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第5話
「ほらよ」
堂々巡りにむしゃくしゃし、首からとったハンドタオルを投げる。
茶倉は即座に反応した。眼光鋭く弓を絞り、宙に舞ったタオルに矢を打ち込む。
固定された的と違い、動いてる的を射抜くのは滅茶苦茶難しい。それを造作もなくやり遂げた。
矢に貫かれたタオルが床に落ちると同時、道場全体にヒステリックな声が響き渡る。
「そこっ規約違反!」
「げっ操さん」
まっしぐらに走ってきたのはアラフォーの知的な美女。スレンダーなパンツスーツに身を包み、いかにもデキる女って感じを漂わせている。ちょうど耳元にかかる位のショートヘアがよく似合っていた。
「矢場じゃ的以外狙わないこと。ルール守んないなら金輪際出禁よ」
「すいません、肝に銘じます」
「僕からも注意しとくんで許したってください」
彼女は|倉橋操《くらはしみさお》、茶倉のセフレでジムの経営者。他にも手広くやってるらしい。
「万一誰かに当たったらどうすんの裁判沙汰よ」
「そこは大丈夫っす、人いないのちゃんと確めたんで。最悪壁がへこむだけ」
「黙っとれ」
「うす」
全面的に俺が悪いと反省、平謝り。
操さんはまだぷりぷりしていた。昂然と腕を組み、殊勝にうなだれる俺と猫をかぶった茶倉を見比べる。
「で、調子は?」
「上々」
「よかった」
操さんは元依頼人だ。TSSを設立して間もない頃に訪れ、引き続きお世話になってる。
一歩前に出て頭を下げる。
「会員でもねえのに使わせてくれてありがとうございます」
「練のお願いだもの。理一くんは知らない仲じゃないし」
呼び捨てかい。心ん中で突っ込む俺をよそに、セフレ同士の砕けた会話が続く。
「近場に稽古できるとこ少ないんで助かりましたホンマ」
「だから作ったの。道着って凛々しくて素敵よね~惚れ惚れしちゃうわ、二人ともお似合いよ、姿勢がいいから見栄えする」
「はは」
「理一くんは元剣道部だっけ?」
「中学ん時だけっすけど」
「またまた~主将だったんでしょ?全国大会行ったって聞いたわよ」
「決勝で敗れちゃいましたけどね」
頭をかいて照れる。茶倉は面白くなさそうだ。
「本番に弱いんですよコイツは」
「練も部活やればよかったのに。ずっと帰宅部って本当?」
「家の都合で」
「もったいないなあ」
茶倉の場合、拝み屋の祖母の手伝いが忙しく部活をやる暇なかったというのが正しい。やんわり話題を変える。
「見学にきたんすか?」
「そんなとこ」
「ひょっとして俺ってお邪魔……」
言わずもがなの野暮な質問。操さんが悪戯っぽく微笑み、指に挟んだ封筒を翳す。
「落とし物」
「あっ!」
封筒の宛名には「烏丸理一」と記されていた。茶倉が覗き込む。
「開封済みやん。誰から?」
「爺ちゃん」
「なんで持ってきたん」
「お前に見せたくて」
「俺に?」
「そ」
怪訝そうな茶倉に頷き、折り畳まれた便箋をがさがさ開く。
「出掛けにサッと読んで鞄に突っ込んだまんま忘れてた」
「用件は」
「依頼の仲立ち。古い知り合いが孫の霊障で悩んでるらしい」
「イマドキ手紙てアナクロやな、メールでよこさんかい」
「長文は苦手なんだ」
便箋にゃ気骨を感じさせる達筆な字で、滋賀に住む知人の家族に起きた怪現象が綴られていた。操さんが訳知り顔で指摘する。
「なるほど……葵ちゃんて子が悪夢にうなされてるのね、気の毒に」
和紙便箋に目を通し、事の次第を概ね把握する。
「なあ茶倉」
「滋賀まで出張れて?」
「爺ちゃんの顔立てると思って」
「会うたことない」
「お代払うって言ってる」
「直接来んかい回りくどい、なんで仲介噛ますねん手数料余計にとるで」
「爺ちゃんはとらねえよ」
「いいじゃない行ってあげたら。困ってるんでしょ」
操さんがうきうきして口を挟む。俺から奪った便箋を見直し、茶倉が真面目な顔で独りごちる。
「……藩主の姻戚筋か」
どれくらい報酬ふんだくれるか値踏みする茶倉をよそに、休憩用のベンチに戻りスマホをとってくる。
「爺ちゃん?ひさしぶり、俺だよ理一。うん元気超元気」
その場で爺ちゃんに電話する。用件はすぐ済んだ。スマホを下ろし守銭奴に向き直る。
「報酬は交通費その他もろもろ経費込み」
「貸せ」
茶倉が俺のスマホをひったくり、依頼人の本名「小山内雅」で検索をかけホームページに飛ぶ。着付け教室のブログらしい。
トップ画像は純和風のでかい屋敷をバックにした、和装マダムたちの写真だ。してみると前列中央の一番お年を召した老女が小山内さんか。
茶倉が軽やかに液晶をタップ、小山内さんの着物の色柄を拡大する。
「ン十万の友禅か。金持ちそやし話だけでも聞いてみるか」
「う~ん清々しいほどクズでゲス」
「出張するの?また会えなくなるわね」
「すぐ帰ってきますよ」
寂しがる操さんの髪をかき上げ、甘ったるく囁く。
「来週の誕生日はミシュラン星三のレストラン予約しときました。前々から行きたがってた、一流のショコラティエがいる店です」
「練……」
「アペリティフは貴女の生まれ年のリレブランで……これ以上は秘密です、お楽しみがなくなっちゃいますもんね」
「期待してる」
茶倉と操さんのいちゃいちゃをシカトし、一足先に更衣室で着替え、マイ竹刀を入れた袋を背負って出てくる。
「お邪魔だよな?」
「はよ去ね」
「らじゃ」
手の甲で追い立てられとっとと退散。よくやるぜホント。
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