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05
ハルベルとの食事を終え、食後の制御剤の薬を服用していたところに教員がやってくる。
何事かと思いきや、どうやらアンリのことで話があるというのだ。
今回はアンフェールが居ないから仕方ないか、と諦めつつ俺は食べている途中だったハルベルを残し、そのまま教員について行くことにした。
「いやあ、悪いねリシェス君。どうも君が連れてきてくれた彼、話が通じなくて」
「通じない?」
「『ニホン』がどうだとか、現代がどうだとか言って……」
「……ああ」
――なるほど、そういうことか。
前を歩く中年の教員はほとほと困っているようだ。
「我々では話が成り立たないし、どうも彼は君にまた会いたいと言っていたのでね」
「……分かりました。僕でよければ」
「すまないね、せっかく食事しているところに」
「いえ、お構いなく」
そう、教員に連れてこられたのは応接室だった。
確かに、このシチュエーションには覚えがある。とはいえど、アンリ視点の原作の話になるが。
前に立つ教員が扉を開けば、そこにはソファーの上、借りてきた猫のように縮こまって膝を抱えていたアンリ――八代杏璃の姿があった。
アンリは俺の顔を見るなり、「あ!」と勢い欲立ち上がるのだ。
「君は……っ!」
嬉しそうに目を輝かせるアンリを一旦無視し、アンリの相手をさせられていたらしい若い教師に「先生」と声をかける。
「先生、後は俺が話を聞きますよ」
「リシェス君、しかし……」
「彼のことは任せてください。後からまた報告しますので」
不審者とも等しい相手と俺を二人きりにしていいのかと憚られているのだろう、教職員としてはその判断は間違っていないだろう。
しかし、俺としても部外者がいると立ち回りが面倒だということもあった。
そっと肩を掴んで耳打ちをすれば、少しだけ驚いたような顔をして教師はこちらを振り返り、そして「わかった」と渋々頷いた。
「なにかあったらすぐに知らせるんだぞ」
「はい、わかりました」
そのままソファーから立ち上がり、そそくさと応接室から出ていく教師を見送り、そして入れ違う形でアンリと向かい合ってソファーに腰を下ろす。
「あ、あの……リシェス、君……っ!」
「……お前は、もう少し上手く立ち回れないのか?」
「……え?」
「現代だとか知らない国の名前を出してみろ、下手すればその場で処刑だ。……なら、記憶喪失だとか適当に言って誤魔化す方がよほどましだと思わないのか?」
「っ、ぁ、あの……なんで……」
知ってるのか、と言いたげな顔をするアンリ。
この世界ではまだ、アンリからしてみれば俺はなんの事情も知らない人間と同じなのだろう。
「……ここへ来る途中、ある程度君が言っていることは教師から聞いた。話にならないから代わりに俺に話を聞いてくれ、だとさ」
「あ、それで……でも良かった。来てくれて本当に助かったよ」
「……元はと言えば、ここまで連れてきたのは俺だ。無視して始末されちゃ目覚めが悪いからきただけだ」
あまり懐かれるわけにもいかないので言葉を選ぶが、「えへへ」と頬を綻ばせるアンリには全く響いていないように見える。
「なにへらへらしてるんだ。……分かってるのか、自分の立場」
「うん、分かってるよ。……けど、その、君は他の人たちみたいに僕のことを疑わないんだね?」
「疑う?」
「……異世界から来たって話、皆、信じてくれないんだ」
「…………」
懐きすぎじゃないか?と思ったが、アンフェールに対するアンリの心の開き方も似たようなものだった。
それに、異世界に来たばかりでは心細くて少しでも話が分かる人間がいたら懐いてしまうものなのかもしれない。
……それにしてもだが。
「おかしな話だな」
「……リシェス君?」
「魔法も化け物も存在するんだ。別に、なにが起きてもおかしくはないだろ」
――お前こそ、こうして俺がお前と初めましての挨拶をするのが四度目以上だと知ったらどういう顔をするのだろうか。
そんなことを考えながら答えれば、「やっぱり、君を呼んで良かった」とアンリははにかんだ。
「お願いがあるんだ、リシェス君」
「断る」
「え、なんで? まだなにも言ってないのに」
「とてつもなく面倒な気がしたからだ」
「そんな……」
「俺はお前の言うことは信じると言ったが、この先までお前に付き合うとは一言もいってない。……教師たちに『魔物に襲われたショックで記憶が混濁してるようでおかしなことを口走る可能性がある』と口添えはしてやるが、その先は一人でなんとかしろ」
「……っ!」
その手があったか、と言わんばかりに目を大きくしたアンリは、そのまま立ち上がって俺の手を取ってくるのだ。ひんやりとした柔らかな指の感触にぎょっとするのもつかの間、いつの間にかすぐ鼻先数センチ先まで迫っていたアンリの顔に呼吸が停まる。
「っ、おい……」
「リシェス君、やっぱり君はいい人だ!」
「……はあ?」
「――一番最初に出会えたのが君で、本当によかったよ」
そして、猫のように目を細めて微笑むアンリ。その大きな目に見つめられると吸い込まれてしまいそうで不安になる。
「大袈裟なやつ」と俺はアンリの手を振り払い、視線を逸した。そんな俺の態度にもアンリは木にした様子もなく、「ねえ、また君に会いに行ってもいいかな」なんて言うのだ。
「面倒ごとには巻き込まれたくないと今しがた言ったばかりだが」
「面倒なことにはならないよう、僕頑張るよ。……ねえリシェス君、君の名前を出せば君に会えるのかな」
「周りを巻き込むのはやめろ」
「君って周りの人のことも思いやれるんだね」
「……」
「あ、ごめん! いまのは馬鹿にしてるとかじゃないんだ。ただ、やっぱり優しいなぁ~ってしみじみ……」
「話はそれだけか?」
アンリの手を振り払い、そのままソファーから腰を持ち上げる。「あっ」とアンリはこちらを見るが、それを無視して俺は応接室を出ていこうとする。
そして、「待って、リシェス君」とついてこようとするアンリを振り返った。
「この世界では異界人は災いの象徴だ。――派手な行動は慎めよ、異界人」
そして、いつぞや、どこかのルートで口にした言葉が漏れる。なつかれすぎない、かといって見殺しにしない程度の距離感を保つのは至難の業だ。
ぱちくりと目を丸くしたまま固まるアンリを残し、俺はそのまま応接室を後にした。
そして、応接室前。
今か今かと不安そうに待っていた教師たちに中のアンリの様子を伝え、それとなくアンリを学生として引き受けるように口添えもしておくことにする。
俺の言葉を無視するわけにもいかない。断られることはないと最初からわかっていたので返答は待たずして、俺はそそくさとその場を後にすることにした。
この先、死なずに済むルートを手探りで探していく。そのためには今までに起こしていなかったアクションもものは試しで行うことにした。
そうしなければこの死のループから抜け出せないと分かってしまっているからだろう、こうやって大胆な行動に移すこともできるのは。
それでも、自ら死にたいとは思わない。あくまでも生き残るということが目的に自分の中でなりつつあることに気付いたときにはあとの祭りでもあった。
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