8 / 8
第8話
薄っすらと目を開ければ、隣にいるはずの奴がいない。
俺はガバリッと起き上がり、寝室を見渡すが昨夜体を交わした相手が見当たらずボー然としてしまう。
……………嘘だろ?
あんまりにも酷い仕打ちだとフツフツと沸き上がってくる怒りに、ベッドの上に放り投げられた冬悟のスウェットの上だけ羽織って床へと足を着ける。
そうして今何時なんだとフト視線をベッド横のチェストへと移動させれば、癖の強い字で『朝ごはん買ってくる。起きたならゆっくりしててくれ』と書かれたメモを見付け、俺は安堵の溜め息を吐き出した。
足に力を入れて立ち上がると、一瞬フラリとなってしまうが、さほど体に違和感は感じない。体も綺麗にしてもらったのか、ベタベタした感触は無く至って普通だ。
俺は顔でも洗おうと寝室を出て洗面所へと向かうが、途中気になる事に足を止めた。
実は俺が冬悟の部屋ヘ来るのは数えたほどしかない。冬悟はしょっちゅう俺の部屋ヘ来ているというのに、だ。
まぁ、それは俺が出来る限り冬悟から距離を取っていた事が原因なのだが……。
冬悟の部屋ヘ来る度に、気になっていた事が一つある。それは見た事の無い部屋が一つある事だった。
別に冬悟から入るなよ。とも、見るな。とも言われた事は無いが、リビング、キッチン、寝室、トイレにバスルーム以外でもう一部屋冬悟のところは部屋がある。それが今俺が立っているドアの向こう側。
普段はさほど気にした事は無かったが、今無性に気になって仕方ない理由は、もしかしたらここが冬悟の彼女の部屋なんじゃ無いかって推測している自分がいるから。
まぁ、泊まるとなれば寝室で一緒に寝てるとは思うけど、彼女の私物とかが置いてある部屋なのかなって勘ぐってしまって……。
駄目だとは解っているし、その通りなら自分でダメージを与える事になるのだが、どうしても彼女の人となりを垣間見たいっていう欲が強過ぎて、俺はドアノブを握って奥へと扉を押す。
「……………ッ、え?」
部屋の扉を開けて、俺は息を呑む。
俺の目の前に広がっている光景は、俺が想像していたものとは全く違ったものだったからだ。
正面窓には遮光カーテンが引かれ部屋の中は暗いが、カーテンの前にあるデスクにはパソコンがあって、その画面には俺の部屋が映し出されている。
「は? ……え?」
画面は二つに分かれていて、一方は寝室、一方はリビングが映っていた。
俺はドアを開けたままパソコン画面に近付き、映し出されている自分の部屋を凝視すると、リビングはエアコン付近からのアングルで、寝室は本棚からのアングルだと解り俺は混乱してしまう。
「な、ンだよ……コレ……」
デスクへ力の抜けた体を支える為手を着けると、カサッと手の平に何かあたり俺は視線をデスクへと向ければ、俺の写真が何枚か広げられていて、それを手に取ると……
「嘘……だろ?」
自分の部屋や大学、冬悟と出かけていない時の俺が写真に写っていて言葉を無くす。
そうしてユックリと写真をデスクへ戻せば、白い病院で処方される薬の袋に、冬悟では無い文字が何か書いていて、俺はその袋を持ち上げて文字を確認すると
『用法用量は説明した通り。無味無臭の為、何に入れても気付かれないよ。早く想い人がΩになれば良いね。後、たまには連絡頂戴!』
男の文字では無い。見るからに女が書いたものだ。
用法用量……、無味無臭……、想い人がΩ……?
「何してんの奏汰?」
後ろから感情が伝わってこない冬悟の声が聞こえて、俺はバッと後ろを振り返る。
そこにはコンビニの袋を片手に持って立っている冬悟がいて……。
「なぁ……、この部屋何? それに……これってどういう事だよ?」
「……そのままの意味だよ」
静かに冬悟はそう言うと、部屋の中へと入って来てパチリと明かりを点け
「俺にはお前だけ……、昔からそうだ。ケド、お前はβだからって簡単に俺から離れようとするだろ?」
ポツポツと苦しそうに冬悟が喋り出す。
「いつだってお前はそうだよな。俺のためだからって自分の大切な物も簡単に捨てれる」
………小さい時から一緒だった。俺には冬悟は大切で、大切だから自分の好きなモノも手放す事が出来た。
「俺の母親が、俺にはお前が不釣り合いだからって言ってた事も知ってる。それが原因で俺が告白した時に断った事も、避け始めた事も……」
だから、冬悟に相応しくない俺よりも相応しい相手がいると言い聞かせて……。
「お互いにお互いが一番なのに、痛い位そんなの解りきってんのに……βだからって俺を諦めるのか?」
「冬悟……」
「それは本当にお前が望んだ事なのかよッ?」
……………俺の望み。言えなかった心の内側。
「だから俺が全部叶えてやる。俺とお前の願いを、お前をΩにする事で……」
本当に良いのか? 俺と一緒にいてくれるのか?
「ケドお前……女の人と……Ωの人とこの前キスしてた、だろ?」
あの女性とはどういう関係なのか……。ジッと俺が見詰めていると冬悟は俺が持っている薬の袋を指差して
「その薬……格安で提供してくれるかわりの対価で……」
それでキスしていたって事か?
「じゃ、じゃぁ……あの人とは全く……」
「関係なんか結んで無い……」
本当なのかと、伺うように冬悟を見詰めるが、冬悟もまた真っ直ぐ逸らさずに俺を見ているから、それ以上俺は疑う事を止めた。
「いつからこの薬、俺に飲ませてた?」
話には聞いた事があった。バース性を変える薬があると。通常では出回っていない為、高額取り引きでしか手に入れる事が出来ないと……。
まことしやかに言われていて、都市伝説だとばかり思っていたが、まさか本当に実在するなんて……。
「……大学入ってからだよ。俺が作って奏汰が食べる料理には毎回入れてた。……この前はバレるかもって焦ったケドな」
この前……もしかして……
「コーヒーにも?」
「あぁ……。俺は絶対に欲しいものは手に入れるし、諦めない。奏汰、お前は俺のΩだ」
真っ直ぐにそう言われて、俺はハクッと空気を噛んでから
「俺……本当にΩになったって……こと?」
変わるはずが無いと思っていたバース性が本当に……?
「あぁ……、昨日で解っただろ? 俺のフェロモンも感じて、匂ってたはずだ」
……………本当に? 夢では無くて?
俺が言わなくても、冬悟は俺の表情で何が言いたいのか解ったのだろう。もう一歩俺に近付いて手首を掴むと
「本当かどうか、項を噛めば解る……」
そう言って俺の手を引いて部屋を出て行く。
俺は冬悟の背中を見詰めながら、嬉しさに口元が歪むのを止められない。
おしまい。
ともだちにシェアしよう!