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第2話
拝啓 烏丸正一様
夏空が眩しく感じられる頃となりました。久しくお目にかかる機会がございませんがご清祥にお過ごしでしょうか、|小山内雅《おさないみやび》です。
こうしてお手紙するのは何年ぶりでしょうか、楽しかった高校時代を思い出します。正一さんは主将として男子校の剣道部を率いてらっしゃいましたね。泉高の大会荒らしと呼ばれ、全国の強豪に恐れられた逸話は忘れられません。今も目を瞑ると道場で竹刀を振るい、果敢に面を取りに行くお姿が甦ります。太い気合の声や飛び散る汗の輝きさえも。
万事において曲がったことが大嫌いで筋を通すのを重んじた正一さんは、その凛々しく精悍な風貌と硬派な立ち居振る舞いでもって、私を含めた女学生の憧れの的でした。綾女さんと誘い合い、毎日のように練習を覗きに行ったのは若気の至りです。
当時下宿させていただいた左京の叔母も鬼籍の人となりました。
前回お会いしたのは|綾女《あやめ》さんのお葬式でしたね。その節はゆっくりご挨拶もできず申し訳ございません。肝臓がんとお聞きしましたが、あんないい人が亡くなるなんて本当に残念です。嘗ての親友として、いいえ、一人の人として早逝を悼みます。
器量よしで心根が優しい彼女と貴方はよくお似合いでした。はっきり覚えていますよ、坊主頭の正一さんとおさげ髪にセーラー服の綾女さんが共に帰る姿を。時折目を見交わし頬を染める初々しい風情を。
初恋を成就させた綾女さんは幸せ者です。
現在、私は中学二年の孫と二人暮らしです。婿養子の夫は十五年前に世を去りました。
孫の名は葵といいます。しっかりした女の子です。初孫なので目に入れても痛くありません。
身内の恥を明かすようで心苦しいですが……息子と嫁は結婚当初から折り合いが悪く夫婦仲が冷えきっており、葵が小学校に上がる頃離婚が決まりました。
それ自体は差し出口を挟むことではありません、当人同士よく話し合って決めたのでしょうから。
許せないのはそれぞれ不倫相手と暮らしたいと言い出したことです。
息子の相手はひと回りも離れた職場の後輩、嫁の相手は大学の同期の男友達。これから好きな人と築く新しい家庭に連れ子の居場所はありません。
案の定息子夫婦は葵を持て余し、この家に預けにきました。捨てたも同然の所業です、我が子ながら情けない。
どこで育て方を間違えたのか……古臭い家を厭い、飛び出すのを止めずにいたのが原因でしょうか。私とて若い時分はしがらみの多い実家を嫌っておりました。
そんな不憫な境遇も相俟って、ただ一人の孫が可哀想で可愛くてなりません。
ろくに会いに来ない息子と嫁などこの際どうなっても構いませんが、この子にだけは幸せになってほしい。
葵は私の全て、生き甲斐です。
私は孫に不自由させまいと誓い、身勝手な二親の分まで愛情込めて可愛がりました。世間に出た時に恥ずかしい思いをせぬようひと通りの礼儀作法は言うに及ばず、嫁入り修行の一環としてお茶やお花の稽古、ならびに家事の仕方を学ばせました。
幸い葵はよく懐き、とてもいい子に育ちました。祖母想いの自慢の孫です。
もとより小山内家は藩主の縁戚にあたる地元有数の旧家、葵が成人するまで余裕をもって養える蓄えをご先祖様が遺してくれました。私は和裁の資格を持ち、お茶とお花を嗜んでおりまして、我が家で営む着付け教室の収入も心強いです。別々に家庭を持った息子夫婦がよこす養育費には一切手を付けず、葵名義の口座に貯金しています。
きたる成人の日に向け、あの子に振袖を仕立ててあげるのが今の私の夢です。
先日、葵を連れて馴染みの呉服屋さんに伺いました。気が早いと笑わないでください。私も古希を跨ぎましたし、七年後にどうなってるかわかりません。近頃変な咳が出るようになったのを顧み、準備は早い方が良いと思ったのです。
葵は照れも手伝い気乗りしない様子でしたが、最後には「これがいい」と青い反物を指さしました。昔から男の子っぽい色を好むのです。名前とお揃いにしたいのかもしれません。
祖母の欲目ながら可愛い顔立ちをしておりますし、赤や桃色など華やかな色柄もきっと似合うでしょうに。本人の趣味嗜好なので仕方ありませんが、もうすこしお洒落に気遣ってほしいのが本音です。男の子のまねばかりしたがるとんだお転婆なんです。小さい頃は仲良しのお友達と野山を駆け回り遊んでおりました。
やんちゃぶりでは正一さんのお孫さんといい勝負ですね。
そうそう、理一くんはお元気ですか?綾女さんのお葬式で見かけたきり……お坊さんの目を盗んで木魚を叩いて叱られたこと、葬式まんじゅうを盗み食いし喉に詰まらせたこと、微笑ましく思い返します。お経の途中で居眠りしちゃったのは仕方ありませんね、小さい子には退屈ですもの。
正一さんによく似た凛々しい顔立ち……てっきり道場を継ぐとばかり思っていたので、霊能者の助手になられたのは意外でした。元同級生だとお聞きしましたが、卒業後も付き合いが続いてるなんてさぞかし仲がよろしいのでしょうね。
理一くんの噂は滋賀にも届いております。正しくは理一くんが師事する方のお噂が。
プロ霊能者の茶倉練さん……テレビや雑誌で日々ご活躍を拝見しています。孫が見ている動画共有サイトにもチャンネルをお持ちとかで、楽しく視聴させていただきました。
眉がきりっとした、男前な理一くんとはまた異なる綺麗な顔立ちですね。若い頃追っかけていた女形の歌舞伎役者に少し似ています。
今回お手紙した用件は他でもありません、正一さんに大事なお願いがあるのです。
それというのも先述した孫の身の上に、奇妙な出来事が相次いでいるのです。
葵は現在中学二年。ですが学校には行ってません。いわゆる不登校です。
原因はよくわかりません。
なにぶん思春期の難しい年頃ですから、先生やお友達と揉めたとか校則が気に入らないとか、些細なきっかけで足が遠のいてしまうのは否めません。
正一さん、覚えてらっしゃいますか?私が通った女子高には肩をこす髪は結わねばならぬきまりがあり、乙女心に随分反発したものです。綾女さんのおさげ髪は似合ってましたけど……比べるのも厚かましいですわね。小町娘のうなじに見とれた殿方は数知れず、貴方もそのクチでしょうか。
祖母の目から見た葵はとてもしっかりしたいい子です。
塾など行かずとも成績は常に上位。運動神経にも恵まれ、何ら問題ない学校生活を送っているように見えました。
半年前までは。
ある日を境に葵はぱったり中学に行かなくなりました。
もちろん事情を聞きました。何か嫌なことがあるなら言ってほしい、おばあちゃんが学校に掛け合うからと説得し……だけど固く口を噤み、「ごめんなさい」と繰り返すばかり。
それ以上追い詰めるのを恐れ、時が自然に解決してくれるのを待ちました。
不登校は一時的なものに過ぎず、いずれ復帰できるに違いないと祈り。
その判断が間違いだったのでしょうか。
学校へ行けなくなったのと前後して、葵に変化が起きました。夜な夜な部屋を抜け出し、忘我状態で屋敷をさまよい歩くのです。
夢遊病です。
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