して背筋が冷えた。
「おい、天音は絶対喜んでるからな? お前、変なこと考えるなよ?」
「変なこと?」
「たまには天音を自由にしてやろうとかバカなこと考えて一人で出かけるとかさ」
敦司の言葉に、驚いて目を見開いた。
「なんで俺の考えてることがわかるんだよ……怖」
たった今ちらっと考えたことを即座に言い当てられて、また背筋が寒くなる。
「なんでって、わかりやす過ぎなんだっつーの」
「……っ」
たしかに、敦司にはいつも言い当てられてる気がするな……。
「余計なこと言って悪かった。お前はそのままでいいよ。天音が不安がるから、独占欲丸出しのままでいろよ?」
「わかったか?」と敦司は念を押して、「んじゃな」と背中を向け、手を上げて歩き出す。
「あ、おい、敦司も乗ってけよ」
「いいよ。今日は美香んち行くから」
「美香ちゃんちってどこ? 送ってくって」
敦司がやっと足を止めて振り返った。
「いいって。逆方向だし、地下鉄ですぐだから。それに……」
と、顔をしかめて俺たちを見る。
「お前ら、想像以上に甘すぎて胸焼けしそう」
「? そうか?」
「特に天音」
敦司の視線が天音に向けられ、つられて俺も見下ろした。
俺の胸に頬を寄せ、「とぉま……とぉま」と何度も俺の名を繰り返し、桜色の頬で破顔する天音。
確かに、俺ですら目眩がするほどに可愛い。まるで抱いている時の天音だ。ここは外なのに、まだ抱いてもいないのに、まるでベッドの中の天音がここに居るようだ。
「ダチのそんな顔見たくねぇし、天音も見られたくねぇだろ」
そう言われてハッとした。
そうか、泥酔している天音を何度も見ている敦司でも、この天音 は初めて見るんだ。
そう気づいた途端、さっきまで敦司に抱いていた嫉妬が、俺の中から一瞬で消え去った。
天音がこんなに甘えた姿を見せてくれるのは俺にだけ──その事実に、心が静かに満たされていく。
「じゃあな」
「……おお、またな」
再び背を向けて去って行く敦司に声をかけ、無邪気に名前を呼び続ける天音を抱きしめ直す。
愛おしさがこみ上げ、思わずその耳元でささやいた。
「天音、帰るぞ」
腕の中の天音が微笑みながら小さく頷き、「……うん、かぇる」と甘い声で応えた時、心の奥底で何かが温かく溶けていくのを感じた。
終
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