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第7話
「霊能者に弟子入りする聞いた時はたまげたで」
「弟子じゃねーけど」
「助手かて大して変わらん」
「正一さんは幽霊信じてるんですか」
距離感を計りあぐねた茶倉の問いに、爺ちゃんは率直な言葉を返す。
「信じとるか聞かれたら断言できんけど、理一がおるっちゅーならおってもおかしゅうない」
八ツ橋を噛む。嚥下。
茶倉が怪しむ。
「うさんくさい事務所で働いとるお孫さんが心配ちゃうんですか」
「人助けしとんねんやろ。ほなええ」
「はあ……」
俺に向き直り耳打ち。
「変人やね」
「知ってる」
高一で霊姦体質に目覚めて以来、色んな悪霊どもに犯されてきた。その事を家族に打ち明けられず、当然爺ちゃんにも言えず、孤独に抱え込んだ年月を思い返す。
爺ちゃんがフッと笑い、温かい瞳でこっちを見る。
「誰に似たんか理一は頑固もんでな、気に食わんヤツを上司と仰いだりはせえへんねん。そんなコイツが長居しとる、それ即ち悪霊と切った張ったな今の仕事が性に合っとるっちゅーこっちゃ。孫が天職得たなら喜ばな」
濡れた目をせっかちに瞬き、おちゃらけた軽口を叩く。
「ボロ道場に転がり込んでもよかったんだぜ」
「アホぬかせ、ただ飯食いはいらんわ」
「んなこといって~後継ぐって言ったら喜んでたじゃん」
「お前の夢はころころ変わるしあてにならん。小二ん時は消防士、小四ん時は警官になりたがっとったやないけ」
「よく覚えてるな」
衰え知らずの記憶力に感心。年寄りは昔の事ほどよく覚えてるっていうが、爺ちゃんは図抜けてる。無言で八ツ橋を食べる茶倉を会話に巻き込む。
「爺ちゃんは俺の師匠なんだ。夏休みにゃ泊まりがけでしごいてもらった」
「それが剣道好きんなったきっかけか」
「物心付くか付かねえかの頃に竹刀持たされて、他の門下生とまじって稽古してたの。孫にも一切手加減しねーんだからまいっちまうぜ、鬼だよマジ」
「身贔屓できるほど器用なタチちゃうねん」
「だから閑古鳥鳴いてんだな」
両手を揃えて素振りする俺に、懐手をした爺ちゃんがきっぱり断言する。
「仕方ない、きょうび月賦払って道場に通いたがる物好きは希少や」
「防具は蒸して汗臭えし」
「理一くんて昔からこうなんですか」
茶倉が遠慮がちに問えば、爺ちゃんは莞爾と笑み、そりゃもー饒舌に孫の恥をさらしまくる。
「婆さんの葬式じゃご機嫌に木魚叩いとったな」
「幼稚園上がる前だろ」
「葬式まんじゅうを喉詰まらせたの覚えとるか」
「ぐっ」
「三ツ子の魂百までですね」
「腹へってたんだよ」
「高校時代の理一はどないでした?本人曰く靴箱から恋文の洪水で毎日校舎裏に呼ばれたとか、なかなか甘酸っぱい青春送っとったみたいですが」
「嘘ですね」
「てめえ!」
勢い余って腰を浮かす。たちどころに足を踏まれた。
「いてえ!」
「そんなこったろうと思いました。もっと聞かせてください」
「好物は購買の焼きそばパンで、四限目になるとわかりやすく貧乏揺すりしてました。苦手科目は化学と数学と古文と英語、ほぼ居眠りか早弁しとりましたね」
「たるんどるなあ」
「英語の授業で指されてトンデモ語訳しはったんは忘れられません、爆笑でした」
「ショベルカーのくせにEではじまるなんて反則だろ」
「むこうじゃエクスカベーター言うらしいで、勉強になったな」
「ひっかけじゃん!詐欺じゃん!」
「せやかてエクスカリバーはないやろ。文化祭はメイド喫茶で女装を」
茶倉と爺ちゃんが思い出話改め俺の悪口で盛り上がるのにふてくされ、八ツ橋をガツガツやけ食いする。
「ホンマ意地汚いヤツで……」
「ペヤングのかやくで野菜とった気になる……」
わけわかんねえ手順を踏んで意気投合したみてえだ。会わせるんじゃなかったと今さら後悔の念が湧く。
腹立しい会話を聞き流し、赤ちゃんの二の腕とちぎりパンの比較動画をぼーっと眺めてるうちに大津駅に着いた。
「行くで」
無限ループ中のギャラン反射動画を閉じ、茶倉と爺ちゃんに続いて下車する。
小山内家は大津駅から徒歩ニ十分の距離にあった。ブログの写真で見た通り純和風の武家屋敷だ。二階建ての母屋と渡り廊下で繋がれた離れを擁し、庭園にゃひょうたん型の池まであるそうな。外観こそ佐沼邸よりひと回り小さいものの立派なもんだ。
「お待ち申し上げておりました」
和風門の前にたたずむ老婦人が深々お辞儀し、俺たちを出迎える。丁寧に結った白髪に萌黄色の友禅が映えていた。ゆっくり上げた面は強張り、やや緊張しているのが窺えた。
「初めてお目にかかります、正一さんを通してお手紙さし上げた小山内雅です。遠路はるばる御足労いただき感謝に堪えません」
「ご無沙汰やな」
爺ちゃんが声をかけた途端、小山内さんの表情が雪解けに似て和む。
「お変わりないのね。会えて嬉しい」
「雅さんもお綺麗で」
「嫌ですわ、からかわないでください」
「長い間不義理してごめんなさい。身辺が落ち着いたら伺いたかったんだけど」
「気にすな、伴侶に先立たれてからこっち色々大変やったろ。こないでかい屋敷切り盛りせなあかんなんて想像絶するわ」
「小山内家の娘ですもの、そのあたりは心得ていますわ。隣の方は」
「孫の理一や」
「まあ、大きくなって」
小山内さんが目をまん丸くする。なんだか照れ臭い。
「私のこと覚えてる?お婆さんの葬式で会ったのだけど……」
「すいません」
「ふふっそうよね、ごめんね無理言って。後ろにいるのは」
「TSSの代表取締役茶倉練です。お孫さんが霊障に悩まされてるとか」
「はい。詳しい話は中で」
その後は門をくぐり、敷地を通って玄関へ案内された。歩きながら質問する。
「小山内さんと爺ちゃんは知り合いなんですよね」
「通ってた高校が近かったの。当時の正一さんは剣道部の主将で、とってもかっこよかったのよ」
「雅さんは隣の女子高の学生やった。左京区の叔母さんちに下宿しとってな、婆さん交えてよお遊んだわ」
「出会ったきっかけは?」
前を行く雅さんが含羞にうなじを染め、華やいだ声色で述べる。
「綾女さんと下校中ね、不良に絡まれてた所に偶然通りかかって助けてくれたの。自分の倍もある殿方を巴投げよ」
「すげー、少女漫画の導入みてえ」
「アレは大外刈りや」
「間違えちゃった」
面映ゆげな咳払いで訂正する爺ちゃんをよそに、小山内さんはころころ笑い転げる。長い付き合いの友人特有の緩んだ空気が心地いい。
「人たらしと女たらしどっちかな」
殿を歩く茶倉がぼそりと呟く。
「お邪魔します」
小山内さんがお淑やかに引き戸を開け、上がり框より一段低い土間で靴を脱ぐ。玄関からまっすぐ伸びた廊下の両側には、無地の襖を嵌めこんだ和室が続いていた。
質実剛健を尊ぶ家風らしいが、なるほど殺風景な光景だ。女二人で住むには寂しすぎる気がした。
雅さんがしばらく行った所にある襖を開け、俺たちを居間に通す。
「お茶をご用意しますので少々お待ちください」
老婦人がお茶を淹れに立ったのを見計らい、座布団の上の足を崩して天井を仰ぐ。
「なんか感じるか茶倉」
「せやな」
茶倉が眉をひそめて呟く。
「暗い」
「そ?こんなもんじゃね」
「あちこち影が凝っとる。ようないもんが溜まっとる証拠や」
「瘴気ってヤツか」
「お前が鈍すぎなんや」
あきれ果てる茶倉の横、竹刀袋を下ろした爺ちゃんが険を帯びた双眸であたりを見回す。
「爺ちゃんもわかる?」
「なんとのうな」
俺だけ仲間外れか畜生。数珠を外しゃちょっとは……
「ん?」
かすかな墨の匂いに鼻を上向け、唐草模様の欄間をくぐる小さい影を発見。
黒い蝶だ。
手紙の記述を回想し茶倉に告げる寸前襖が開き、お盆を持った小山内さんが帰ってきた。
それぞれにお茶を配り、平たい座卓を挟んで正座する。ふーふーとお茶を冷まして顔を上げりゃ、既に蝶はいなくなっていた。
小山内さんが真剣な表情で切り出す。
「茶倉さんにお願いしたいのは他でもありません、孫の葵の事なんです」
「半年ほど前から変な夢をご覧になってるとか」
「ちょうど不登校が始まった時期です。関係あるかわかりませんが」
小山内さんの孫娘の葵ちゃんは中学二年。互いに不倫して家庭を持った親とは疎遠で、殆ど交流を絶っているそうだ。
「学校に行かなくなった理由はわかんないんですか」
「本人が頑なに話そうとしないんです」
小山内さんがもどかしげに唇を噛む。茶倉が涼しげに茶を啜り、爺ちゃんが眉間に皺を刻んで腕を組む。
「クラスでいじめとかは」
「担任の先生は把握してらっしゃいませんでした。幼稚園から一緒のお友達にも電話で訊いてみたんですが」
「名前は?」
「青木さんです。葵のクラスメイトで今も時々様子を見に来てくれるんですけど、本人が会いたがらず」
心の隅にメモっとく。
茶倉が静かに湯呑を置く。
「夢遊病の発症は悪夢を見始めたのと同じ半年前。黒い蝶に心当たりは?」
「全く。ご覧のとおり屋敷に蝶の襖絵はございませんし……心療内科の先生は心因性の症状じゃないかっておっしゃってるんですが、それにしては腑に落ちず。ほうぼうのツテを頼り睡眠専門医にも相談してみたものの一向に改善されずお手上げです」
頬はげっそりこけ心労の色が濃い。孫の奇行に悩み、その身を心から案じてるのが伝わってきて同情を誘った。
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