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第6話

数日後、京都駅で爺ちゃんと落ち合った。 「学生多いな」 「修学旅行とかぶっちまったかも」 「お前の爺さんは」 「ホームに来てるはず……」 「メールで場所聞け」 手庇を作り見回す。 電光掲示板が発着時刻を告げ、ビジネスマンや旅行者中心の利用者が忙しく行き交うなか、場違いな濃紺の甚平がチラ付く。 「おーい!」 バンザイした手を振って呼ぶ。雑踏に紛れた懐かしい面影が、俺を認めて破顔する。 「相変わらず地声がでかい」 「実の孫にしょっぱな暴言吐くな」 ホームに溢れる人ごみを縫ってくるのは、継ぎを当てた竹刀袋を担ぎ、片手に紙袋を下げた渋い老人。かなりの高齢にもかかわらず物腰は矍鑠とし、小柄な全身に精気が漲っている。 「お噂はかねがね。烏丸正一です、孫がお世話になっとります」 「ご丁寧にどうも、理一くんの雇用主の茶倉練です」 「くん?」 胡麻塩頭をたれる爺ちゃんにならい茶倉もお辞儀。ダチと身内を引き合わせた俺の方が緊張していた。 「手土産の八ツ橋です。お上がりください」 「ありがとうございます、いただきます」 折り目正しくさしだされた紙袋を謙虚に押し頂く茶倉に合いの手を挟む。 「爺ちゃんは道場の師範代でさ、近所のちびたちに剣道教えてんの。俺もガキん頃からさんざん鍛えられた、キレると怖えカミナリジジイって評判」 「礼儀にうるさいだけや」 「お会いできて光栄です」 小山内さんちにゃ三人で行くことになった。ぶっちゃけ俺と茶倉で事足りたが、爺ちゃんは一度首を突っ込んだ事をほったらかしにしたり中途半端にすんのが大嫌いなのだ。 「せっかく頼ってくれはったんに取り次ぎだけして知らんぷりは決めこめん、小山内さんの顔も見たい」 爺ちゃんがはきはき口上を述べる。 「無茶な頼み聞いてもろてえらいおおきに、助かりました」 「依頼人とのご関係は」 「小山内さんは死んだ女房の親友でワシとも付き合いがありました。高校がね、近かったんですよ。むこうは高嶺の花のお嬢様校、こっちはむさ苦しい男子校でしたが……お互い二十年は会ってません」 「へー初めて聞いた」 俺の婆ちゃんは大昔に死んでる。顔はアルバムの写真で見ただけ、正直なとこ全然覚えてねえ。爺ちゃん曰く優しい人だったらしい。 アナウンスが出発を告げる。 昇降口を跨ぐ際、爺ちゃんの背中の袋に目が行く。 「おそろいだな」 「お前も持参したんか」 「肉体労働担当なもんで。上司は難色示したけど」 肩に掛けたストラップを引っ張り、赤べこストラップ付き竹刀袋を示しゃ、茶倉が声をひそめて愚痴る。 「長物持ち歩いたら物騒やし変に目立って恥ずかしい」 「待ち合わせの目印になるしよくね?」 少々嵩張るのがネックだが、これまでの反省を踏まえ、戦支度はしときたい。いざって時に茶倉を守れるのは俺っきゃいねーのだ。 「用心棒が丸腰じゃカッコ付かねーもん」 「さいでっか。ドアの上んとこ突っかけんなや」 「わかってるって。席どっち?窓際?」 「空いてる方でかまへん」 わいわいやりながら新幹線の車内に移動後、俺は爺ちゃんと並んで座り、茶倉が対面シートに掛ける。 ……やっぱそわそわする。 爺ちゃんと茶倉が揃ったのが妙に気恥ずかしく、喉が渇いてもねえのにキャップを外してペットボトルのお茶を飲み、忘れ物はねえかリュックの中身を再確認する。爺ちゃんが苦笑い。 「落ち着きないやっちゃ」 「だってさー」 新幹線が京都駅を出発、大津駅をめざす。車窓の景色が残像と化し流れゆく。 爺ちゃんが朗らかに口を開く。 「ご出身は関西ですか」 「そうですけど」 「にしては綺麗な標準語を使いますね」 「まあ……」 「関西弁でもええですよ。喋りやすい方で」 「お気遣い痛み入ります」 まさか緊張してる?ぎこちない受け答えに違和感を抱き、上目遣いに表情を観察。ビンゴ。 「茶倉さんとは一度話してみたかったんですよ、孫があれこれ自慢するもんですから」 「へ?」 「ほら、前に笑えるいうて送ってきた……」 もた付きがちにスマホをいじり、メールフォルダを遡ってく。 一気に青ざめる。 爺ちゃんに宛てたメールに添付したのは俺がユーチューブにアップした動画。問題はその内容で 「よせ!」 慌てて止めに入るも遅く、最大ボリュームで動画が再生された。ハイテンションな俺の声。 『全国のチャクラーの皆さんこんちゃくらー、チャクラ王子のスピスピチャンネルのお時間がやってまいりました!本日の企画はこちら、チャクラ王子の数珠ブラックタピオカに替えても気付かない説を検証します!』 突如として車内に流れた騒音に乗客が振り向く。驚くお姉さんいたいけなお子さま迷惑げなおじさんの顰蹙を買い、戦犯は重苦しく沈黙するっきゃない。 正面の肘掛けが握力で軋み、低い声色が怒りを孕む。 「……一族郎党にばらまいたんか」 「親父とお袋と姉貴と爺ちゃんだけ」 「だけの使い方間違うとるで」 「悪ノリの極みのドッキリ企画ってのは重々承知の上さ、でもうちでダントツうけた動画ってのは動かし難え事実だろ、再生回数七十万叩き出してトレンド入りしたしチャンネル登録者激増したし!」 「こんちゃくらって挨拶からしてダダ滑りで痛いんじゃボケが」 「バズったから自慢したかったんだごめん許せ」 「食べ物粗末にするんは感心せんな」 「そこは大丈夫、企画に用いたタピオカはスタッフ主に俺が洗えば食える精神でおいしくいただきました」 「ならええか」 「ええわけあるかい」 ネットに疎い爺ちゃんの感想に茶倉が身を乗り出し突っ込む。 チャクラ王子のスピスピチャンネルはTSS公式チャンネルであり、動画の企画制作担当は俺。だからまあ、数珠タピオカ事件に関しちゃ全責任を負わざる得ねえのだが。 「バレるまで五分二秒経過はおかしいだろ、ズッコケギネス狙ってんのか」 「朝は低血圧やねん」 「寝ぼけすぎ」 「炊飯器で炊いたタピオカ食わすで」 「見た目がグロい」 「パチンコ玉にチェンジ」 「爆弾作んの?」 「圧力鍋でもできるらしいで。試そか」 「ごめんなさい」 「歯磨き中に気付いてうがいの途中でごっくんしてもた」 殺意をこめたガンとばす茶倉にびびって謝るしかねえ。爺ちゃんは話に付いていけずぽかんとしていた。それからいきなり吹き出し、豪放磊落に呵々大笑する。 「話に聞いてたとおりおもろいなあアンタ、漫才の息ぴったりやん」 「僕の事はなんて」 茶倉が頬杖を崩し興味を示す。まずい。横目で見てくる爺ちゃんに口元に人さし指を立て合図する。 「理一の高校の同級生でイケイケバリバリの関西人霊能者て聞いたわ、各メディアに絶賛売り出し中だとか」 無難な回答にホッとする。 「口が悪うて女好きで床上手」 「そこまで言わんでいい」 「霊感商法のプロなんやろ?外国の蚤の市で大量に仕入れたパワーストーン捌いてあぶく銭もうけとるとか」 「言いたい放題やんか」 「あ゛~あ゛~!」 両耳を塞いでごまかしゃ白い眼を向けられた。爺ちゃんが白い歯を見せる。 「十年来の腐れ縁やて?」 「……まあ」 「うちのもんがこぞって将来心配しとったさかい、拾ってくれはってよかったわ。フーテン気取りでスネ齧られたら困るし」 爺ちゃんもというちの家族の間じゃ茶倉は俺に働き口を世話してくれた恩人て設定になる。霊姦体質のことは言ってねえ、言えるわけがねえ。 「ささ、召し上がりなさい」 「お言葉に甘えて」 爺ちゃんが勧める八ツ橋を茶倉が摘まんで食べる。俺は不機嫌に腕を組む。窓の外には寺社仏閣が点在する京都の街並みが流れていた。 「次はゆっくり見て回りてえな」 修学旅行のリベンジはまだ諦めてねえ。茶倉が意味深な流し目を投げてよこす。爺ちゃんが八ツ橋を飲み込んで口を開く。 「出張多いんか」 「そこそこ」 TSSには全国から依頼が舞い込む。厄介な妖怪や悪霊はどこにでもいるのだ。

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