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第一章(一)日下ロックサービス

 日下修(くさかおさむ)は父親の優一(ゆういち) が経営する「日下ロックサービス」という鍵屋で働いていた。  店は、従業員が日下一人という小さな物だったが、優一の腕が良い事もあり、評判が評判を呼んで店は繁盛し、仕事に困る事はなかった。  以前は、出張の仕事は(ほとん)ど優一が一人でやっていたが、日下の腕が上がり客の信頼もついて来ると、そちらの仕事は日下に任せるようになり、優一は店の中にいる事が多くなった。 「親父、ただいま」 「カラン」という音が鳴り、日下が店のドアを開けて中に入ると、優一が慌てたように奥の和室から出て来た。  そして、それに続いて息子の(みゆき)が出て来るのを見て、日下は嫌悪感をあらわにした。 「仕事はどうだった?」 「特に何の問題もなかったよ」  優一の問いかけに、日下は無愛想に答えた。 「それより、幸と奥で何をしていたんだ?」  日下が続けてキツイ調子で尋ねると、優一は平気な顔でうそぶく。 「鍵の開け方を教えていたんだよ。あの子はお前よりずっと才能がある」 「そうか、それは将来が楽しみだ」  日下はそう言って、幸を忌々しそうに睨みつけた。  優一が幸を可愛がっている理由は、才能があるというだけではなく、体が目当てでもあるという事に、日下は随分前から気付いていた。  実際、優一は仕事を教える振りをして、日下の前でも幸の体を必要以上に触っていたのだから、気付かない筈がない。  その上、それだけでは飽き足らず、日下がいない時には幸を奥の部屋に連れ込んで、もっといかがわしい行為をしているようだった。  そして、優一が幸にそういう事をし始めたのは、日下の妻の(めぐみ)が店に行かなくなった事と関係があった。  恵は器量もよく何より明るい性格で、そこにいるだけで場が華やいだ。  恵は高校時代から五才年上の日下と付き合っていて、その頃からよく店の手伝いに来ていた。  愛想のいい恵は、当時から店の看板娘だった。  優一も、はじめは恵を娘のように可愛がっていたが、妻の景子が事故で亡くなったのをきっかけに、恵に恋愛感情を抱くようになった。  優一が恵を女として見るようになった事に、日下はすぐ気付いた。  そして、日下は恵に理由は告げずに、店に行かないように告げたのだった。  しかし、そうすると優一は、今度は幸に手を出すようになった。  幸はまだ八才の子供だったが、母親の恵に似て、色素の薄い薄茶色の髪と瞳をした綺麗な容貌をしていた。  日下は、優一が幸に手を出すのは、恵の代わりとして見ているからに違いないと考えていた。  だから、幸には何度も店に行かないように厳しく言ったのだが、幸はどんなに言われても店に行くのをやめなかった。  日下には幸が優一に、そういう事をされたくて店に行っているようにしか思えなかった。  日下が色々と考えていると、急に店の電話が鳴った。 「はい。日下ロックサービスです」  優一は素早く電話をとると、紙にペンを走らせた。 「はい。分かりました。すぐ伺います」  優一は電話を切ると、日下にメモを渡した。 「お風呂場のドアに鍵がかかって開かなくなったらしい。行って来て貰えるか?」  行きたくはなかったが、気弱な日下には優一の頼みを断る事が出来なかった。 「分かった。行って来る」  日下はメモをひったくると、車の鍵を持って店を出た。  どうせ、優一はこの後また幸にいかがわしい事をするのだろうと思うと、日下はイライラする気持ちを抑える事が出来ない。  日下は車に道具を積み込むと、大きな音を立てて乱暴に車のドアを閉めた。

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