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第12話
一対一で向き合い今後の方針を検討する。
「茶倉と合流めざす。話はそれからだ」
「どうするの?」
「片っ端から襖を開けてく」
「迷子になんない?」
不安げな葵ちゃんに変化球の質問を投げる。
「お腹すかね?」
「え?別に」
「喉の渇きは」
「大丈夫」
「トイレは」
「大丈夫だよ、何いきなり」
篠塚高の集団幽体離脱や裏面公園の顛末を思い返し、御免こうむりたい未来予測を口にする。
「ここと現実の時の流れが違ったら、リアル浦島になっちゃうかも」
「……ッ!」
一か所でじっとしてんのが必ずしも正解とは限んねえ、経験則じゃ危険を承知で賭けに出ることで思いがけない突破口が開けたりする。
ういの力で別次元に飛ばされた時は体育用具倉庫に転がり込む機転でツキを拾った。
葵ちゃんが上擦る声で念を押す。
「き、決まったわけじゃないんでしょ」
「フツーに喉渇いて腹減って眠たくなるかもな。で、どこで用足す?座敷にトイレ見当たらねーし、食いもんなけりゃどのみち飢え死に」
両手を広げてぐるりを見回しゃ葵ちゃんがみるみる青ざめていく。
「茶倉がいるのが元の屋敷か別の座敷かわかんねーけど、迎えを待ってる間に蝶の大群来られちゃ詰むし、じっとしてたってジリ貧だろ。ダメ元でやってみようぜ」
茶倉が喋った胡蝶の夢のオチが頭にこびり付いて離れねえ。
俺たちがここでひっそり一生終えたとしても、あっちじゃ一瞬に過ぎないんじゃねえか?
葵ちゃんががっくりうなだれる。
「八ツ橋もらっとけばよかった」
正直すぎる告白に苦笑い。
「……わかった。こんな所で死んじゃうなんて絶対やだもん」
「よっしゃ、付いてきて」
この座敷は前後左右、四面に襖がある。本来壁になってる場所に襖が嵌まってる構造、といえば想像しやすいか。手分けした方が効率は上がるが、分断されんのはおっかねえ。
襖に近付きがてらポケットのボールペンを取り出し、近くの柱にでかでか矢印を描く。
「これは?」
「助けが来た時の目印。一発で進行方向わかるように」
「頭いいね意外と」
ひっかかる言い方。
「私にやらせて」
「了解」
俺が投げたボールペンを両手でキャッチし、「よし」と気合を入れ直す。正面の襖を開ける。向こうに広がっていたのは殺風景な座敷。次の襖、その次の襖、その次の襖と進んでく。
俺が開ける係、葵ちゃんがサイン担。
一枚開けたら即ご対面、なんて楽観的な見立てはしてなかったが、数十枚連続で開けまくっても変化がねえのはこたえる。
「残念、またはずれ」
徒労感を紛らわせるべく軽口を叩く。柱に矢印を描いた葵ちゃんが、物言いたげな目で見てくる。
「茶倉さんと烏丸さんは友達?上司と助手って感じじゃなかった」
「高校ン時からの腐れ縁」
「へえ、長いね」
「葵ちゃんとジュンくんも長いだろ」
葵ちゃんが目を丸くし、ややあってか細い声で返す。
「……ただの幼馴染だよ」
「一番の大親友じゃねえの?」
「誰がそんなこと」
「小山内さん」
「おしゃべりなんだから……」
ポツリと付け足す。
「嫌われちゃったし」
「喧嘩でもした?」
学校行けなくなった原因はそれか?
「どうでもいいじゃん、もっと楽しい話しよ。数珠タピオカ動画のこと教えてよ、なんであんな狂った企画思い付いたの?」
「業務用スーパーで買ったタピオカ余らせちまってさ~、捨てんのもったいねえじゃん」
「エコだね」
「すげー怒られた。葵ちゃんは前からアイツのこと?」
「クラスで流行ってたんだ。私が見たのはジュンから回ってきたヤツ、凄い勢いで拡散されてる。ねえ、手に持ってるの竹刀?剣道やってるの」
「爺ちゃんが道場の師範代なんだ。ガキの頃からしごかれたよ」
「強いんだ」
「そこそこね。君の部活は」
「帰宅部。剣道部と迷ったけど、お婆ちゃんに止められちゃった」
「なんで?」
「女の子はお淑やかにしてなさいって……考え方が古いんだよ、こないだ見た時代劇じゃ武家の奥方が薙刀振り回して浮気性の旦那追っかけまわしてたのに」
「はは」
「学校休んで家にいる位ならお茶かお花習いなさいってうるさいの。マジでなんとかしてほしい」
肩を竦めて愚痴るあたり色々苦労してそうだ。
「成人式の振袖仕立ててもらうって約束したんだろ?小山内さんすげー楽しみにしてたよ、絶対長生きしなきゃって」
「あれはおばあちゃんが勝手に……嫌いな色ばっか勧めてきてうんざり」
「似合うと思うけど」
「あーゆーのはちょっと」
「青が好きなんだ」
「……ん」
親友の名前に青が入ってるのは偶然?ジュンくんの事を語る口ぶりからして、幼馴染に片想いしてたのは間違いねえ。失恋がきっかけで不登校になったのかも。
「今度はこっちの番。さっき言ってたういって誰?」
「俺たちの遠~いご先祖様の髪の毛おばけ」
再三のおねだりに負け、今まで巻き込まれた事件のあらましを話す。葵ちゃんは好奇心一杯に目を輝かせ、悪霊や土地神が大暴れする怪奇譚に聞き入っていた。
そんな余裕ぶっこいてられたのも最初のうちだけ。
「畜生、きりがねえ」
十枚、五十枚、百枚……数えるのはとうにやめた。葵ちゃんが眉間に川の字を刻んでスマホと睨めっこ。
「時計止まってる。ネット接続も切れた」
「メールも死んだ」
体感じゃ二時間こえてる。後方には開け放たれた襖が無限に連なり、上等な畳を敷き詰めた座敷が伸びていた。
「戻った方がよくない?」
「もうちょっと行ってみよ」
部屋の構造と内観はどれも似ていた……というか、気味悪ィほど同じ。
合わせ鏡の世界に迷い込んだ錯覚に襲われ、遠近感が狂ってくる。
行けども行けども新しい襖が立ち塞がり、寒々しい座敷が出迎える。
葵ちゃんが重苦しく黙り込むのと比例して無口になり、機械的に襖を開けちゃ突っ切るのを繰り返す。
ボールペンの尻を押し、意気消沈しきった様子の葵ちゃんが報告する。
「インク切れだ」
よもやここまでか。一縷の希望を信じ、自分を奮い立て襖を引く。
「あ!」
初めて変化があった。今度の座敷は正面の襖が開かれていたのだ。
「人がいたのか。ひょっとして茶倉?」
「見て、烏丸さん」
素っ頓狂な声を上げ柱を指さす。見覚えある矢印。
「最悪……」
結論、ループしている。
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