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06
それから、教師への口添えが効いたのか思ったよりも早くアンリは転入することになる。
けれど、今までとは決定的に違う。やつが異世界からやってきた転生者だと知っているのは俺だけだ。
ハルベルも、教師も、記憶混濁してる哀れな迷子とでも思ってるだろう。
最初は記憶喪失の転校生ということで話題にはなったが、本人はというと至って平凡な男だ。やはり原作主人公補正はあろうと、攻略対象たちの最初のフラグにもなる『異世界からやってきた』という設定が生きていなければその効力は発揮されないようだ。
数日もすればアンリは話題にすら上がらなくなる。
アンフェールは相変わらず生徒会執務室と訓練所を行き来しているし、他の攻略対象たちもアンリとの噂は聞こえてこない。
――その代わり。
「リシェス君、おはよう」
――早朝。
叩かれた扉に、もうハルベルがやってきたのかと扉を開ければそこにはにっこりと微笑むアンリが立っていた。
思わず無言で扉を閉めそうになったが、扉の隙間にねじ込まれたアンリの靴先によりそれを阻害される。
「……っ、なんでここにいる」
「昨日先生に聞いたんだ、リシェス君の部屋」
「それもだけど、そうじゃなくて……っ」
「だって、なかなかリシェス君に学校で会えないから。朝だったら流石にいるかなと思って……」
「……もしかして、迷惑だった?」と、うりゅ、と目を潤ませるアンリに俺は絶句した。
正直アンリのことは嫌いではないが、それはカップリングで見たときというかあくまでアンリの隣にいるのが自分ではないという場合のとき好ましく思えるだけであって、アンリからの矢印が自分に向けられているとなると大分話が変わってくる。
……というかこいつ、こんなに図々しいやつだったか?
確かに逞しい主人公だなと感心したことはあったが……。
「っていうわけで、リシェス君。部屋に入っていいかな」
「……断る」
「どうして? もう制服にも着替えて準備もばっちりみたいだけど……」
「気分じゃない」
「ああ、そうか。リシェス君って確かに低血圧っぽいもんね」
それもそうだけど、それだけじゃない。
なにを考えてるかわからない状況だ、下手によかわからないアンリフラグを立てていいのか寝起きの頭では判断つかないので慎重にならざる得ないのだ。
「じゃあここで待ってるね、その気になるまでゆっくりしててよ」
こいつ、とわざわざ突っ込む気にもなれなかった。
寧ろ、あっさり身を引いてくれてよかった。……よかったのか?もうわからない。
俺は寝ぼけ眼のまま扉を閉め、一先ず深呼吸をした。
――絶対これ、アンリルートに入ってるよな。
そもそも原作にはアンリとリシェスがくっつくような展開はなかったはずだ。
けれど、友情ルートか。悪役であるキャラが絆され、恋愛ルートとは行かずとも友情を気付き、実質的に誰も不幸になるわけではなく大団円エンドというのはないわけでなない。
寧ろあってもおかしくない。
……なるほど、試してみる価値はありそうだ。
そうと決まれば、と俺は再び自室の扉を開いた。そこには宣言通り、まるで忠犬よろしく立っていたアンリがいた。
「リシェス君」
「……入れ」
「いいの?」
「駄目だったら上げるわけないだろ」
俺の言葉に、アンリは犬っころみたいな顔をしてぱっと笑う。……ハルベルといい、この手の笑顔に俺は弱い。
「ありがとう、リシェス君!」
「声が大きい。……まだ他のやつは寝てる時間帯だ、静かにしろ」
「うん! ……あ」
ハッとしたアンリは代わりにコクコクコクと何度も頷くのだ。
アンフェールもここまで感情が分かりやすければ、と思いながらも俺はアンリを部屋へと招き入れることにした。
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