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第四章(二十一)三者面談
今日は、幸 の三者面談の日だ。
幸は、大河 と一緒に、面談をする教室の前の椅子に、緊張した面持ちで座っている。
大河は、いつもはボーイッシュでラフな格好をしているのだが、この日は編入当初、初めて学校に来た時同様、ビジネスカジュアルと言った服装をしていた。
「緊張するね」
そう言って、大河が幸を見る。
幸は、それに頷 いて、聞こえるかどうかの小さな声で返事をした。
本来ならば、三者面談は、保護者と教師の斉藤 と三人で話す事になっていた。
幸の保護者と言えば、未成年後見人 である三枝 なのだが、いつも忙しく働いているので、言い難くて希望日提出の締切ギリギリになって、そっと大河にプリントを差し出したのだった。
三枝も、どうにかして日程を調整しようと思ったのだが、面談は夏休み前の二日間に行われる事になっており、両日は公判 の期日 で、どうにも調整のしようがない。
そこで、三枝は仕方なく学校に連絡を取り、大河に参加して貰 う了承 を取って本日に至る。
教室から母子 が出来て、大河に軽く会釈 をした。
それに、大河が会釈を返したところで「三枝さん」と名を呼ばれた。
大河は、自分の名は三枝ではないけどと思いながらも、少し緊張した声で返事をすると、幸を連れて教室に入って行った。
教室の端 に机が二つに椅子 が三脚 置かれていて、斉藤は立ち上がって二人を迎えると、手を伸ばして椅子を勧めた。
「どうぞ」
「あ、こんにちは」
大河が挨拶 するのに続いて、幸も頭を下げる。
それを見て、斉藤はにっこりと笑って、自分の席についた。
そうして、少し落ち着くと、斉藤が幸の通知表を取り出して机に置く。
二人は、それを覗 き込むのだが、幸は、それがなんなのかよく分かっていなかった。
ぼんやりしている幸とは裏腹 に、通知表を見た大河は、目を大きくして幸を見る。
五点満点の通知表に、体育を除いた全科目が「五」だったのだ。
「凄 いじゃない!」
そう言って、大河は幸の肩を叩く。
幸は、分からないまま大河に礼を言って、もう一度通知表を見た。
「三枝君は、凄く勉強が出来ますよ。学校にずっと通ってなかったと言うのが嘘 みたいですね」
「ありがとうございます」
大河は自分の事のように嬉しくて、満面の笑みで斉藤に答えた。
それに、斉藤は笑い返しながら、チラリと幸を見る。
幸は、なんだか居心地 が悪くて、戸惑 いがちに頭を下げた。
斉藤はそれを見て、二、三度頷いてから、大河に向き直る。
「小テストもほぼ満点ですし、今の進度では、三枝君には簡単過ぎるみたいですね」
「あ、そうなんですね」
大河が答えると、斉藤は言いにくそうに切り出した。
「一つ上のクラスに行った方がいいと思うのですが、三枝君は周りと溶け込むのが苦手みたいで、今は西川 君と鈴木 さん以外とは交流がないみたいなんですよ」
「はい」
大河は、それでも幸に二人も友達がいるのが嬉しいのだが、斉藤は困ったように続ける。
「クラスが変わるとですね。仲のいい子たちと離れなければならないんですが、三枝君的にはどうかと思いまして」
そう言って斉藤が幸を見るのに、大河も同時に顔を向けた。
「三枝君はどうしたいですか? 二人と離れて大丈夫ですか? 後、お母さんの意見も聞きたいのですが」
言われて、大河は困ったように幸を見る。
「幸はどうしたい?」
これは、幸の問題なので、大河が勝手に決める訳にもいかない。
尋 ねられて、幸はどうしたらいいのか分からず戸惑う。
二人と離れて、他の生徒に馴染 める自信はなかったし、一つ上のクラスに行くと言うのもどう言う事なのかよく分かっていない。
「三枝君は、人見知りが酷 いので、心配なんですよ。三枝君が今のクラスがいいと言うのなら、一人だけ、もう少し上の勉強をして貰うと言う事も考えられなくはないんですよ」
「今のクラスがいいです……」
幸は、斉藤の言葉に、戸惑いがちに答えた。
「じゃあ、今のままで」
大河がそう言うと、斉藤はニヤリと笑った。
斉藤は、編入してきた時から、幸に目をつけていた。
初日もそうだったが、人目のないところでは、必要以上に体を触ってくる。
幸は斉藤を悪い人なのだと思っていたのだが、出流や彩花と離れたくはない。
なので、幸にとってこの選択肢は、今のクラスのままと言う一択なのだが、斉藤と一緒のクラスなのは少し不安ではあった。
それに、斉藤は立場的に、上のクラスに行くか聞かねばならなかったが、かと言って幸を離したくなく、なんとかして今のクラスに留めて置けないかと考えた質問がこれだったのだ。
けれど、幸はそんな事など知る筈もなく、仮に気付いたとしてもこの選択肢以外に考えられない。
斉藤は、満足して幸の顔を見る。
それから、真剣な顔をして大河を見た。
「後、もう一つ聞きたいことがありまして」
改めて言われて、大河は背筋を伸ばす。
「はい。なんでしょうか」
それに、斉藤は少し乗り出すようにして、大河に尋ねる。
「三枝君の家庭環境についてです」
それに、大河が頷くと、斉藤は先を続けた。
「あまり知られたくないと言うのなら無理にとは言いませんが、保護者の人と、お母さんと、どう言う関係で、どう言う生活をしているのか気になりまして」
「ああ……」
尋ねられて、大河は天井を見る。
保護者は別にいるのに送迎は大河。
保護者の欄 に大河の記載はないし、なんなら、三枝は一度も学校を訪れてはいないのだ。
「突っ込んだ事を聞くようでしたらすみませんが、お母さん、ではないのでしょうか?」
「ええと……」
大河はなんと答えればいいかと悩んだが、三枝に許可を貰ってはいないが、おそらく今の状況を話す事を止められる事はないだろうと、今の家庭環境についてざっくりと説明する事にした。
訳あって、三枝が幸を引き取っている事。
大河は、住み込みで働いている家政婦である事。
「三枝は仕事が忙しくて。なので、代わりに私が一緒に生活しています」
斉藤は腕組みをして聞いていたが、大河が言い終わると、しばらく考えるような素振りを見せた。
「複雑な家庭環境なのはよく分かりました。それが、三枝君に悪い影響を与えていると言うことはないでしょうか?」
「ええと……」
この質問には、大河は即答 出来なかった。
大河は、幸も楽しく過ごしていると思っていたが、改めて聞かれると不安になる。
「幸、どう?」
いきなり話をふられて、幸は困ったように首を傾 げる。
「今の暮らしで嫌なところはない?」
再び聞かれて、幸は少し考え込む。
大河は優しいし、とてもよくしてくれている。
幸は、こっそり、大河に母親を重ねているし、一緒にいるのは嬉しかった。
三枝はと言うと、最初警戒してはいたが、今では自分の事を考えていてくれていると分かっている。
日下 と一緒にいた生活を思えば、幸せなのだろうとは思うのだが、ここには沢井 がいないのだ。
「えっと……」
「正直に答えていいよ」
大河に言われて、幸は俯 いた。
「ええと、めぐみさんは優しいです」
小さな声で答える幸に、大河は満面の笑みで、背中を軽く叩く。
「良かった。ありがとう」
それを聞いて、斉藤は笑顔で頷く。
「まあ、幸せそうで良かったです」
そう言ってから、幸を見て微笑む。
「日下君。何か困った事とか、相談事があったら、いつでも話して下さいね」
それに、幸は小さく頷いた。
「それでは、大河さんの方から聞きたい事はありませんか?」
「いえ、今のところは大丈夫です」
大河が答えると、斉藤は椅子から立ち上がった。
「これで終わりましょう。大河さんありがとうございました」
「ありがとうございました」
そう言って、大河と幸は外に出た。
それから、大河は大きく伸びをしながら呟 く。
「うー。疲れたー! 三枝にあったら文句の一つでも言ってやりたい」
「ごめんなさい」
幸の謝罪 の意味が分からず、大河は首を傾げる。
「多分、謝るところじゃないから、幸減点」
幸は、プリントを渡すのが遅れた事を謝ったのだが、大河には通じなかったようだった。
そして、いつの間にか決まった、必要のないところで謝ったら減点というルールに則り、罰も決められていない謎の点数が引かれたのだった。
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