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夢から覚めて

「……っ……あー、よく寝た……」  柔らかい布団の中で目覚めたアランは、先ほどまで見ていた夢のことを考えていた。子供の頃の夢。ずっと胸の内に大切にしまっておいた、親友に対して意地を張らずに笑い合っていた頃の思い出。 「……あれ? ってか、オレ、どこに……」  薄く開いた瞼から見える光景に、ぼんやりとした意識のまま首を傾げる。薄汚れた天井、埃の積もった戸棚。明らかに自分の部屋ではない。頭を掻きながら体を起こしたその時、ベッドの軋みが腰に響いて短い悲鳴を上げた。 「いっ……いってぇ……オレいつの間に怪我して……あ」  断片的な記憶が蘇り、ダラダラと嫌な汗が背中を伝う。布団を捲ると、見覚えのあるストライプ柄の服を身に着けていることに気が付いた。子供の頃からずっと買い換えていないのであろう、嫌味で人の心を持たない幼馴染の古びた寝間着だ。 「あ、あ、オレ……う、嘘だろ……。クソッ、あり得ねぇ!!」  ベッドから飛び降りると、ズキズキと痛む下半身を平手で叩いて活を入れ、大きな音を立てながら階段を駆け下りた。 「セルゲイ!!」  勢いよく扉を開き、居住スペース兼研究室の隅で、机に向かって何かを書きつける科学者の名前を叫んだ。 「あぁ、ようやく目が覚めたんだね。いやぁ、君のお陰で色々と収穫があるよ」  無造作に束ねた銀色の長髪を揺らしながら振り返ったセルゲイは、眼鏡の向こうで楽しそうに瞳を輝かせた。 「アラン、聞いてくれるかい? まず、スライムの幼体の体液に幻覚と催淫の作用があることが認められた。これを加工すれば医薬品やセックスドラッグとして活用できる。それから、そのことを元にスライムに関する新しい仮説を立ててみたんだ。これが立証できれば大発見だよ。そもそもスライムは分裂して増えると考えられていたが、今回のように他の生物の腹に――」 「だあぁあ!! もういい!! そんな話は聞きたくない!!」  アランはスリッパを履いた足ですぐそばの扉を蹴り付けると、嬉々として話し続けるセルゲイの言葉を遮った。 「おい、このクソ変態科学者!! 今すぐ全てのデータを消去しろ!! カメラで撮ったもんも、オレの……オレに関するもんは、全部だ!!」  ずかずかと部屋の中に入っていくと、アランはセルゲイの胸倉を掴んで顔を寄せた。凄まれた彼は、じっとエメラルドグリーンの瞳を見つめたまま、何かを探るように低い声を出す。 「……ところでアラン、君はどこまで記憶があるんだい? ボクがやったことを覚えているのか?」 「はぁあ?! 当たり前だろ!! お前がオレのっ……その、なんか、あれ? どうやって……いや、でも、体はスッキリしてるし……と、とにかく!! 取ったんだろ、オレの中に入ってたヤツ!! それに関するデータを消せって言ってんだよ!!」  きょとんとした表情で目を泳がせた後、いつもの調子で怒鳴りつけてくるアランを見て、セルゲイは小さく鼻で笑うと机に向き直った。 「無理だね。研究データはボクの命より大切だ」 「ならお前を殺す!! そんでここは焼き払う!!」 「はぁ……短絡的すぎる。知っていると思うけど、ボクは文字通り命を掛けて研究をしてるんだ。万が一ボク自身が死んだり、データを破壊されたりした時の備えは十分にしてある。要するに、君が今言ったようなことをしようとすれば、君の恥ずかしい姿が全世界に伝わってしまうということだ」  頬杖をついて退屈そうにペンを弄びながら、セルゲイは先ほど見ていたデータのことを思い出す。 「ちなみに、君の精液を調べてわかったことだけど、森の中で眠りこけていたのは眠り草のせいだろう」 「……え、は? そ、そんなの使ってねぇよ」 「あれはあそこにたくさん自生してるからねぇ。大方、焚き火のそばに生えていたものが燃えて、君はその煙を吸い込みでもしたんだろう」  そう言われ、アランは昨夜のことを振り返る。セルゲイに頼まれていた薬草を取るついでに、高く売れる鉱石を探しに洞窟の中へ入ったのだが、ちょうど眠っていた熊を起こしてしまったのだ。この世界で、魔物は問答無用で殺してもいいが害のない動物に攻撃をしてはいけない。そのため追い払うのに苦労して、思わぬ体力を消費してしまった。そのせいで気が緩んでいたのか、確かに周囲の確認をせずに焚火を起こしたような気がする。 「初歩的なミスだよ。それで青スライムに襲われるなんて、村一番の剣士が聞いて呆れるねぇ。……はぁ。せっかく幻術を使う高等な魔物が現れたと思ったのに、こんなくだらない理由だったなんて。君を過信して何かを期待したのは、科学者としてのボクの恥だね」  明かされた自身の失態と追い打ちを掛けるような発言のせいで頭に血が上り、アランは爪が食い込むほど拳を握り締めたまま言葉を失った。セルゲイは立ち上がり、わなわなと震える肩に手を置くと、ダークブロンドの髪に口を近づけて囁く。 「まぁ、安心しなよ。ボクが生きている限り、君の秘密は守るから」 「クッッッッソ、腹立つ!! 覚えとけよ、セルゲイ!!」  怒りと羞恥に顔を真っ赤に染めて立ち去ろうとするアランだったが、「ボクの寝間着をどこへやるんだ。着替えなら寝室に置いておいたと思うけど」と声を掛けられ、足を踏み鳴らしながら階段の方へと向きを変えた。セルゲイは目を細めながら、部屋の奥へ向かう背中に呼び掛ける。 「そうだ、アラン。頼んでおいた薬草、今度こそちゃんと取ってきてくれよ。それと、まだ調べ足りないことがあるから、またスライムの幼体を持って帰ってきてくれないか」 「うるせぇ!! 二度とあんなことするかよ!! 自分でやれ!!」  バタン、と騒々しく扉を閉める音に「尻に入れてとは言ってないけど」という言葉が掻き消される。アランは寝室に置かれた自分の装備と、少しサイズの大きいズボンを身に着けながら、「素直に感謝させろよな」と呟いて床を蹴り付けた。 おわり

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