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 庭園で気分を入れ替えたあと、俺はハルベルとともに生徒会執務室へと向かうことにした。  ――生徒会執務室前。  扉を叩けば、生徒会の役員が顔を出す。 「リシェス様、どうかなさいましたか?」 「アンフェールはいるか?」 「ああ、会長でしたら先程訓練場へと向かわれましたよ」 「そうか、わかった」  訓練場か。あいつらしいというか、分かりにくいようでこういうときは分かりやすいから助かる。  ありがとう、とだけ役員に声をかけ、俺はそのまま執務室を後にした。  それからそのままハルベルを連れて訓練場まで向かう。  訓練場では基本剣や弓など、実践的な訓練を行うことができる場所となっている。  以下にも体育会系の連中がよく籠もって剣を振っているイメージが強い。そしてアンフェールもそいつらの筆頭でもある。  学園から少し離れたところに聳え立つ、石造りの建物を見上げる。  訓練場には貸し切りの札がかかっていた。アンフェールの仕業のようだ。アンフェールから追い出されたらしい生徒たちがおっかなびっくり訓練場から出ていっていた。  生徒たちは俺の顔を見るとなにか言いたそうな顔をしてたが、すぐに目を逸らされる。そしてヒソヒソと何かを話しながらその場離れていくのだ。 「なんだあいつら、リシェス様に挨拶もなしだと?」 「放っておけ。アンフェールを目の敵にしてるやつだろ」 「ですがリシェス様……」 「それよりハルベル。お前はここで待っていろ」  本音を言えばずっと側に付き添っててもらいたかったが、わざわざ人払いさせてるアンフェールのことを考えればハルベルを同行させない方がいいだろう。  それはハルベルも同意見のようだ。「畏まりました」とハルベルは頭を下げる。  ハルベルと別れた俺はそのまま重厚な扉を開き、建物の中へと足を踏み入れた。  アンフェールの姿はすぐに見つけることができた。訓練場の奥、丁度一息ついていたところだったようだ。  模造剣を手にしたアンフェールは、現れた俺の見て流れていた汗を手で拭う。  そしてそのまますっと視線を外した。 「何故、お前がここにいる」 「それはこっちのセリフだ。……お前こそ、休んだ方がいいんじゃないのか。ここ最近出ずっぱりだっただろ」 「問題ない、それにまだ俺は暇な方だ」  ああ言えばこう言う。  ストイックというか頭でっかちというか、リシェスはそんなアンフェールの性格が好きだった。けれど今は、無理をしてるような気がして少しもどかしい気持ちになる。 「アンフェール……」 「お前の方こそ、あの世話係はどうした」 「ハルベルのことか?」 「ああ。……ずっと付け回させていたあのヘラヘラしてる男だ」  ハルベルだな、と理解する。  ハルベルは実家から連れてきた世話係だ。アンフェールだって何度か会ったことあるはずなのに、何故今になってあいつのことを気にするのか甚だ疑問だ。 「付け回させるというのは語弊あるだろ。あいつは実家から連れてきた世話係だ、お前も会ったことあっただろ」 「知らん。覚えていない」 「なんで怒ってるんだよ」 「怒ってない」  嘘つけ、と喉まで出かけて止めた。  別にアンフェールと言い合いしにきたわけでもない。けれど、こうして話してて少し分かった気がする。  ――もしかして、こいつ。 「……妬いてるのか?」  そう口にした瞬間、「は?」とアンフェールの眉が潜められた。なんでキレてるんだよ。 「なんだ、違うのか。てっきり俺は……」  たまには趣向を変えてアンフェールと話して見るのも悪くはないかもしれない。  そうアンフェールを軽く、ほんの少しだけ誂ってやろうと思った瞬間だった。  伸びてきた手が顎に触れる。がさついた乾いた指先の感触に気を取られたときだった、視界が翳り、唇に柔らかい感触が押し当てられた。 「……っ、ぁ、んふぇ……ッ、んん」  まさかそうなるとは思わなかった。  というか、いくら貸し切りとは言えど外にはまだ人がいる公共施設でもある。  そんなところで、俺はアンフェールにキスをされていた。 「……っ、は……っ」  運動した後だからか、アンフェールの体温がより高く感じた。  アンフェールが訓練場にこもるときは、大抵何かしらの鬱憤を晴らすための意味合いが強い。  それがなんなのか探りにきたつもりだったけれども、早々に気付かされたかもしれない。 「ん、う……っ」  長いキスに息が続かなくなり、咄嗟にアンフェールの胸を押し返そうとすれば、そのまま手首を掴まれる。捻り上げられる腕に痛みが走り、俺は小さく呻いた。  このタイミングで暴漢に襲われかけたときのことが過り、身が竦む。 「っ、……アンフェール……」 「妬いているもなにも、お前の婚約者は俺だ」 「あ、ああ……そうだ。間違いないな」 「なら、何故他の男ばかり見ている」 「……最近、お前はずっと俺といても上の空だった」と小さく続けるアンフェール。緊張する俺に気付いたのか、俺から手を離したアンフェールはそのまま俺をじっと見てくるのだ。  その言葉に、仕草に、先程わずかに芽生えそうになっていた恐怖心が嘘のように、心臓がぎゅっと苦しくなる。  ――可愛い。  なんて言ったらきっと、アンフェールはもっと嫌そうな顔をするだろう。だから俺は堪えた。 「アンフェール……っ、違う、その……」 「それに、……体調も悪いんだろ」  顎を掴んでいた指先は、そのまますり、と頬を撫でる。こそばゆくて、それでもその手に撫でられると条件反射で体が熱くなってしまうのだ。 「……っ、体調は、大丈夫だ。もう……」 「そうなのか?」 「ん、ああ……」  だから、と俺は咄嗟にアンフェールの腕にしがみついた。するりとしたシャツの感触の下、ドクドクと脈打つのが伝わってくる。熱い。 「……だから、その……アンフェール」  嫉妬してくれて嬉しいだとか、心配してくれて嬉しいだとか。色々言いたいことはあったのに、あいつの顔を見てると言葉が出てこない。  いつもの発情とは違う感覚だ。アンフェールも俺が考えていることに気付いたのだろう、そのまま唇に伸びる指に呼吸が止まりそうになる。 「っ、アンフェール」  触れてほしい、なんてはしたない言葉を口にすることはできなかった。  そんなときだった、俺の首に目を向けたアンフェールの目が開かれる。そして、唇を撫でていた手がそのまま首元に伸びた。 「……お前、首輪はどうした」  その言葉にしまった、とハッとする。 「あれは、その……苦しくて、外したんだ」 「あれほど外すなと言ったはずだ、お前の体は――」 「分かってる、悪かったよ……ちゃんと帰ったら着けるから」  頼むから怒らないでくれ、と身を離そうとしたとき。アンフェールの眉間に更に皺が深く刻まれた。そして、深く息を吐いた。  その表情はなにかを堪えているようにも見えた。 「……アンフェール?」 「いますぐ帰って着けて来い」  取り付く島もないというのはこのことだろう。そのまま俺を引き離し、背中を向けたアンフェールは建物の奥へと向かう。着いていこうとすれば、「来るな」と冷たく突き放された。 「わ、悪かった……軽率な真似して」 「……」 「また、会いに来るから……」  これ以上アンフェールを怒らせたくもなかった。俺はそうその背中に声だけかけ、そのまま訓練場を後にした。  ――訓練場前。  訓練場の前では忠犬よろしくハルベルが待っていた。地面に生えていた雑草を踏み潰して遊んでいたようだ、開いた扉から俺が出てくると慌てて駆け寄ってくる。 「リシェス様」 「……待たせたな。戻るぞ」 「はい。……」  どうやら俺とアンフェールのことが気になるらしい。一旦そわそわしているハルベルを無視し、俺は訓練場前を後にすることにした。

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