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56.
言葉のナイフがズキリ、と胸を貫いた。
オメガとして生きることとなってしまった時から思われ続けたその言葉を、久しぶりにしかも真正面から向けられるとは。
オメガであるのだから、そう言われるのは当たり前じゃないか。オメガの性を活かして、このような職をしていても、どんな弁明をしたとしても、その言葉が付きまとうのは、分かりきっていたじゃないか。
そう、分かっていたじゃないか⋯⋯。
「いいわよね。どれほどの地位と性があっても、跡継ぎを産めないのであれば致命的なのだから。産めるだけでもありがたく思わないとね」
「僭越ながら、雅様。それはあまりにも言い過ぎかと思われます。姫宮様は今が特に大事な時期です。そのような言葉は控えて下さいませ」
そばで控えていた安野が一歩前に出、一言一句はっきりと言い聞かせるように言った。が、雅は嘲笑する。
「あなた達は、あの人の雇われた人達のようだけど、それは仕事として言っているだけで、内心そう思っているのでしょ。このオメガが産んだら、手の平を返したように罵倒をするんでしょ」
「そのようなことは致しません」
「今の状況ではどうとでも言える。それにそもそもオメガではないのだから、口では簡単に言えるのよ。あなた達も私も」
「⋯⋯」
黙ってしまった安野に対し、勝ち誇った笑みを見せつける。
真っ赤に塗った唇が、嫌に目立つ。
「よくあの人が、朝早くに出かけるから怪しいと思っていたのよね。ま、浮気をされても仕方ないわよね。私、どうせ産みにくいアルファなのだから」
そう言って立ち上がり、「興醒めしたわ」と一人、玄関へ向かうのを、安野らが目配せした後、安野が見送り、今井が「姫宮様。どこか体調が気になるところはございませんか」と声を掛けてくれたが、唇を震わせることしか出来なかった。
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